Amazon.comに代表されるデジタル・ディスラプター(デジタル時代の創造的破壊者)が台頭し、その影響力が増す大競争時代に突入するなかで、流通小売業が今後、生き残り成長を続けていくためには、デジタルトランスフォーメーションによってビジネスモデルを変革し進化させていかなければなりません。
今回のカンファレンス(12月15日開催)では「Amazon大競争時代」において、流通小売業がデジタルトランスフォーメーションで新たな競争力強化を実現するためのAI・IoT・クラウド活用の最新ソリューションと国内外の先進的な流通小売業のAmazonに対抗するための戦略事例の紹介を行った。
【基調講演】
「テクノロジーと消費者の進化が変えるリテールの未来」
~リテール領域におけるAI・ロボット活用の最前線~
株式会社ローランド・ベルガー
プリンシパル
福田 稔 氏
【講演】
「流通業のデジタルトランスフォーメーションと競争力強化」
~マイクロソフトの流通業への取組みと最新海外事例~
日本マイクロソフト株式会社 シニアインダストリーソリューションエグゼクティブ
藤井 創一 氏
【米国最前線報告】
「ウォルマート、デジタル投資を強化してAmazonに対抗」
~動き出したリアル小売業の差別化戦略とは~
S.M.R., Inc代表
鈴木 敏仁 氏
【特別講演】
「Retail-AI活用でデジタルトランスフォーメーションに挑戦」
~No.1リテールテクノロジーカンパニーを目指して~
株式会社トライアルホールディングス
取締役副会長 グループCIO
西川 晋二 氏
【特別対談】
「デジタル・ディスラプターAmazon.comに対抗するための戦略」
株式会社トライアルホールディングス
取締役副会長 グループCIO 西川 晋二 氏
×
ダイヤモンド・リテイルメディア
編集局 局長 千田 直哉
【基調講演】テクノロジーと消費者の進化が変えるリテールの未来~リテール領域におけるAI・ロボット活用の最前線~
株式会社ローランド・ベルガー
プリンシパル 福田 稔 氏
ITの進化はこの10年で大幅にスピードアップしている。10年前には主流だった携帯電話はいまやスマホに取って代わられ、パソコンからのアクセスが普通だったネットショッピングは現在ではスマホを使ってどこにいても利用できる。さらにSNSの普及や利便性を増したネットショッピングの台頭など、デジタル化が流通ビジネスにも非常に大きな影響を及ぼしている。そして市場の変化を敏感にキャッチし、いち早く適切に対応するためにデータの利活用が求められる。こうした動きが今後10年でさらに発展することは確実だ。より多くのデータを集め、分析できる力が不可欠になっている。
所得と年齢の2軸から複雑化する消費者クラスター
プリンシパル 福田 稔 氏
次の10年で消費社会がどのように変化するか、それは消費者の変化とテクノロジーの進化の両面から見ていく必要がある。今後10年を展望するうえで重要になるのが、「価値観の多様化」であり「生活のデジタル化」である。さらに「人口動態の変化」と「シェアエコノミーの浸透」も着目すべき変化だ。
「価値観の多様化」については、日本市場固有のマスマーケットを構成するクラスターの中で、フォロワー層が消滅していくという点を指摘しておく。2000年頃までは、日本市場では消費者クラスターをとらえるのに大きく分けて「所得」と「年齢」の2軸で見ていれば十分にターゲティングができた。それ以降、「価値観」という軸が出現し、これをベースにターゲットを細分化するようになってきたのが現在までの変化と言える。
消費者クラスターとして「消費志向層」「伝統重視・保守層」「自由・個性追求層」「人間・家族重視層」「倹約志向層」などがあり、そして大きなウエートを占めるクラスターとして団塊世代ジュニアと団塊世代で占める日本市場固有の「フォロワー層」が存在する。
「フォロワー層」の特徴は価値観が希薄で世の中の動きに流されやすい。そうした面からも日本の消費財メーカーはマスマーケットを構成する「フォロワー層」に頼ってきたと言えるだろう。
「価値観の多様化」や「生活のデジタル化」がEC化を牽引
最近になってさまざまな社会環境の変化により、価値観が多様化し、「フォロワー層」がそれ以外のセグメントに分割・吸収されようとしている。そして8つのセグメントで分類することができるようになる。
それは「自由・個性追求層」「消費志向層」「伝統重視・保守層」「人間・家族重視層」「倹約志向層」に、環境問題や社会問題に関心が高い「社会・倫理志向層」、技術革新やデジタル・ITに関心が高い「先進・革新志向層」、人生を力まずに楽しむことを重視する「快楽主義層」の3つを加えたクラスタリングだ。われわれは過去20年間の調査で、世界各国でこの8つのクラスターが存在することを把握しており、日本市場もグローバルと同様の構成へと変化していくと想定される。
