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EC時代の最適な配送と返品とは? ヤマト運輸が挑む「ECエコシステム」の現在地

新型コロナウイルス禍の影響によって、ECは消費者の生活様式の中に大きく浸透した。その荷物を運ぶ配送事業者にとっても、本格的な「EC時代」の到来は大きなビジネスチャンスだが、同時に受け取りニーズの多様化や配送網の安定化など新たな課題を突き付けるものでもある。

その中で、2020年に「ECエコシステム」の構想を打ち出し、EC時代の対応を進めるのが、業界最大手のヤマト運輸(東京都中央区)だ。目下推進しているECエコシステムの各種取り組みについて、同社のキーパーソンに聞いた。

EC需要の高まりで荷物の受け取り方も多様化が求められている。依頼する人と受取人が同じというECの特徴にヤマト運輸は着目し配送の最適解を導き出す(写真提供:ヤマト運輸)

EC市場の急拡大に伴い、多様化する受け取りニーズへの対応が急務

2020年の物販系分野のBtoCEC市場規模は122,333億円。コロナ禍の影響によって生活様式と消費行動が大きく変化したことで、前年(10515億円)に比べて21.7%増と大きく伸長した。

棒グラフは物販系分野のBtoCのEC市場規模の推移を、折れ線グラフはEC化率を表し、どちらも右肩上がりを示している

このEC市場の急拡大を受け、ヤマト運輸の2022年度(2021年4月~2022年3月)の宅配便取り扱い個数は22億7562万個と、過去最多を更新した。コロナ禍が本格化する前の2019年度(17億9992万個)と比較すると実に約1.26倍に増加した。

同社営業開発部 アシスタントマネージャーの山﨑遥氏は「荷物量の拡大だけでなく、荷物の受け取り方におけるニーズも多様化した」と、EC需要の高まりがもたらしたもう一つの変化を語る。

「ECの特徴は、荷物を『依頼する人』と『受け取る人』が同じであること。自分自身で荷物が届くことを知っているからこそ、荷物の受け取り方をコントロールしたいというニーズが高まっている」(山崎氏)

とりわけ、コロナ禍とともに顕在化したのは、ドライバーと接触しない「非対面」での受け取りニーズだ。そういった、EC時代の多様化する受け取りニーズに応えるためにも、エンドユーザーである「利用者とのタッチポイント」と、受け取り方の選択肢を増やすことが同社の重要課題となっていた。
※利用者が荷物を受け取りできる場所や機会

配送事業者と利用者がデジタルでつながる「EAZY」

そのEC需要の高まりを受け、ヤマト運輸は2020年1月に発表した経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」において、ECに特化した新たな配送システム「ECエコシステム」構想を打ち出した。その中でEC荷物の新たな配送商品として2020年6月に開始したのが「EAZY」(イージー)だ。

EAZYは、配送事業者と利用者がウェブ上でリアルタイムにつながることで、受け取り日時指定に加えて、利用者が希望する受け取り方法を自由に選択できるサービスだ。「対面」「玄関ドア前」「宅配ボックス」から「自転車のかご」まで、多くのメニューから受け取り方法を選択することができる。

また、「急用で出かけなければならない」「残業で帰宅が遅くなる」「オンライン会議が長引いた」など、急に都合が悪くなった場合でも、ドライバーが届ける直前まで受け取り方法をウェブやアプリから変更することができる。状況に応じてリアルタイムなコミュニケーションがとれるからこそ、「こう受け取りたい」というニーズを限りなく満たすことができるのだ。

導入するEC事業者は、ZOZOTOWNやYahoo!など大手ECプラットフォームをはじめ13社に上る(2022年6月現在)。受け取る利用者の利便性が向上することで、EC事業者にとっても、不在による再配達や返品の減少につながり、結果的に配送の効率化が図れている。「中には、商品の不達率が半減したEC事業者もいる」(山﨑氏)

このEAZYに加えて、利用者とのタッチポイント拡大の一環として推進しているのが、ドラッグストアやスーパーなどの店舗をEC荷物の受け取り拠点とするサービスだ。

全国約600店舗がEC荷物の受け取り拠点となっている(写真提供:ヤマト運輸)

EC購入商品の受け取り・返品システムをグローバルに展開する英・Doddle Parcel Services Ltd(Doddle社)と提携。同社のシステムを導入し、EC荷物の受け取り拠点となっている店舗は全国約7000店舗に上る。(2022年6月現在)

