大手アパレルメーカー・ワールドのグループ会社で、ファッションと最新テクノロジーを掛け合わせたサービス・プロダクトの開発を手掛けるOpen Fashion(東京都/上田徹社長)が、ファッション企業向け生成AI「Maison AI(メゾンエーアイ)」の展開を拡大させている。AIの活用は業界をどのように変えていくだろうか。その機能と将来の見通しについて、上田徹社長に話を聞いた。
チームの一員としてAIが幅広い職種をサポート
近年、DXを推進する重要なツールとして、あらゆる業界で生成AIに注目が集まる。そんな中、Open Fashionが提供を開始したのが、ファッション業界に特化した生成AI活用支援ツール「Maison AI」だ。
2023年8月にβ版の提供を開始し、12月には同じワールドグループに属するSaaS企業のファッション・コ・ラボと販売・導入パートナー契約を締結し、販売・導入・サポートの体勢を整えた。
対応している職種は、ファッションデザイナー、パタンナー、マーチャンダイザー、スタイリストといったクリエイティブ職、Webデザイナー、Webエンジニア、WebマーケターといったWeb・IT領域、管理部門のPR・広報、人事、法務と多種多様だ。
利用するには、まずログインしてワークスペースを作成。チームにアサインするメンバーを招待する。機能メニューはホーム画面に加えてサイドバーにも表示され、目的に応じて選択する。
機能は、ChatGPTと同様にAIと自由に会話ができる「AIチャット」、バーチャルなチームの一員として業務をサポートしてくれる「AIエージェント」など。例えば商品紹介文を作成する場合には、メモ書き、箇条書き程度の情報を入力すればAIエージェントが考えて提案してくれる。
AIを活用するにあたっては、AIに大量の情報を与えて学習させることが必要だが、その際、機密情報や個人情報などが外部に漏れる懸念がある。しかし、このMaison AIは入力情報が保存されないように設定されているため、万が一ハッキングされた場合もセキュリティ面で安心だという。
AIとのやりとりは、「プライベート」または「チーム」を選べる。プライベートでは、誰にも内容を知られることなく、履歴も自分のみ閲覧可能となっている。チームを選択すれば、その内容がメンバーに公開されて、履歴も残せるため、グルーブ内でスムーズにナレッジを共有できる。
利用頻度の高いプロンプト(AIへの指示や質問)はテンプレートとして保存でき、必要な時に取り出せる。さらに2024年2月には、60種類以上のプロンプトを無料提供するストア機能が新たに追加された。
文章生成AIだけでなく、画像生成AIも使え、「画像ジェネレート(生成)機能」を利用すれば、指示に沿った画像を1枚あたり40秒ほどで生成する。画像を一から作成する場合と比べて、作業時間を大幅に短縮できる。
ファッション業界に特化し、幅広い職種をカバーして業務効率化を支援するMaison AIを開発したきっかけを、Open Fashionの上田徹社長は「2022年11月にChatGPTが公開されて、AIがかなり人間らしい振る舞いをできるようになってきたと感じた」と振り返る。
145人の利用で月430時間の知識労働を代替
業務をAIで自動化できる時代になれば、ある程度までの業務を、いわゆる「AI従業員」に任せられるようになる。Maison AIを開発する上で、最大の目的とした機能がAIエージェントだったという。
Maison AIはワールドで全社導入(一部関連会社などを除く)され、子供服のナルミヤ・インターナショナルで試験導入されている。また、導入に向けた企業セミナー、生成AIの活用方法を教えるリーダー研修などが5社以上で開催され、生成AI講座が実施されている服飾大学・専門学校もある。
ワールドグループで導入効果を測定した実績では、145人の利用でAIが代替した知識労働は月430時間。人に置き換えると3.2人分の働きをした計算になるという(※生成された文章を時間に換算して算出)。利用人数が増えれば、効果は比例して大きくなり、「AI従業員」の利用価値はますます高まる。
Maison AIを全社導入するワールドで、デジタルを中心とする新規事業を手掛けるF3事業部の小堺利幸ディレクターによると「管理部門の経理、法務、採用担当、カスタマーサポート、店舗の管理・開発・運営に携わる社員も含めて、あらゆるセクションで使われている」という。そして、さらにうまく活用するためのアドバイスを求める声が、Open Fashionに数多く寄せられているそうだ。
生成AIの活用には、望ましい結果の出力をプロンプトで促す「プロンプトエンジニアリング」のスキルが必要だ。ローンチ間もない時期には適切なプロンプトを設定することが難しいという課題があった。だが、それを克服するためにストア機能を追加した。結果、ワールドでは「AIエージェントの設定が、かなり洗練されてきている」(上田社長)という。
進化の先に見据える自立した「AI従業員」としての成長
今後、期待されるのは、生成AIのさらなる進化だ。現状のMaison AIがバックエンドでつながっている文章生成AIはChatGPTシリーズのGPT4で、上田社長によると「あくまでも肌感覚だが、人に置き換えると入社4~5年目の有能な20代社員レベルの知識・スキルを持つイメージ」だ。
現状、各部門で10~20年のキャリアを積み上げてきた社員には専門性でかなわない面はある。だたし次に続くGPT5が開発中であり、年内にもリリースされるのではないかといわれている。
「GPTシリーズの対抗馬とされる、米Anthropic(アンソロピック)社が提供するClaude3は、30~40代の能力を持っている感があり、GPT5も同程度のレベルになると考えられる」(上田社長)
さらに2025年にはGPT6が登場する見通しも語られる。そうすればMaison AIは、いわゆるアイデアの「壁打ち」の枠を超え、より本格的に自立した「AI従業員」として成長していくだろう。
Open Fashionではそれまでの間にも、さらなる機能の充実を継続的に図り、ファッション企業が取り扱う商材の中でカテゴリーを広げ、アパレル、アクセサリー、バッグ、シューズだけでなく、家具・インテリア、雑貨、フードといった関連するプロンプトをストア機能で提供。現状の約60種類から2000種類まで拡張する予定という。なお、Maison AIは5月14日(日本時間)にリリースされたChatGPTの最新モデルGPT-4oをすでに導入完了している。
また、ゆくゆくは基幹システムと連携して販売管理や生産管理などを効率化することも視野に入れているそうだ。
「最終的な意思決定は人が下すが、基本的にはほぼすべてのデータと連携してAIが分析してアイデアを出す。そうなると思っている」(上田社長)
Maison AIで最終的に目指すのは業務効率を2倍にすること。そうやって生まれた時間を、在庫や廃棄の問題などファッション業界が抱える根深い課題を解決する取り組みに割けるようにしていきたいという。果たしてAIの進化は、どれだけ人を楽にしてくれるのか。注意深く見守っていきたい。