こうした「価値観の多様化」は、結果として「モノからコトへ」とお金の使い道が変わっていくことにつながる。実際に過去と現在を比較すると対サービス支出、つまりコトへの支出のウエートは大幅に増えている。
一方、「生活のデジタル化」で予想されるのは、20~30代のいわゆるデジタルネイティブの年齢層が今後消費市場の中心になるということだ。インターネット利用率の高い世代が消費の主体となることに加えて、さまざまなイノベーションにより急速なEC化が予想される。EC化が進む要因の1つにはユーザー接点の拡大があり、コミュニケーションのあり方の進化やユーザーエクスペリエンス(購買体験)の革新などが挙げられる。
欧米中心にAI・ロボット技術を活用した先進事例が登場
そうした技術革新の一例が、自宅で活用するAI・ロボットの技術革新による日常におけるデジタル化の推進だ。ビジネスでのAI・ロボットの活用というと在庫管理や接客だったが、ロボットが家庭で使用されるようになり、それは各社が提供を開始した消費者とのコミュニケーションロボットであり、これが今後、EC化率の向上の一助となるだろう。
過去にはパソコンのようにキーボードやマウスが入力インターフェースの時代があったが、さらにスマホやタブレットのようにタッチパネルが入力インターフェースとなったことで利便性が大幅に向上した。それが「Amazon Echo(アマゾンエコー)」などのように画面の操作もせずに声のインターフェース「Amazon Alexa」を採用し、言語解析機能が向上することで認識力が高まりネット人口のさらなる拡大につながる。
こうした技術革新を背景に、ここ数年でロボット市場は生産、サービス、個人生活のあらゆる分野で拡大し、グローバルで2015年に19億ドルだったものが2020年には30億ドル、2025年には52億ドルに成長すると予想されている。流通小売分野でも、商品・在庫管理から店頭での対人サービス、会計処理や宅配などオペレーションの自動化、レコメンデーションやAR(拡張現実)・VR(仮想現実)など新たなカスタマージャーニーの創出にAIやロボットの技術が導入され始めた。
期待値先行から先端技術定着で本格的な普及へ
すでに先進的な事例がワールドワイドに展開されている。ドイツのMetraLabsはRFIDを活用して高精度の商品管理が可能なロボット「Tory」を開発し小売店への導入を進めている。また、対人サービス向けロボットでは日本の「Pepper」のほかにもフランスの「Tiki」、米国の「OSHbot」などが製品やサービスのオリエンテーション、顧客の案内や店舗スタッフによる在庫スキャンなどに活用されている。
また、米国シリコンバレーのHointerはアパレル、ジーンズショップでのRFIDを使った在庫管理システムにより買物をシンプルにし、またQRコードとスマホアプリ、自動化技術を連携させて試着からクレジットカードによる支払い、自宅への商品配送まで自動で行うシステムを稼働させている。
同じようにスペインのZARAでは試着室での商品の交換依頼に対して、店舗スタッフが介在することなく自動的に商品を届けるスマート試着室を開発した。これにより来店客の試着商品数が約3倍になり、客単価は1.5-1.8倍に向上したという。
オペレーションの自動化は物流でも起きており、英国のStarship Technologiesは自動宅配ロボットを使い、すでに欧州の5都市で130万人を対象に実証実験を行っている。宅配の自動化では、1回あたりの宅配コストを、人が運ぶ場合の10分の1以下の約130円に圧縮できるという。
さらに中国では無人のコンビニBing Boxがすでに100店舗以上展開されている。買物客は入退店をWeChatの機能を利用したスキャニングにより行い、購入する商品をスキャニングしてAlipayやWeChat Payを使って決済を行う。無人店舗だが、RFIDとセキュリティシステムによる防犯機能やトラブル時にはリモート通話で運営スタッフに連絡もできるようになっている。
ただ、こうしたAIやロボット技術の利用について、現在は期待値が先行している段階と言えるだろう。今後、技術の最適な活用についての検討や周辺技術の充実により本格的な普及が始まると考えている。
【講演】流通業のデジタルトランスフォーメーションと競争力強化~マイクロソフトの流通業への取り組みと最新事例~
