スマートフォンやタブレットの急速な普及、ネットワークスピードの増大、ソーシャルメディアの利用拡大はネット通販の急速な市場拡大を引き起こすとともに、顧客は店舗とネットをシームレスに自由に行き来して、商品やサービスを購入・利用できるようになった。このオムニチャネル時代のなかで小売業は、店舗やネット、ソーシャルなど多様化する顧客接点において、より優れた顧客体験価値(カスタマーエクスペリエンス)を顧客ごとにパーソナライズして提供することが求められ、顧客が期待している商品やサービスをいち早く察知して顧客に提供していくための仕組みづくり、拡大する顧客接点から得られるデータの分析・活用戦略への転換が課題となっている。ダイヤモンド・リテイルメディアはこのほど「IoT・AIで進化する小売業の成長戦略ビジョン~パーソナライゼーションで『顧客体験価値』向上を実現~」を開催した。パルコとトライアルホールディングスのデータ分析・活用の事例やAIを活用したロボットカメラの最新ソリューションが紹介された。
【基調講演】
株式会社ダイヤモンド・リテイルメディア
編集局 局長
千田 直哉
【特別講演】
「パルコの“個客”体験価値創造を目指すICT戦略」
~AI・IoT活用によるデータ分析の進化~
株式会社パルコ
執行役 グループICT戦略室担当
林 直孝 氏
【講演】
「五感搭載AIロボが変える店舗セキュリティー」
~店舗の防犯・安全・安心の常識を変える~
アースアイズ株式会社
代表取締役社長
山内 三郎 氏
【特別講演】
「IoT・AI時代のデジタルイノベーション戦略事例」
~リテイルテクノロジーカンパニーを目指して~
株式会社トライアルホールディングス
取締役副会長 グループCIO
西川 晋二 氏
【基調講演】
「ボーダーレス化する」流通業界
~業態・産業の際がなくなる~
株式会社ダイヤモンド・リテイルメディア
編集局 局長
千田 直哉
合従連衡、寡占化が進む!
いま、流通業界は、旧来からの業態区分が意味をなさない時代に突入している。
日本の小売業の年間商品販売額は、122兆円(2015年商業統計確報<経済産業省>)。それらを構成する各業態を見ていくと、「広域化・総合化・巨大化」が合従連衡というかたちで急速に進んでいる。業態内におけるボーダーレス化である。実際、業態別に市場占有率を見ていくと、百貨店は上位5グループで63.4%を占め、総合スーパーは上位2グループで54.3%、コンビニエンスストアは上位3社で90.4%、ドラッグストアは上位10社で68.6%、ホームセンターは上位5社で43.4%、食品スーパーは10社で37.0%。業態内での寡占化、上位集中化が進んでいることがわかる。米国では、ドラッグストアやホームセンター、ディスカウントストアなどほぼ上位2社寡占という状態になっており、欧州も似たような状況。日本の小売市場でもさらなる再編が起こり、さらにプレイヤーが絞られたとしても不思議ではない。
日本の小売市場に起こっている2つめのボーダーレス化は「食品侵食」だ。衣料品や住居用品は季節商品であり、需要が不安定なうえに、競合も強力で参入しにくい。その点、食品は安定的な需要があり、回転が速いため、お客の来店頻度もあがる。参入の魅力があるのだ。その象徴というべき企業がドラッグストアのコスモス薬品だ。2017年5月期の業績は売上高5027億円であり、26期連続増収を達成。食品売上高は2797億円。売上高に占める食品の比率は実に55.6%である。これを日本の食品スーパー(SM)売上ランキングにあてはめると第9位となる。
アマゾンとどう関係するのか?
