大注目のリテールメディア、背景に米小売の成功
2022年に入ったころから、流通業界では、あるワードが頻繁に聞かれるようになっている。「リテールメディア」だ。
リテールメディアとは、顧客の購買データ、あるいは行動データといった小売業が独自に収集・所有するデータ、いわゆる「ファーストパーティー・データ」を活用して広告を配信する手法のことを指す。「メディア(広告媒体)」となるのは、店舗やスマホアプリ、ECサイトなど小売業が従来持っている「顧客接点」だ。「リテールメディア=店舗のメディア化」、つまり、店内に設置したデジタルサイネージから広告を流すことをイメージする人もいるかもしれないが、それに限らないのである。
ではなぜ今、リテールメディアが注目されているのだろうか。
その理由の1つが、米小売の広告事業の成功だ。米リテールメディアの市場規模は6兆円にのぼるといわれている。この市場の約8割を占めているのがアマゾンである。アマゾンの2021年12月期の広告サービスの売上高は約312億ドル、日本円で4兆3680億円(1ドル=140円で換算、以下同)という莫大な規模となっている。4兆円超となるとイメージがしづらいが、米国内では広告売上高でグーグル(Google)、メタ(Meta Platforms:旧Facebook)に次いで3位の規模になっているといえば、その凄まじさがわかるだろう。
リテールメディア市場においてアマゾンに続くのがウォルマート(Walmart)だ。ウォルマートは22年1月期の通期決算において、広告事業の売上高が21億ドル(2940億円)となったことを発表している。ウォルマート全体の売上高5728億ドル(80兆1920億円)から考えるとわずかな規模だが、リアル小売が3000億円近い広告収入を得たという事実は、日本の小売業界関係者に大きなインパクトを与えたに違いない。
Cookie規制も追い風に、広告主も熱視線!
世界的な「Cookie(クッキー)規制」の流れもリテールメディアの追い風となっている。近年はプライバシー保護の観点から、グーグルやアップル(Apple)などのメガプラットフォーマーが「サードパーティーCookie」の廃止に乗り出している。日本でも22年4月に改正個人情報保護法が施行。Cookieをはじめとした個人関連情報を第三者に提供し、個人情報を紐づける場合は本人の同意が必要となった。
「Cookie」とは、Webサイトに訪れたユーザーの情報を一時的に保存しておくための仕組みで、Webサイトに残る「足跡」ともいわれる。サードパーティーCookieとは、「ユーザーが訪問しているWebサイトとは、異なるドメインから発行されるCookie」のことを指す。このサードパーティーCookieが規制されると、一度サイトに訪問したユーザーに繰り返し広告を配信する「リターゲティング広告」が制限を受けることになる。
一般的に、リターゲティング広告はほかの広告と比較して高い効果が得られる(購買につながりやすい)とされ、これが規制されるとなるとメーカーをはじめとした広告主にとっては大きな痛手となる。また、サードパーティーCookieが廃止されると、広告を見た消費者が購買に至るまでの行動も計測不能になる。つまり、広告の効果が検証できなくなるという問題も出てくる。
そうしたなか、広告主となるメーカーが期待を寄せるのが小売業の持つファーストパーティー・データである。冒頭で述べたとおり、リテールメディアは顧客IDに紐づいた購買データのほか、自社ECやアプリでの検索・トランザクション、店舗にビーコンを設置している場合は店内の人流データなど、小売業が直接収集したファーストパーティー・データを活用して、広告を配信する。これらを活用すれば、購買履歴・行動履歴にもとづいたターゲティングなどコストパフォーマンスに優れた広告・販促策を講じることができる。もちろん、各種施策を高い精度で効果検証することも可能だ。広告主(メーカー)からすれば、小売業が持つファーストパーティー・データはまさに宝の山といっていい。
大手主導で進む店舗のメディア化
こうした背景のもと、近年は大手を中心とした国内小売もリテールメディアに本腰を上げ始めている。ただ、日本におけるリテールメディアは、ドラッグストアや家電量販店などの業態が先行しており、食品小売業の事例はまだ少ないのが現状だ。
本特集では、リテールメディアに取り組む国内食品小売の先進事例として、トライアルカンパニー(福岡県/石橋亮太社長:以下、トライアル)とファミリーマート(東京都/細見研介社長)を取材している。両社に共通しているのは、店頭にデジタルサイネージを配置することで広告面とする“店舗のメディア化”に取り組んでいる点だ。
トライアルでは、全店舗の約3分の1となる約90店舗を、最新技術を結集した「スマートストア」として営業しており、店内に配置したデジタルサイネージやスマートショッピングカートで広告を配信する。ファミリーマートは全国3000店舗へデジタルサイネージ「FamilyMartVision」の設置を完了し、商品・サービスの広告やエンタメ情報などの映像コンテンツを配信中だ。
“店舗のメディア化”の最大の強みは、買物中のお客に直接アプローチできるという点である。その訴求効果は大きく、サイネージ設置店舗では非設置店舗と比べて対象商品の売上が大きく伸長するというデータも得られている。
ただ、こうした取り組みを行えるのは、投資体力のある一部の企業に限られる。ファミリーマートはもちろん、トライアルも今や売上高6000億円に迫る大手チェーンだ。デジタルサイネージの価格は以前よりも下がってきているとはいえ、中堅以下の小売が同じように売場のメディア化を推進していくのは難しい。それはスマホアプリやネットスーパーについても同様のことがいえ、そうしたメディアを個社で構築していくには高いハードルがある。
そうした状況を打破すべく、近年は小売業のリテールメディア構築を支援するプレーヤーも現れている。本特集では、食品卸や広告代理店、デジタルプラットフォーマーなどリテールメディアに商機を見出した非小売のプレーヤーも取材している。市場が成熟する前に主導権を握らんとさまざまなプレーヤーが入り乱れ、リテールメディアは混戦の様相だ。
メディアの価値を高めるためには……
食品小売業は、アマゾンやウォルマートのようにリテールメディアを新たな収益源とすることができるのだろうか。
国内の食品小売、とくに食品スーパーはナショナルチェーンが存在せず、リージョナルチェーンとローカルチェーンが各地に存在する、あまり寡占化されていない市場だ。それゆえ広告主からしてみれば、それらのチェーンを単独で見た場合、「広告枠」としての魅力は低く、そのぶん広告単価も低くなる。
そうしたチェーンが広告主に対してメディア価値を示し、広告収入を獲得していくためには、点在するリテールメディアを束ねる存在が前提となる。先述の広告代理店やデジタルプラットフォーマーらが提唱する「リテールメディア・ネットワーク」がその代表例で、実際に一定の成果も見られている。
もう1つ、重要な視点があるとすれば、それは「小売業が所有するメディアが、広告主にとって魅力的な広告枠になっているのか」という点だ。
リテールメディアを事業として展開していくなかでは、小売業は当然、広告収入を追求することになる。だが、闇雲に広告売上を追い求めては、広告主は期待する効果を得られず、ひいては顧客を満足させることも難しいだろう。
広告主にとって魅力的なリテールメディアとは、高い購買意欲を持ったお客が数多く集まる店舗、またはアプリ、あるいはネットスーパーだ。お客を惹きつける提案のある売場なのか、それとも利便性の高いアプリまたはECか、さまざまなアプローチがあるが、強い顧客接点をつくることが自社のメディア価値を高め、その結果として広告収入がついてくるというわけだ。
広告のノウハウ、またはテクノロジーに長けた外部企業の手を借りることも重要だが、リテールメディアを検討していくうえでは、「何をすれば自店のお客を満足させることができるのか」という小売業の原点に立ち返る必要がありそうだ。
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