日本マイクロソフト株式会社 シニアインダストリーソリューションエグゼクティブ
藤井 創一 氏
アマゾン・ドット・コム(Amazon.com以下アマゾン)はデジタルネイティブな革新的ディスラプタ―であり、流通業界の大きな脅威となっている。競争力強化に向けて、流通業各社はデジタルを活用し、顧客体験と生産性向上への取り組みを強めている。マイクロソフトは、モバイルファースト・クラウドファーストの時代における最新のデジタル基盤を提供し、流通業各社のデジタルトランスフォーメーションを支援している。
ウォルマートが活用するAzure
藤井 創一 氏
マイクロソフトを創業したビル・ゲイツは「すべてのデスクとすべての家庭に1台のコンピューターを」の理念を掲げ、パソコン用OSであるWindowsビジネスを開始した。現在はビジネスや人々の生活の隅々まで、モバイルやクラウドなどのデジタルが浸透している。そのため、現CEOであるサティア・ナデラは新たに「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにする」ことを掲げ、よりオープンで包括的なデジタルプラットフォームを提供している。特に市場から期待の大きなクラウドプラットフォームとして「Azure」を展開している。
Azureは「青い空」という意味であり、もともと「Windows Azure」と称していた。しかし、現在の企業理念を実現するため、Windows縛りのイメージをなくし、よりオープンなプラットフォームと理解いただくことが必要であったため、現在では正式呼称を「Microsoft Azure」としている。このAzureを最も活用いただいている企業の1つが、米ウォルマートであり、同社もAzure上でLinuxなどを多数利用し、ローコストかつ安定的なシステム構築と運用を実現している。
Azureはコンピューティングやストレージ、ネットワークサービスなどを提供するインフラストラクチャーサービスと、AI・IoT、ウェブ・モバイル、開発者向けのサービス、データ領域などを簡単に利用、インテグレーション可能とするためのプラットフォームサービスなどで構成されている。また管理性や安全性に優れており、エンタープライズビジネス利用に強いという点も特徴といえるだろう。
顧客体験と生産性を革新するために、高度なデジタルを利用可能な時代に
流通業を取り巻く環境変化の認識として、近年言われている新興経済圏の成長とグローバル化、人口減少・人口動態の変化、インターネット・スマートフォンの普及とネットチャネルの成長、消費行動の変化と消費熟成の加速などに加え、新たに人材確保難、ディスラプター(破壊者)の出現などが挙げられるだろう。
ここでいうディスラプターは、過去の競合とは全く異なる切り口で市場参入し、顧客の支持を得る競合相手である。つまり流通業界にとっての代表的なディスラプターとしては、アマゾンがそれに当たると言える。
アマゾン・ゴー(Amazon Go)は、AIなどの最新デジタルを活用した顧客体験と生産性革新の取組みとして、流通業界に大きなインパクトを与えた。しかし、実は、マイクロソフトは2010年の段階で、「スマーター・リテイリング」というビジョンと米ターゲットとの共同制作ビデオを公開している。ここでは携帯電話で顧客が欲しい商品を検索・リスト化し、店舗にチェックイン。導線誘導されて商品を購入し、レジレスで決済。リスト化された商品や購入された商品データは在庫データと連動し、従業員が高いリアルタイム性をもって店頭在庫補充するシーンなどが収録されている。
とはいえ、何もアマゾン・ゴーより先にマイクロソフトがこのような提案をしていたという話を強調したいわけではない。実はIBMも当時同じようなビジョンを打ち出していたと記憶しているのだ。強調したいのは、2010年当時はこれらがビジョンでしかなかったものが、デジタルの高度化によって実現可能になったという事実である。デジタルを活用した革新に、チャレンジいただける時代になったのである。
流通業がAWSを活用することは最大の競合を利する結果に
デジタルネイティブなディスラプター アマゾンの登場以降の数年、流通業では「オムニチャネル化」が徐々に議論されてきたが、その急成長によって、ここ1年くらいで「アマゾンとどう戦っていくか」ということがむき出しのテーマとして語られ始めてきたと感じている。米国では小売業の閉店や倒産など大きな影響を受けており、さらに流通業の領域を超え、産業界全体に大きなインパクトをあたえはじめている。国内流通業界でも、アマゾン・ジャパンが存在感を増しており、各種統計データによれば2016年度の売上高は1兆円を突破。昨対でも主な国内流通大手以上の大きな成長率をたたき出しはじめている。米国流通業界の動向はいずれ日本国内流通業界の動向となるといわれるが、アマゾンとどう戦っていくかは、国内流通業においてもまさに喫緊の課題と言えると思う。