Eコマース(EC)は、ボーダーレス化そのものを意味する。業態の壁はもちろん国家の壁もいとも簡単に乗り越えてしまうからだ。
その代表選手はアマゾン・ドット・コム(以下、アマゾン)である。「エブリシング ストア」を標榜し、“無限棚”では「衣」「食」「住」「遊」「休」「知」「美」のすべてを取り扱い、現在の取扱商品は約3億SKUといわれている。
最新のビッグニュースは、アマゾンによる米国の優良SM、ホールフーズの買収である。これが認可されれば、アマゾンは、食品リアル店舗網だけでなく、生鮮食品のラストワンマイルの物流拠点も手に入れたことになる。
ほかにも、リアル書店や注文から最短15分で積み込み可能なピックアップストア、レジなし店舗の「アマゾンGO」など、さまざまなタイプのリアル店舗も展開しており、ネットとリアルの融合は日進月歩である。
独自のデジタルデバイスの開発も注目で、電子書籍リーダーのキンドルやメーカーとタイアップするダッシュボタン、AIアレクサを搭載したスピーカーのアマゾンエコーなど利便性の追求に徹している。アマゾンは地球一の品揃え、地球一の低価格、地球一の物流網、国家以上の情報収集力&ネットワーク、動画配信サービス、その他クラウドなど、「アマゾンの前にアマゾンなし」というような「断絶の産業」を創造しようとしている。
そして、いまだに完成形が見えないこの驚異的な企業といかに関係していくのかが、全流通業者にとっての今後の大問題といえるだろう。
【特別講演】
パルコの“個客”体験価値創造を目指すICT戦略
~AI・IoT活用によるデータ分析の進化~
顧客の満足度アップをITで目指す接客「拡張」戦略
株式会社パルコ
執行役 グループICT戦略室担当
林 直孝 氏
全国にショッピングセンターを展開するパルコ。商品を持たない商業施設として重要なことは顧客の満足度アップである。一人ひとりの顧客=“個客”とショップがコミュニケーション可能なオムニチャネルプラットフォームの構築によって、接客LTV(ライフタイムバリュー)を最大化することである。ECでもリアル店舗でも、「POCKET PARCO」アプリやIoTの活用によって“個客”の関心や満足度を洞察して最適な「接客」の実現を目指す。様々なマーケティングデータを分析・活用し、来店および購買促進施策を効果的に展開しているパルコの戦略を紹介する。
オムニチャネルなPARCOを実現した「24時間パルコ」
商業施設であるPARCOパルコの重要な仕事は、出店していただいているテナントと顧客のコミュニケーションを推進することで、売上拡大を支援することである。それは、店舗の売上は顧客LTVの和であり、テナントの売上はテナントスタッフの接客LTVの和という考えである。この考えに基づき実践してきたのが「24時間パルコ」である。「いつでも、どこでも、テナントショップスタッフとお客様がコミュニケーション可能なオムニチャネルプラットフォーム」として、システム構築が行われてきた。
そのキーワードが「接客の拡張」である。Web接客においては「来店前から接客はすでに始まっている」という仮説から、スマホを利用した戦略を行った。第1弾は、ショップブログを基点とした商品/接客情報の拡充を開始。その結果、ブログで紹介した「商品を買いたい」とか、「取り置きをして欲しい」という要望が多く寄せられた。それを受けて第2弾として、ショップブログページを基点とした商品の取り置き、購入サービス「カエルパルコ」を開始した。全国約300ショップの「スタッフおススメ商品」が、いつでも、どこでも注文可能となったことで、売上拡大にもつながっている。
カエルパルコのVR版も実験開始
2014年度から開始した「カエルパルコ」の15年度の実績を見てみると、リアル店舗での商品購入は18時頃から20時頃が多く、カエルパルコのネット注文は17時から翌朝の10時までの時間帯で全体の約40%に達しているという時間帯別の購買行動を把握できた。店舗の閉店後での売上が確保できている。また、注文エリアで見てみると、広島店を例にとると、県内はわずか12%であり、残りの88%は北海道から沖縄まで全国の他エリアからの注文であった。
このように、仮説段階では考えられない結果を得られたことから、今年の春には店舗内で買物を楽しめるようなバーチャルショッピング体験を提供できる「VR PARCO」の実験を行った。PARCOがない地域の顧客にもより一層、PARCOでの買物を楽しんでもらうための施策として検討をしている。