「利用者にとっては、自身のライフスタイルに応じて、日ごろ利用する店舗で受け取りたいというニーズを満たすことができる。一方、店舗側にとっては、来店動機の一つとして導入していただくケースが多い」(山﨑氏)

EC時代の新たな「返品」ニーズに対応した新システム

ECの普及がもたらしているのは、受け取りニーズの多様化だけではない。もう一つの新たな配送ニーズが購入した商品の「返品」だ。

すでに海外では、一つの服を色やサイズ違いで複数点注文し、自宅で試着して合わなかったものを返品するといった、購買スタイルが定着している。日本においても、今日では返品に柔軟な対応が購買率を上げる一つのファクターになっており、消費者都合の返品も許容するEC事業者は徐々に増えている。

しかし、ECの返品方法はアナログな仕組みが多く、カスタマーサポート部門の受付や返送先倉庫の業務は煩雑となっている。また、返品業務の効率化のために大きな投資はしづらいというEC事業者も多い。

「当社がシンプルでコスト負担の小さい返品のシステムを提供することで、EC事業者の負担を減らしながら返品のニーズに応え、市場を拡大することができると考えた」(営業開発部 マネージャー 大河原克彬氏)

そこで、2021年8月にローンチしたのが「デジタル返品・発送サービス」だ。前述した受け取りサービスと同様にDoddle社と提携したASPサービスで、EC事業者がシステム開発の負荷や大きなコストをかけることなく返品受付フォームを開設することができるというものだ。返品受付フォームは、ヤマト運輸の配送ネットワークと連携されているため、利用者は返品申し込みと同時にヤマト運輸による発送手続きをすることができる。その際、セールスドライバーによる集荷、もしくは最寄りのヤマト運輸の営業所やコンビニ、PUDOステーションなどへ荷物を持ち込むことができる。持ち込みの場合は、申し込み時に発行された二次元コードを読み込ませるだけで、好きな時間に荷物を発送することが可能だ。
(※ファミリーマートのみ対応)

「この『デジタル返品・発送サービス』がカバーできる範囲は、狭義の『返品』にとどまらない」と、大河原氏はあらゆる「返品」ニーズを視野に入れる。

「『利用者側が商品を返送する』という意味においては、購入時の返品だけでなく、一定期間利用した後に修理やメンテナンスを依頼する際の返送ニーズも含まれる。また、サブスクリプションサービスを提供する事業者においては、返却や解約時の回収のニーズも広義の『返品』と言える」(大河原氏)

利用者の利便性と宅配の効率化を両立する取り組み

伸び行くEC需要に伴う受け取りニーズの多様化、さらには返品など新たなニーズに応えるべく、「ECエコシステム」の実現に向けたさまざまな打ち手を講じているヤマト運輸。しかし、利用者の利便性向上と、荷物を配送するドライバーの負担がトレードオフになるようでは、本当のエコシステムとはいえないだろう。一時期は「宅配クライシス」と呼ばれる配達員の不足が顕在化した問題も記憶に新しいところだ。

そのことは当然、同社側でも認識しているところだ。EC向け配送商品EAZYでは、自社ドライバー以外に配送を担う外部パートナーと提携し、配送需要の拡大に対応している。

全国約6500カ所に設置しているオープン型の宅配便ロッカー「PUDOステーション」のイメージ(写真提供:ヤマト運輸)

それ以前の2016年から、配送の効率化と利用者の利便性向上を同時に図る取り組みとして推進しているのが、オープン型の宅配便ロッカー「PUDO(プドー)ステーション」だ。人の往来の多い都心部の駅構内やコンビニなどを中心に順調に拡大しており、全国に約6500か所を超える(2022年6月現在)。

近年ではメルカリやヤフオク!などCtoC市場での発送ニーズにも合致し、利用が拡大している。TwitterなどSNS上でも、PUDOステーションを発送場所として紹介する投稿がよく見られる。

「PUDOステーションの設置による集約効果によって、配送効率も高まっている。一方で、場所によってはロッカーが埋まってしまうところも出てきており、利便性を損なわないように展開していくかが今後の課題」(大河原氏)

EC事業者・配送事業者・利用者の「三方よし」を目指すヤマト運輸の大河原克彬氏(左)と山崎遥氏

EC事業者・配送事業者・利用者の三者にとって「三方よし」の最適な配送システムを確立する――「ECエコシステム」がめざすビジョンだ。今はまだその途上にあるが、EAZYをはじめとするさまざまなサービスの推進によって利用者の利便性と受け取り効率を高め、「三方よし」に向けて着実に歩みを進めていることがうかがえた。