またアマゾンの2016年の年次報告書を見ると、アマゾン全体の売上額に占めるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の比率は10%程度。一方、利益額に関しては、実に半分以上を占めていると読み取れる。AWSはクラウド業界シェア最大手としてご存知の方も多いと思う。アマゾンのビジネスを支えているデジタルプラットフォームであり、同時にそれをクラウドサービスとして外販し、収益を得ているわけだ。
ここで指摘したいのは、流通業がアマゾンと経営上の競合関係にあるとすれば、競合相手のサービスを使用することは、一般的に矛盾があると考えられるということだ。AWSを流通業が使用すれば、その利益でアマゾンは投資能力を高めて、さらなる競争優位を得ることが可能となるという、シンプルなロジックが成り立つからだ。
このため、米国の報道によれば、ウォルマートやターゲット、クローガーなどが、AWSの自社利用や取引先の利用に対してネガティブな発表を始めているようだ。個人的にはアマゾンは尊敬すべき企業でありAWSもまた優れたクラウドプラットフォームだと考えるが、AWSに対抗するクラウドプラットフォームAzureを有するマイクロソフトとしては、流通業の競争勝利に向けた支援を、より一層強化する責任があると認識している。
ワールドワイドで流通業でのAzure活用が進む
流通業におけるAzure活用事例が急速に増えてきている。一例をあげると、米国のスタートアップ企業ジェット・ドット・コム(Jet.com)である。2014年創業当時、米国では「アマゾンに対抗可能な唯一のEC」と話題になったのが同社だ。ネットショッピングにおける最低価格保証という革新的でシンプルな価値を約束することで、顧客の期待を得た。
しかし、顧客がバスケットに入れる商品の組み合わせに応じ、最低価格パターンをリアルタイムに計算するため、さらに膨大で変動する特徴を持つECトラフィックに耐えるための、強力なクラウドプラットフォームが必要とされた。パートナーとしてマイクロソフトを選定し、約1年でAzure上にサービスを立ち上げた同社は、ウォルマートの傘下に加わることとなる。同社ファウンダーのマーク・ロリー氏は、現在好調ウォルマートのオンラインビジネスをリードする要職にも就いた。
Azureを中心に話してきたが、マイクロソフトはそれ以外にも流通業に必要とされるデジタルプラットフォームを包括的に提供している。これらプラットフォーム群と、パートナーによるアプリケーションやインテグレーションを組み合わせることで「革新的な商品やサービスの開発」「お客さまとのつながりの強化」「社員にパワーを与える」「オペレーションの最適化」といった、流通業のトランスフォーメーションを支援している。
米国のメーシーズではAzureとモバイルアプリ「Go Skip」を活用した革新的な顧客体験を実現するセルフチェックアウトサービスが開始した。日本のローソンでは、Azure上に実装されたAIとソーシャルチャネル「LINE」を組み合わせ、顧客とつながる仕組みを構築した。このほかにもOffice365によって従業員コラボレーションを改革し、従業員の強化を進めるマークスアンドスペンサー、発注自動化やシーズンや商品ライフサイクルにわたる価格最適化業務にAzureの機械学習を活用した独オットーなど、国内外で多数のチャレンジが急速に進んでいる。
【米国最前線報告】ウォルマート、デジタル投資をしてAmazonに対抗~動き出したリアル小売業の差別化戦略とは~
S.M.R.,Inc 代表 鈴木 敏仁氏
アマゾン・ドット・コム(Amazon.com:以下アマゾン)の台頭に対してウォルマートの追撃が本格化している。リアル店舗という資産に対してデジタル投資を進めるとともに、ECでも企業買収により扱う商材の拡大など事業強化に余念がない。ウォルマートがEC事業を開始した際には、基幹システムに手を入れてグローバルでプラットフォームをつなげることまで手掛けた。リアルとネットの融合で、その投資が結果を出し始めている。ウォルマートがECを本格化し、アマゾンがリアルに力を入れ始め、米国ではウォルマートとアマゾンはコインの裏表であるといわれている。果たして両者は同じ方向に向かっているのか。
ジェット・ドット・コム買収はマーク・ロリー獲得がねらい?