さらに、「カエルパルコ」の進化として、今年の秋からテナントの在庫情報と商品情報とのデータ連携により、店舗スタッフの作業を大幅に効率化するシステムも導入する。いままで、スタッフが確認し、手動で入力をしていたものを自動化。お客様の利便性につながるだけではなく、スタッフやテナントの作業の簡素化・効率化も実現できるシステムとなっていく。
顧客を“個客”として捉えるコミュニケーションへ
「顧客の拡張」の第3弾は、まさに“個客”への対応である。15年3月から全国展開をはじめたスマートフォンアプリ「POCKET PARCO」のコンセプトは、ずばり「あなただけのパルコが、ポケットに」である。一人ひとりのお客様を把握し、「一人ひとりのお客様別々な情報・最適な提案」を伝えることで、ロイヤル顧客化のためのツールとなっている。
「POCKET PARCO」を開発したことで、「接客の拡張」に不可欠である、データの可視化による顧客行動分析・パーソナライズが可能となった。お客様をさらに詳しく知らなければ「顧客満足」を高めることはできない。そこで、クレジットカードやプリペイドカードとアプリを連動することで購買行動を把握。さらに、行動把握の精度を上げるために、来店前と来店中、来店後までを統計的に分析・把握できるシステムとした。来店前に行う店舗スタッフのブログ記事の閲覧やお気に入り登録、商品検索の行動(Clip)を把握。来店中には、チェックイン(Check In)や接客・購入(Conversion)で把握。来店後は、アンケート形式でサービス評価(Star rating)を行ってもらう。この一連のデータを分析したところ、ブログ記事を10回Clipした人は、50日以内に1回の買物が発生している。50Clipを越えた人はさらに来店のサイクルが短くなり、来店頻度もアップする傾向にある。さらに、詳しく分析すると、前週に記事Clipやチェックインという行動を行った人は、していない人に比べて翌週の購買行動が1.35倍となり、同様にサービス行動評価を行った人はしていない人に比べ翌週の販売行動が1.11倍となることがわかってきた。
「オムニチャネルメビウス」による個客LTVの拡大を目指す
2016年から、「POCKET PARCO」に人工知能(AI)を導入。その狙いは、ブログ記事のレコメンデーション精度の向上と、ユーザー毎にパーソナライズされた情報接点を拡大することで、来店と買上の促進である。AI導入により、1000Clip以上のブログ記事数が飛躍的に増加。AI導入前と比較するとClip数は17%増で、アプリ利用者の売上も18%も増加した。
スマホならではの強みを生かして、エリアターゲティングプロモーションも実施。これは、パルコ店舗の商圏内に来たユーザーを対象に、セール告知を実施したところ、来館・購入したユーザーは24%となり、チェックインプレゼントとして期間限定で1チェックインにつき500コイン(通常の5~50倍)をプレゼントしたところ、チェックイン数は、前週比で15%アップした。
来店後の評価も見逃せないものになっている。テナントスタッフの接客満足度を可視化し、ショップごとにフィードバックしている。高評価は、スタッフのモチベーションアップとなり、低評価は、改善につながる。それぞれ、可視化できることで、具体的な意識改善に有効な施策となっている。
お客様の行動データのなかで、満足度アップにつながるのは、来店中である。来店中にプッシュ通知で優待券進呈企画を実施すると、買い回り回数が増えるという結果も得ている。
新しい取り組みとしてはIoTを活用した各種センサーやWi-Fiデータの分析活用である。屋上のセンサーで雨天を検知したら、「雨の日特典」を自動配信するシステムなども取り入れている。
さらに、ロボットの活用を実験するなど、「24時間PARCO」のオムニチャネルプラットフォームは、リアル店舗で行う接客の輪+Webを通じて行う接客の輪を行き交う(無限)ループ「オムニチャネルメビウス」による個客LTVの拡大を促進している。
【講演】
「五感搭載AIロボが変える店舗セキュリティー」
~店舗の犯罪・安全・安心の常識を変える~
進化したAIテクノロジーによる売場改革で売上をアップ
アースアイズ株式会社
代表取締役社長
山内 三郎 氏
