オイシックス・ラ・大地(東京都/高島宏平社長)で専門役員COCO(最高オムニチャネル責任者)を務め、多くの企業のDX事業を推進する顧客時間共同CEOの奥谷孝司氏が、デジタル時代の優れた活用術を解説する。第1回はコロナ禍で苦境に立たされている飲食業界の取り組みに焦点を当てる。
究極の顧客中心主義企業が苦境で見せた底力
みなさんは最近外食をしただろうか。最後の外食はいつだったか。おそらく多くの方が、最近ゆっくり外食した経験はないと答えるだろう。
このようにコロナ禍でもっとも被害を被った業界の一つが、飲食店業界だろう。帝国データバンクが今年1月に発表した日本の飲食店倒産動向調査によると、倒産は 780 件にのぼり、過去最多の水準となっている。業態別には「酒場・ビヤホール」が189 件(構成比 24.2%)で最も多く、次いで、「中華・東洋料 理店」(105 件、構成比 13.5%)、「西洋料理店」(100 件、同 12.8%)、「日本料理店」(79 件、同10.1%)と続く。
このトレンドはおそらく欧米においても同じ傾向にある。お客さまが来店できなくなった飲食店は、苦肉の策としては「UBER EATS」をはじめデリバリーでなんとか急場を凌いでいるお店が多い。
「このような厳しい環境下を飲食業界はいかに乗り切るのか」、「デジタル活用による飲食店の復活はあるのか」。この難しい課題に対する回答を求めて、今年の「Adobe Summit」を見ていたところ、興味深い企業事例を発見したので紹介する。その企業は「パネラブレッド」というベーカリーチェーン店である。
コーヒーのサブスクから生鮮食品の販売まで
1980年に創業したベーカリーカフェチェーン、パネラブレッド。筆者は恥ずかしながら知らなかったが、米国レストランビジネス専門サイト「レストランビジネスオンライン」によると、全米TOP10に入る巨大チェーンで、店舗数は2000店舗を超えている。
ベーカリー業界の「スターバックス」のような存在のようで、2014年から始まったDX戦略『Panera 2.0』と呼ばれるプロジェクトにより、店内のWiFi整備はもちろんのこと、キオスク端末の設置、モバイルアプリ開発と、販売チャネルデジタル化にいち早く着手している。
さらに、テーブルからのモバイルオーダー、BOPIS(店頭受け取りサービス)、店舗出荷とデジタルを活用した優れた顧客体験設計を目的としたテクノロジー投資を順調に進めている企業なのです。
2018年からはUBER Eatsを初めてとする外部プラットフォームとの連携を進め、20年には「月額8.99ドルでコーヒー飲み放題サービス」の展開で、競合他社との差別化によるDXを推進していたところに、パンデミックが発生したのだ。
「Frobes Japan」の『米国のブレックファースト戦争』と題した記事の中で、以前から推進していたロイヤルティプログラム『My Panera』には3800万人を超えるメンバーがいること、平均的なアメリカ人がコーヒーに使う金額が月92ドル(約9883円)であることからも、パネラブレッドのコーヒー飲み放題サービスがいかに業界価格破壊的なインパクトをもたらすサービスであるかをあらわしている。
しかしこの攻めの戦略を打ち出した矢先に起こったのがパンデミックだったのだ。
生鮮食品販売のスタート
「上司おごりサービス」も
このような環境下に陥った飲食店業界の経営者であれば、IT投資の凍結や、出店の停止といった守りの経営に入ることを考えるのではないだろうか。しかしパネラブレッドは、矢継ぎ早にデジタルを活用した戦略をコロナ禍においても推進する。まずは、なんと生鮮食品の販売に乗り出したのだ。
通常メニューのサンドイッチやスープはもちろんであるが、サンドイッチに使用する食材をネット注文のメニューに追加し、購入可能とした。商品の受け渡しは通常メニューと同様、店内かドライブスルー、もしくは宅配が選択できる。この辺りのスムースなデジタル化はやはり、事前のデジタル投資が効果を発揮しているといえるだろう。
パネラブレッド以外にも、サンドイッチ専門店の「SUBWAY」も同様の取り組みを行なっているというが、SUBWAYがどの程度デジタルシフトの準備が整っているのかは定かではない。
また、Adobe Summitに登壇した、CDOのGeroge Hanson氏によると、店内コンタクトレス・ショッピングの推進として車中受け取り(カーブサイドピックアップ)や、駐車場でのWiFiサービス、アップルカードの導入、ジオフェンシングを活用したオンライン注文からお客様の到着を考慮した調理システム、さらにはテレワークで実現が難しい同僚とのランチをオンライン上でも実現するサービスも展開したのだ。
この仕組みは、ホスト(たとえば上司)が、同僚や部下が無料でパネラブレッドの商品を注文できるURLを送れるサービスで、支払いはホストが行うことができる。筆者はこれを勝手に「上司のおごりサービス」と呼んでいるが、画期的かつ、挑戦的なサービスといえるだろう。
コロナ禍においてもDX推進のスピードを緩めることのないパネラブレッドは、今後の展開としてデジタルドライブスルーの導入から、パーソナライズ化の進化を進めていくという。
備えあれば患いなし
デジタルで店舗を守ることはできる
ここまでパネラブレッドのDX推進について解説してきた。このなりふり構わぬ売上につながるデジタル推進、お客様と繋がり続けるために不可欠なデジタルタッチポイントの構築、真の顧客体験、CX(Customer Experience)の実現に向けた挑戦をみなさんはどう考えるだろうか。
コロナ禍において、デジタルへと先にシフトしたのは企業ではなく、お客さまである。この流れに必死に対応しようとするパネラブレッドから私は日本でよく言われている「小売業は変化対応企業」という言葉を思い出した。
パネラブレッドは飲食店であり、厳密には小売業ではない。そして、これらの施策もどの程度売上、利益に寄与しているのか筆者は定かではない。しかし、彼らのDX施策に共通しているのは、店舗という資産の最大活用を意図した取り組みであるということだ。そして、その準備を粛々と進めてきたからこそ、このような施策を矢継ぎ早に展開し、お客さまにシームレスな買物体験を提供することができた。
しかし先述したコーヒーの定額飲み放題もこの業界では必ずしも新しい取り組みではない。USではKFCが以前からチキンの食べ放題の定額サービスを展開している。さらに米国における生鮮食品のネットスーパーへの取り組みは多くの小売業が実施していることだ。
ただ、彼らの取り組みから、私はデジタルエクセレンスだけでなく、目の前にいるお客様の窮状をみながら、必死に貢献しようという商売人の真摯さが感じられるのだ。そして、この厳しい環境下で必死に「生き残ろう」とする強い意思が現れているように思う。
パネラブレッドのCEO、Niren Chaudharyは、パンデミックが始まった時期にいみじくもこのように語っている。「人生とはまさに逆境に立ち向かう粘り強さ、回復力(Resilience)によるものであると信じている。逆境に立ち向かうために、とにかく、前に進みつづけよう」。
まさに体験が、人を強くするのである。ワクチン接種が進む米国において人流は戻ってきているようだが、テレワークが当たり前になったビジネスパーソンは以前のように外食はしないだろう。
デジタルはわれわれが大切にしている店舗を守ることができる武器なのだということを、パネラブレッドは教えてくれている。コロナが明けたら、アメリカでパネラブレッドに行ってみようと思う。日本の小売業が真の変化対応業であるためのヒントが詰まっていることだろう。