ウォルマートの2017年10月末の第3四半期決算は売上高1221億3600万ドルで前年比4.3%増、営業利益は47億6400万ドルで前年比6.9%増となっている。このうち米国ウォルマートは売上高同2.7%増、来店客数同1.5%増、客単価同1.2%増、既存店成長率同2.7%と非常に調子がいい。海外事業も売上高同2.5%増と順調だ。ECではマーケットプレイスを拡大しており、ウォルマート直営のネット売上高が同50%増、出店者を含めた流通総額では同54%増と急速に成長しており、既存店の強化とECの強化が奏功している。
そのEC事業を主導するのがマーク・ロリーである。2005年にダイパー・ドット・コムを創業し、ECが成功するわけがないといわれていたカテゴリーで成功。それもあって2011年にアマゾンが買収に乗り出し、マーク・ロリー自身も拒否していたものの、結局はアマゾンに移ったが2013年には退職。2014年にアマゾンに対抗するジェット・ドット・コム(Jet.com)を創業した。
ジェット・ドット・コムは2016年にウォルマートが33億ドルで買収した。それもマーク・ロリーの獲得が目的でなかったかと私は考えている。事実、マーク・ロリーがEC部門のトップになってから急激な成長が始まっている。また、ウォルマートはメンズアパレルのECを手掛けるボノボス(Bonobos)を買収したが、ボノボスのCEOはマーク・ロリーがいなければ売却しなかったとさえ言っている。
ウォルマートは現在、自社でデータセンター構築を進めている。自社プラットフォームのオープンソースによるOneOpsを使い、データセンターの規模はアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の10分の1と単独企業としては全米最大といわれる。そしてウォルマートが明らかにしていることではないがNvidiaのGPUを大量に購入しており、2018年早々に巨大なAIネットワークを稼働させるのではないかといわれている。米国の小売業界では次の戦場はAIだろうということが確実視されているからだ。ちなみにウォルマートは、ターゲットやクローガーなどと同様に取引先に対してAWSの不使用を呼び掛けている。
ボイスショッピングではグーグルと提携
ウォルマートは2017年にシューズ小売のシューバイ、アウトドアチェーンのムースジョー、ビンテージファッションのモドクロスそしてメンズアパレルのボノボスの4社を買収している。これらは既存のウォルマート店舗とは全く顧客層が異なる領域の小売業である。そのねらいはロングテールにある。店舗はこれまでどおりの形態で事業を行うが、ネット上では扱う領域や商品を広げて行こうとしている。その一環で高級百貨店チェーンのロード&テイラーとも提携している。
また、ボイスショッピングをねらってグーグルと提携する道を選択した。グーグルエクスプレスに商品を出品することで、グーグルアシスタントでの買物を可能にするとともに、顧客データをグーグルに提供する。これは推奨機能に不可欠だからだろう。そして2018年中にはウォルマート・ドット・コムでもグーグルアシスタントを使った買物が利用可能になるのではないかといわれている。
ネット販売の店舗ピックアップで顧客の利便性を向上
ウォルマートは、BOPISつまりバイ・オンライン・ピックアップ・イン・ストアの拡充も進めている。店舗ピックアップを強化している背景には、もちろん店舗という資産を活用するということがある。3年ほど前に小規模でスタートしたが、現在までに対応店舗数は1100店舗に増やし、さらに2018年中には2100店舗に拡大する予定である。そしてネット通販でインストアピックアップ可能な商品の一部については値下げも実施しており、インセンティブをつけることまでしてBOPISを強化している。
お客の買物パターンとして、グロサリーはネットで注文しておいて、生鮮は店舗で選んで買うことが多い。そして帰り際にネットで注文していた商品を取って帰るというのが普及し始めている。よく考えると、店頭で買物客が行っていた行為を、店舗側が負担して行うということになる。ピックアップ要員の人件費が増えて、それで黒字になるかという疑問も湧いてくる。
ウォルマートの店頭には、BOPISのための巨大な自動マシンのピックアップタワーが設置されている。またカスタマーセンターをピックアップ専用の窓口に改造したり、ピックアップディスカウントのPOPを貼り出すなどBOPISを訴求している。ピックアップタワーは、2017年8月時点で20カ所に設置されており、数カ月以内に100カ所に増設することになっているようだ。それとともに駐車場にも高さ6m×幅24mと巨大な自動ピックアップマシーンを実験的に設置している。
アマゾン集中を懸念しマーケットプレイス出品企業が増加
ラストワンマイルの取り組みとしては、スマートロックメーカーと提携しマンハッタンの住居ビルを対象に入口にスマートロックを無料配布している。ジェット・ドット・コムの宅配人が行くと開けられる仕組みになっている。最短1時間の短時間配送を目的とした買い物代行は、ウーバー(Uber)と提携して3都市12店舗で実験を行うほか、デリヴと提携し33都市でも展開している。これはアーバン世帯や高所得層を狙いとしている。