アースアイズでは、AI(人工知能)ロボットカメラシステム「アースアイズ」を小売業向けに提案している。従来のカメラシステムは、事故や事件が起こった後に通報・対処する仕組みである。「アースアイズ」は、五感に近い高度なセンシング機能を、予測を可能にするAIが自動的に活用。売場のセキュリティーだけではなく、顧客動線の解析にも活用できることから、売上アップにつながるシステムを構築することができる。防犯や販売促進に役立つ次世代のAIロボットカメラシステムの特徴と活用事例を紹介する。
店舗のAI化で危険防止や売上アップを実現する
人材不足やムダな人件費を抑制するとともに、セキュリティーと販売促進の両面に活用できるのが、最新のAIロボットカメラシステム「アースアイズ」である。小売業において深刻な問題と言われているのが商品ロスである。利益率は平均で約2%と低い日本の小売業において、商品ロスの約半数を占めるという万引きは、利益をさらに圧迫する原因となっている。また、従来の防犯カメラは、人間がモニターを確認して判断している。そのための人員が必要になっている。さらに、警備員の経費などを加えると、かなりの経費が必要になる。
そこで、不審行動を自動識別し、自動で通知を行うロボットのようなカメラシステムが、いま注目されている。無人でも連続して監視ができ、不審行動を自動検知するという課題をクリアするのが、AIと自動化によって解決できるロボットカメラシステムである。心理学や行動学のノウハウを備え、各種センサーからの情報をAIが分析し、不審行動かどうかを判断。不審行動と判断した場合は、即座に不審者への警告や関係者への通知も行う。
「アースアイズ」は、顧客動線の確認も行えることから、POSデータ解析と組み合わせることで、売場の改善や売上・利益向上の施策に役立てることも可能である。
さまざまな人流分析に活用できる
従来のカメラには、大きな課題がある。それは、「距離、奥行、大きさ」を正確に判断することができないこと。SNSなどでトリック写真として、山を手のひらにのせたものや自分の口から滝を流れ落とすものが掲載されている。これらは、「距離、奥行、大きさ」の曖昧さを利用した写真である。ここからわかるように、防犯カメラには大きな弱点があった。
この弱点を克服するために、マス目(枠)を設定して、そこに画像をあてはめ、「距離、奥行、大きさ」を正確に判断するグリッドシステムを採用している。また、個人の認証システムを採用することで、追尾機能を発揮できる。この人の行動を高精度に自動認識できることで、動いている人と物体を区別したり、輪郭線にほとんど変化がない場合でも顔の向きが変化したことを判断したり、人と人が重なったときでも後ろの人の動作を把握したりする機能が備わっている。
これらの機能から、出入口の人数カウントができる。従来のカメラでは撮影範囲が限られていることから、入口付近しか確認できなかったが、「アースアイズ」は、店前の通路までもカバーできることから、店舗前を通過した人と入店した人の両方をカウントすることができる。
同様に、エンドや催事陳列の前を通過した人数と立ち止まった人数のカウントにも活用できる。また、フードコートにおける利用人数と滞在時間を把握することもできることから、利用度を数値化することで、効果測定ができる。
このように、設置場所や活用方法によって、防犯だけではなく、販促施策のデータ収集や結果測定などにも応用できる。
商品移動対策で防犯と欠品防止に活用できる
人の行動だけでなく、商品移動にも対応することでできる「アースアイズ」。まず、商品を移動すると、その異変を感知し、警告をすることができる。同時に、通報も行う。このシステムのなかで精度の高いものは、商品にタッチしただけの行動も把握することができる。そして、物がなくなった(移動)ことを検知する。この場合は、人の動きではなく、商品の動きを検知している。
この商品移動の検知と不審行動を組み合わせることも可能で、より精度の高い万引き防止対策となる。
また、物の移動を検知することを利用して、欠品を知らせるシステムとしても利用できる。欠品によるチャンスロスを防止することで、売上の確保につなげることができる。
少し変わったところでは、フィッティングルームに入ったお客様の検知に利用する。万引きの利用場所となっているフィッティングルームの管理に使用できることはもちろんである。その一方で、お客様への接客機会を逃さず、コーディネート販売のチャンスを増やすことができる。フッティングルームに入ったことを検知すると、携帯電話などのモニターへ画像を送信。何を持って入ったかを確認できるので、その他のコーディネートを考えた商品を持って、フィッティングルームに向かうことで、買上点数アップや購買促進につながる。
