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ビームスがライブコマースのシステムを自前で開発した、重大な理由とは?

ビームス(東京都/設楽洋CEO)は、コロナ禍をきっかけとして「ライブコマース」に本格参入した。ライブ配信の視聴から商品購入、決済までワンストップでできるITシステムを開発し、顧客満足度を高めるなど差別化を図る。一方で、コンテンツ制作の社内講習やノウハウの水平展開・共有化を通じて、EC売上の貢献度が高い動画配信の「社内マスター」を育成するなど、集客力や販売効率のアップにも力を注いでいる。

ネット向けの情報発信にいち早く注目

ライブコマースのトップ画面。ライブ中はチャットの書き込みが次々に入ってくる

 ビームスは現在、ECによる売上が全体の40%超に達している。また、EC全体の売上に占める自社ECの比率は50%を超えている。ECの本格化に合わせて、2016年からインターネット向けの情報発信やコンテンツの作成にも、積極的に力を入れてきた。

 コンテンツは、スタッフがスタイリングやおすすめアイテムなどの画像を掲載する「フォトログ」、ファッションやトレンドについてスタッフが書き込むブログなどを皮切りに、18年からは、商品説明などを行う動画配信も開始した。

 情報発信を担当しているのは同社の事業企画本部コミュニティデザイン部(約60人)。ECの運用管理やカスタマーサポートのほか、スマートフォンのアプリやネット広告の運用、メールマガジンの配信などまで幅広く手掛けている。同部長の矢嶋正明氏は、「静止画像と比べて、動画を編集したり、テロップを入れたりするのは、時間も労力もかかります。しかしその分、視聴者からの反響も大きいので、(当時から)手ごたえを感じていました」と振り返る。

 203月からは、ライブコマースもスタート。矢嶋氏は、「実は、19年から準備に取り掛かっていたのですが、新型コロナウイルスの感染が拡大したので急きょ、外部のITシステムを導入し、前倒しで実施に踏み切ったのです」と明かす。

 従前の動画配信は録画だったので、いわば一方通行の情報発信だった。それに対して、「ライブコマースは、お客さまの生の反応がわかりますし、チャット機能などを使ってその場でコミュニケーションも取れるので、メリットが大きいですね」と評価する。

ライブ配信とECのシステムを結合

現在は原宿の本社オフィスからライブコマースの配信を行っている

 さらに、214月からは、自社開発したITシステムでのライブコマースに切り替えた。矢嶋氏は、「これまでにない利便性の高いライブコマースのシステムなので、顧客満足度が格段にアップするでしょう」と、自信満々だ。

 矢嶋氏によれば、小売業が現在、ライブコマースを行う場合、他社が開発したライブ配信プラットフォームを“場所借り”するケースが大半というが、「カスタマーファーストの観点では設計されておらず、当社が要望したようなシステムがなかったので、それなら内製化するしかない」と判断したそうだ。

 自社システムの開発は、2010月ごろより始動。コミュニティデザイン部が中心となって、システムのコンセプトや基本構造をまとめ、具体的なシステム開発は、専業のITシステム企業に外注した。

 自社開発した新型システムの最大の特徴は、ライブ配信の視聴から商品の購入、決済までの手続きを、ワンストップで可能にした点だ。

 「小売他社の場合、借り物のライブ配信システムと自社ECサイトのシステムが、基本的にリンクしていません。そのため、ライブ配信中の商品が欲しい場合には、ECサイトにログインし直さなければ商品を購入できない仕組みがほとんどで、お客さまにストレスをかけていたのです。そうしたネックを解消するのが狙いでした。当社のライブコマースは、1回のログインで動画を見ながら商品を購入するといった、シームレスな買い物体験をご提供できます」(矢嶋氏)。

 同社のライブコマースは現在、週1回、1回約1時間のペースで実施している。商品説明などで出演するスタッフ34人のほか、iPhoneで動画を撮影したり、視聴者の数をチェックしたり、コメントを出演者に伝えたり、配信システムを管理したりする“裏方”のスタッフを含めて、合計約10人で運用しているという。出演するスタッフは、身長の異なる数名をバランスよく入れるなど、幅広いスタイル提案ができるよう工夫している。

 矢嶋氏は、「現在は本部主導で実施していますが、今後は社内に本部のノウハウを落とし込み、各店舗からでも気軽に配信できるようにしたいですね」と、抱負を語る。

スタッフからメディアのスターを育てる

 とはいえ、ITシステムが整っても、肝心のコンテンツが充実しなければ意味がない。コンテンツ作りの主役となるのは社内スタッフだ。そこで、コミュニティデザイン部では、社内スタッフのさまざまな情報を引き出し、コンテンツとしてうまく具現化できるようにもサポート。その一環として、動画配信の“社内マスター”育成に力を入れている。

 例えば、動画の撮影や編集のマニュアルを整備したほか、顧客からも人気のあった動画を、「どの部分がなぜいいのか」といった講評つきで社内に配信、ノウハウを共有するようにした。動画技術を向上させる社内講習会なども開催している。優れたコンテンツを制作したスタッフは年2回、「オンライン接客賞」として表彰する制度も設けた。金一封を進呈するほか、社内管理ツールでそのスタッフの功績を全スタッフに周知し、人事の評価基準にも加えている。

 「独自の社内システムを開発し、動画の視聴者数、EC売上への貢献度といった指標について、コンテンツ配信を行なっている約2500人のスタッフの順位が、リアルタイムでわかるようにしました。中には、EC売上への貢献が年1億円を超える“カリスマスタッフ”も登場しています。とりわけ、20年からは、そうしたコンテンツ作りの名手を集め、所属部署とコミュニティデザイン部を兼務する『オムニ(omni)スタイルコンサルタント』として、コンテンツ制作の指導、ライブコマースでの実演などで活躍してもらっています」(同)。

 矢嶋氏によれば、店頭での接客能力とコンテンツ作りの能力には、相関関係が見られるという。つまり、店頭での売上実績が高いスタッフはコミュニケーション能力に優れ、EC売上の貢献度も高いというわけだ。「動画配信では、ファッションに関する“うんちく”も、視聴者の評価を大きく左右することがわかりました。経験豊富なベテランをECで活用する余地も大きいという、新たな発見もあったのです」(同)。

 同社がネット向けのコンテンツを強化してきたのは、「そもそもスタッフをメディア化することが、差別化の肝になると考えたから」と、矢嶋氏は主張する。「当社のミッションは、世界中から優れたファッションアイテムをセレクトし、お客さまにお届けすること。しかし、モノ余りの現在、店頭で商品を展示するだけでは不十分で、ブランドストーリーやバイヤーのこだわりといった“コト”の提案も必要になりました。そのため、語り部としてのスタッフの重要度は増しています」(同)。

 コロナ禍を契機として、ライブコマースの普及も加速しそうだ。そうした中、「店頭の売れっ子スタッフが、ライブ配信を通じて全国区の“スター”に成長すれば、商品も11から1対多に拡販できるのではないでしょうか」と、矢嶋氏は目論んでいる。

事業企画本部コミュニティデザイン部 矢嶋正明部長