また、マンハッタンで同日宅配を手掛ける、スタートアップのパーセルを買収した。この事業の面白さは、マンハッタンにある全ビルの画像や宅配用入口などの情報をデータベース化し、顧客とショートメッセージを使ってリアルタイムで宅配情報を共有する仕組みを構築しているところだ。
マーク・ロリーが手掛けるマーケットプレイスの強化では、2017年半ばの段階で5000社が6700万SKUを出品している。フルフィルメント・バイ・アマゾンと同様のサービスを導入するともいわれているが、サプライヤーが増加している要因にはアマゾンに偏ることに対するリスクがあるとみている。また、マーケットプレイスが拡大することは運営するウォルマートにとっては有利な金融スキームであることも強化を続ける要因だろう。
【特別講演】Retail-AI活用でデジタルトランスフォーメーションに挑戦
~No.1リテールテクノロジーカンパニーをめざして~
株式会社 トライアルホールディングス 取締役副会長グループCIO
西川 晋二 氏
ウォルマートをモデルに全国で日本型スーパーセンターを展開するのがトライアルホールディングス。「ITの力で流通を効率化する」ことを標榜し、自社で日中合わせて300人規模の開発体制を持ち、自社開発のデータ処理・分析・自動発注基盤を活用している。顧客ID付きのPOSデータはすでに11年分約140億件にのぼり、ID-POSデータの分析・活用による品揃えの最適化と売上アップの施策を実施するなど、早くからIT投資と利活用を進めてきた。そして今後は、IoT・AIを活用したデジタルイノベーション戦略をさらに強化していく考えだという。
自社開発のシステム基盤を活用しデータをメーカーにも公開
西川 晋二 氏
流通業の競争が激しくなるなかで、われわれはITを活用した効率化に取り組んできた。その過程で、膨大なデータが蓄積されるようになった。そのデータを活用することが、非常に重要であり、それが勝負の要になると考えている。
当社のデータ活用基盤としては、まず500万人のアクティブ会員があり11年蓄積してきたID-POSデータ、そして自社開発基盤の「e3-SMART」の3つがある。ID-POSデータについては140億件、データ容量にして8テラバイトある。「e3-SMART」はエコノミカル・イネーブリング・エフィシャントの3つのeとスケールアウト、マッシブリーパラレル、アーキテクチャー・オブ・リインベンテッド・テクノロジーズの頭文字を取って命名した。
このデータ活用でめざしたものは流通改革である。メーカーと協同でカテゴリーマネジメントを行う。我々が店舗という面を確保しローコスト運営により販売力を向上する。それに対してカテゴリーキャプテンのクラスター企業は豊富な品揃えとお得な商品という商品力を提供する。そうした役割分担によりWin-Winの関係を構築する。
カテゴリーマネジメント実行のために、カテゴリーキャプテンと当社がお客さまの求めるよりよい品揃えを実現し売上と収益の改善を行う協働の仕組みとして、ウォルマート・リテールリンクに倣ってデータ公開基盤のMD-LINKを提供しており、契約企業は240社に達している。
AI活用による各種分析の自動化をねらう
現状の分析機能は、人が問題を掘り出しに行くかたちとなっている。これをAIにより自動化することを考えている。そこで当社が発起人となり、一般社団法人リテールAI研究会が2017年5月に発足した。多くのメーカーが会員、賛助会員として参加している。
カテゴリーマネジメントにどのようにAIを活用するか。従来活用してきたデータは、POSや棚割、チラシ商材などのほか天候や気温といったところ。今後は、カメラやGPS、各種センサーなどからもデータを収集しAIで分析する。従来の分析結果は各種帳票やBIレポートなどに生かされ、さらに検討を要す場合が多いが、これからは電子棚札、最適化されたインストア・プロモーション、ナビゲーション、プラノグラム(棚割)の変更、店舗レイアウトなどの形で生かされることになる。
カメラ=機械の目を使った管理にもチャレンジしている。その実例として田川店(福岡県田川市)では、店内を3ブロックに分けて合計で40台程度のカメラを設置した。店舗入口での性別・年齢・人数のカウントに活用することで、自動的に性別による分類や年齢による分類、時間帯別の人数などの統計が作成される。カメラを使うことで、購買しなかったお客さまを含めて来店者すべてを対象にした統計が作成できる。
さらに複数台のカメラを連動させ、店内の顧客動線や到達人数分析にも行っている。例えばA店とB店でのヒートマップの違いを知ることで、レイアウトの改善につなげることができる。また、店舗のカテゴリの位置やPOSによる購買人数、売上などを比較することも動線の改善に生かされ、効率的な売場や価値の高い売場の検討が可能になる。また、お客様が棚の前でどのような行動をしているかも把握できる。とくにメーカーにとっては、手にしたけど買わなかった過程なども有用な情報となる。
タブレットを搭載したIoTショッピングカートを導入
さらにデータ活用という点で、出店判断を支援するWebGISを開発しており、出店戦略における新たな取り組みとして、最適候補地を「自動探索」する機能を加えている。