店舗のAI化には、さまざまなメリットがある
「アースアイズ」の前身となる旧システム導入例から、商品ロスにおける効果は確実にでている。あるCDショップでは、万引きによる捨てられたIDダグの数が、導入前では月平均45個であったものが、導入後は13個に。0個にはできなかったが、半減以上の大きな効果を発揮している。カメラの弱点を克服した「アースアイズ」では更なる効果の発揮が期待できる。
さらに、いつ起きるかわからない万引きのために警備の人員を雇うことや、モニターによる監視人員の確保など、人材不足の時代において、効率化を図れることと、人件費の抑制は、小売業にとっては、大きなメリットとなる。
さらに、いま使用しているカメラをそのまま使用して、システムの構築ができることも経費節減につながる。AIロボットシステムを導入することで一般的なカメラが、最新の機能を備えたものになるということである。
店舗ごとの状況に合わせて、どのような機能を持たせるのか。カメラの設置台数は何台にするのかなど、用途や利用したいシーンごとに、自由に設定できることも魅力。また、小売業だけではなく、介護や医療現場、工場管理など、さまざまな分野での利用が広がっていることから、「アースアイズ」の適用分野はさらに拡大していくと期待されている。
万引きをリアルタイムに検知、商品ロスを未然に防止する
「AIロボットカメラシステム」
小売業、流通業にとって、商品ロスは深刻な問題。特に万引きは商品ロスの約半分を占め、利益を圧迫しているといわれる。従来の監視カメラは監視カメラの画像を常時監視する人員の確保や来店者の不審行動のリアルタイムの把握が難しいことから、監視カメラの多くが、万引きなどの犯罪発生後に録画映像を分析するための受動的な記録装置と化している。「AIロボットカメラシステム」は各種センサーからの情報をAIが分析し、不審行動かどうかをAIがリアルタイムで検知し、即座に不審者への警告や関係者への通知機能を搭載している。
<特別レポートのダウンロードは終了しました>
【特別講演】
「IoT・AI時代のデジタルイノベーション戦略事例」
~リテールテクノロジーカンパニーを目指して~
株式会社トライアルホールディングス
取締役副会長 グループCIO
西川 晋二 氏
米国ウォルマートをモデルに、日本型スーパーセンターを全国で展開するトライアルホールディングス。もともとIT企業だったこともあり、流通業として創業したときからIT活用に積極的に取り組んでいる。新しいデジタルマーケティング手法による効果的な販促やタブレットカートの開発による実験などの挑戦を次々と行っている。ITの活用により、効率化を推進してきたこれまでの取り組みと、今後のIoT・AIを活用した小売業のデジタルイノベーション戦略について紹介する。
デジタルマーケティングを活用した独自の戦略
トライアルの主力フォーマットとは、「Walmartに学んだ、日本型スーパーセンター」である。現在は、日本全国に201店舗(2017年8月現在)を展開しており、年商3510億円。中期5~6年で1兆円を目指している。トライアルの出自はIT企業であったことから、デジタルマーケティング戦略を柱としている。寡占化とITにより、効率化を図り、商品フォーマットと地域ドミナント化を推進。トライアルは、「ITの力で流通を変える」をテーマに事業を拡大している。
ITの力で流通の効率化を図る4つの柱がある。「従業員専用モバイル端末 PACER」「アクティブ会員500万人のポイントカード」「日本・中国における300名の開発体制」「自社開発、データ処理・分析・自動発注基盤 e3SMART」である。このなかで、データ活用基盤となっているのが「e3SMART」だ。2007年からの10年分のID-POSデータであり、100億件の自社保有のデータベースとなっている。