リテールメディアとは、店舗の売場でお客さまとつながる新たなメディアのこと。レシートクーポンを使ったピンポイントマーケティング(PPM)は、従来の全員を対象とした値引きやクーポンの配布ではなく、特定の顧客へコスト効率のよいクーポンサービスに活用するねらいがある。PPMはターゲットマーケティングの手法だが、3つの軸があってカテゴリ新規を取り込むねらい、ブランドスイッチ、リピート購買をねらうなどが基本的な目的となる。これらは手動と人の判断によるところが大きい。これからはターゲット抽出の自動化に取り組まなければならない。
そこで導入したのがタブレットを搭載したIoTショッピングカート。レシートクーポンは買物後にお客様が手にする、それに対してカートに大画面のタブレットを搭載し、買物中にクーポンを配信すればより効果が高いだろうという確信があったし、買物はほぼ店頭で決まるというデータもある。
IoTカートからポイントカードでログインすると、お得な商品を基にしたレシピ提案やパーソナライズされたお得な情報がもらえる。しかも自分がいる売場での情報が自動表示され、商品の棚の位置まで表示される。
将来的にはアプリ開発しスマホでチェックインから決済まで対応
さらに買物の快適さを追求するために、タブレットカートにPOSレジの機能も搭載し春日公園店(福岡県春日市)で実証実験を行っている。手順はプリペイドカードでログインし、買物中にスキャン完了、タブレットカートPOS用チェックアウトレーンでレシートをプリントし支払いが完了するという仕組みでレジ待ちをしなくて済む。
さらに将来的にはスマホのアプリを開発して、スマホをプリペイドカードにしモバイル・ウォレットでログイン、商品をセルフスキャンする。最後に決済レーンを通るというのは現状と同様だ。レシートはスマホに表示するようになる。
IoT・AIの時代となり流通業界も第4次産業革命のなかにあり、大きな変革が間違いなく起きる。アマゾンの台頭に代表されるネット販売の躍進とリアルへの侵攻、顧客の利便性を突き詰める手段、人手不足とコスト競争力の向上からAIの活用は今後、不可避となっていく。
【特別対談】デジタル・ディスラプターAmazon.comに対抗するための戦略」~No.1リテールテクノロジーカンパニーをめざして~
トライアルホールディングス 取締役副会長グループCIO 西川 晋二氏
× ダイヤモンド・リテイルメディア 編集局局長 千田 直哉
リアル店舗にとってECの台頭は脅威だ。なかでもアマゾン・ドット・コム(Amazon.com:以下、アマゾン)は日本で急伸を遂げている。そうしたディスラプターへの対抗とともに、社会がIoT・AI時代に突入し流通業にとっても看過できない課題となっている。「ダイヤモンド・リテイルメディア・カンファレンス2017」の最後は、それら流通業を取り巻く課題にどう向き合っていくかをトライアルホールディングス取締役副会長グループCIO(最高情報責任者) 西川 晋二氏とダイヤモンド・リテイルメディア編集局局長 千田直哉が語り合った。
アマゾンのアキレス腱はラストワンマイル
千田 今回のカンファレンスは対アマゾンの戦略展開をテーマとした。アマゾンはホールフーズを買収しリアル店舗にも進出している。もしアマゾンが米国同様、日本にリアル店舗を積極展開するという事態になったら、日本の流通業はどう対応するのか。
西川 アマゾンのビジネスにも見習うべきところは多い。顧客第一主義で素晴らしいサービスを提供しお客さまの支持を集めている。ただ宅配主体では、ラストワンマイルが立ち行かなくなるのではと考えている。日本はとくにドライバー不足で宅配業者も厳しい状況にある。ラストワンマイルの問題が解決すれば、ECだけでなくリアル店舗を多く持っていることが強みになる場合もある。ピックアップ拠点にも活用できる。結局、ECであってもリアル店舗であってもどこがいいとか悪いとか、どこが勝つか負けるかでもなく、お客さまにとっていいサービスが切磋琢磨してできればいいことだ。
千田 しっかりリアル店舗を生かす戦略で、お客さまに最適なサービス、楽しい買物体験を提供していくだけと。
西川 われわれとしても生き残る努力をして、お客さまに選ばれなければならない。アマゾンもホールフーズを買収して、リアル店舗を持つことになった。そのリアル店舗をまずはアマゾン流のやり方で、たとえばアマゾンエコー(Amazon Echo)の販売の場として広げるだろう。いちばん考えられるのは既存の500店舗を起点として、ウォルマートがやっているようなピックアップのステーションとしてラストワンマイルも含めた、物流の充実に使うことだ。つまりアマゾンこそリアル店舗を持っている小売に対して、競合していかなければならない立場になったわけだ。リアル店舗のメリットが大きいことに気付いて参入したのも、ECだけですべてが済むというわけではないということをアマゾン自身も気がついたからだ。
中国で増殖する無人店舗から得る技術はあるか
千田 さて、これからリアル店舗がアマゾンに対抗していくという立場からみて、アマゾン・ゴー(Amazon Go)をどうとらえているか。
西川 すごく刺激になっている。実際にシアトルまで実験店を見に行ったが、店内には入れなかった。