このデータの活用は、商品メーカーとの協同で、カテゴリーマネージメントとして利用。トライアルが標榜するカテゴリーマネージメントは、「カテゴリーSBU(戦略的ビジネスユニット)としてマネジメントしていくことである。トライアルでは、Walmartのリテールリンクに倣い、 MD-Link を公開。カテゴリーキャプテンとトライアルとがお客様の求める、より良い品揃えを 実現し、売上と収益の改善を行う協働の取り組みを行っている。役割分担は、「餅は餅屋」にならい、トライアルは面の確保とローコスト運営という販売力強化を担い、クラスター企業(カテゴリーキャプテン)は豊富な品揃えとお得な商品という商品力強化を担っている。その実現のために、トライアルのさまざまなデータをメーカーに公開している。
メーカーに公開している分析機能の活用事例とは
MD-Linkの公開契約をしている協働メーカーは230社。この企業と分析機能を活用したデータを共有している。そのなかの例として、ビールの併売事例を紹介する。プレミアムビールを購入した顧客は、おしゃれな洋風つまみを購入している。新ジャンルでは、刺身の購入が多く、機能性発泡酒では、健康系のつまみ購入が多いという結果が得られた。売上と購入頻度を表したバブルチャートは、個店別やエリア別で表記することができる。これも、店舗やエリアによって、売上などに違いが出ていることがある。データで確認できることで、効果的な商品販売戦略が立案できる。
出店戦略にも先進的なWeb GISというデジタルデータを活用している。地図上に、売上、会員数、来店会員数、会員化率をビジュアル化できるものだ。エリアの詳細分析結果の表示も可能。円商圏やドライブ商圏、売上シェア商圏も表示できる。さらに、複数店舗(~5店舗)の同時表示まで可能である。販売戦略も、出店計画も、データの裏付けがある、効果的で効率的な実施が可能となっている。
新たな戦略「リテールメディア」に挑戦開始
リテールメディアとは、店舗や売場そのものを顧客とつながるメディアととらえ、あらゆる接点を通じて顧客とコミュニケーションを図るというもの。新たなメディアとして構築を開始している。
一般的に、リテールメディアとして位置付けられるものとして、「店頭端末(KIOSK端末)」「タブレット付カート」「レジエンドメディア」「レシートクーポン」などが考えられる。また店舗外で、お客様とつながる手段としては、「スマホ」「タブレット」「TV」があげられる。
このなかでトライアルが注力しているのが「レシートクーポン」である。ピンポイントマーケティング(PPM)とよぶ販促である。従来型のバラマキ型のクーポンサービスではなく、特定の顧客向けのコスト効率のよいクーポンサービスである。この実験として行われたのが、男性用カミソリの替え刃のプロモーション。「カミソリを購入したユーザー」「男性化粧品を購入したユーザー」「オーラルケア用品を購入したユーザー」と、替え刃を購入する可能性が高そうな対象者約110万人を抽出し、約62万枚のクーポンを発行。結果は、クーポン対象者全体の1.4%である約8500人がクーポンを利用して替え刃を購入した。
タブレットカートの実験的導入と今後の展望
レシートクーポンは、買物の後の精算時に発券するため、次回の買物時には忘れられて利用されないことが多かった。買物中にお客様に訴求できれば、もっと高い効果を得ることができる。高齢者など、アプリ使用が難しい層がいることもあり、誰もが使用しやすいリテールメディアとして「タブレットカート」を開発した。また、買物は計画購入というよりも、店頭で決まることが圧倒的である事実もこの施策の効果を高めている。
タブレットカートは、ポイントカードでログイン。店内にはタブレットカートを認識するビーコンが設置されており、特定の売場に近づくとタブレット端末に商品クーポン情報が表示される。その結果、タブレットカート利用者の買上点数は、昨年対比で20%アップし、カート非利用者と比べ50%アップという効果が出ている。
今後のタブレットカートの展開としては、POSレジ機能である。商品バーコードを読み取るスキャナーをタブレットに搭載し、タブレットカートでの決済までできるようにする。
また、スマホアプリを開発することで、売上アップと同時に、販促コストとレジコストの削減も視野にいれている。米国の無人レジ店舗「Amazon Go」に刺激を受けた訳ではないが、IT活用によって無人店舗の実験準備を進めている。年内には「トライアル Go」(仮称)の実験を始める計画だ。
リテールテクノロジーカンパニーとして、「流通情報革命」をあらゆる角度、側面から挑戦していくことが、トライアルの使命と認識し、今後も、協力企業とともに挑戦を続けていく。