詳しい人に聞くと、17年7月の段階ではまだ店舗の開発者が常駐していたという。店舗には20人くらいしか入れず、まだ中途半端な感じのようだ。まったく同じものをつくろうとは思わないが、中国のビンゴボックスなどは現地に見に行った。中国では急速に無人店舗が増えており波が来ている。
千田 中国で無人店舗が増えている状況をどうとらえているのか。
西川 無人店舗の展開方法は3種類あると考えている。1つめは、すべての商品をRFID(ICタグ)で管理する方式。これは、手間がかかるがチェックアウトが簡単になる。2つめ少し現実路線でセルフスキャン、セルフレジと同様の方法。どちらも入る時にWeChat PayやAlipayの認証を使う。中国では個人の信用情報を重視することで、万引などの不正行為を抑止しようとしているようだ。3つめはアマゾン・ゴーと同じような方法を導入するというもの。それは多数のキネクトを天井に配置して棚ごとにカメラをつけてお客さまを認識して顔認証によって、入ったお客さまがどの商品を買ったかというのを棚の位置で検出し、てチェックアウトするものだ。個人的にはそれらを見て、参考になる部分もあるし、そうでない部分もある。
千田 一方、トライアルでは、“トライアル・ゴー”の開発構想があると聞いた。
西川 “トライアル・ゴー”ではなく「トライアル・ラボ」と呼んでいるが、2017年10月、本社1階に従業員専用の店舗をつくり、現実路線パターンつまりセルフチェックアウト型とカメラによる認証型の2種類を取り入れて、プリペイドカードか給与からの天引きで買物できるようにした。次のステップとして大型の店舗を展開するとか、スーパーセンターでも導入してみたいと考えている。
ECを学び直しほかの事例を研究して再挑戦も
千田 アマゾンはEコマースやアマゾンエコー、リアル店舗を通じて顧客データを収集している。トライアルはリアル店舗で顧客情報を収集している。トライアルのネットストアから情報収集してドッキングするということはあるのか。
西川 自社ブランドのお茶を、楽天とアマゾンで売っていて人気商品になっている。それ以外のECはいったん縮小している。今回のウォルマートの動きなどを参考にしながら、しっかり学んで戦略を立て直して、再度ECに挑戦するということを考えている。
AIスピーカーについても独自にはやらないが、今後の展開としてはグーグルに参加することなどさまざまなケースが考えられる。パートナーと一緒にやることも含めてウォルマートのやっている方法も学ぶ必要はあると感じている。
千田 現在、トライアルのシステム開発は日本と中国に約300人の人員を抱え、自前で開発していくことが中心だ。今後アウトソーシングについては検討していくのか。
西川 われわれが自身で持っていないものは外部から取り入れるしかないし、われわれとしてコアの事業の強みに対して寄与しないもので、一般的に多くの企業がやっているものをつくる必要はないので、そういう是々非々の選択をしていく。
店舗に来るお客様にわかりやすく、楽しく買ってもらえるように
千田 商品開発やMD(商品政策)、サービスでの差別化についてはどのように具体化していくのか。
西川 メーカーさんと一緒にやるという方針に変わりはない。PB(プライベートブランド)を自社で懸命に開発していた時期もあった。しかし、現在は、メーカーさんと一緒にいいものをつくって行くというジョイントビジネスプラン(JP)の方向に舵を切った。欧米では常識だ。それ以降は、すごい勢いでJPを進めている。メーカーさんと協業することによって商品を開発し、リアル店舗やECにかかわらずお客さまが来てくださるところで買っていただくための商品の揃え方という点で差別化していく必要がある。お客さまに対していいものをどれだけ安く、わかりやすく、買い忘れがないとか、欲しいものが欠品してなくて買えたという満足とか、買うつもりはなかったけど商品を見て気に入って、しかもクーポンがあって安いから買おうとか、そういう楽しい買物ができるリアル店舗での体験は強いと思う。
顧客体験向上もIT活用がベースに
千田 IT化、デジタル化していっても店舗を強化していくという意味は、小売業には奇策はない。目の前のお客さまにどう対応し、買ってもらえるかということが中心で、対アマゾン政策としてもそこの強化が重要になってくる。
西川 今は、やはりITの活用をフォーカスしている。AIを使ったONE to ONEマーケティング。お客さまの買い物に影響を及ぼすAIの活用は、これからのショッパーマーケティングに欠かせないものになる。過去の購買データや店内の回遊データをAIで分析しそのデータをタブレットカートなど情報発信の技術と組み合わせることで、お客さまの買物をサポートする。潜在的な購買意欲を刺激することで、マーケティング活動を最適化する実験を行っている。これらの技術により、商品によるコミュニケーションの在り方が変化していく。つまり売場のマーケティングの重要なポイントとなり、モノを売るためのコストを売場にシフトすることで無駄なコストが省ける。このようにAIを駆使することで流通の構造そのものを変えていける。
千田 今回、アマゾンに対してどう対応するか、敵対するか傘下に入るかという話をした。トライアルは旗幟鮮明に競合していくという立場を取っている。それが大変なのか、面白い時代だと思って楽しむかで結果は変わってくる。それはトライアルの取り組みを見るとわかるように思う。