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ダイヤモンド・リテイルメディア・カンファレンス2017
小売業の成長を加速するデジタルイノベーション
「優れた顧客体験価値」の創造戦略

顧客接点拡大のオムニチャネルからIT駆使して顧客価値の最大化に挑む

 

 IoTやAI(人工知能)活用とITの進化は加速している。流通業でも、そうしたIT革新に乗り遅れまいとする先進的な情報戦略へのチャレンジが進められている。もともとITは業務効率化、省力化を目的として導入が活発化してきた。それがスマートフォンの普及やECの台頭で、顧客接点を拡大し顧客とのコミュニケーションを活発化することで売上増大を目的としたオムニチャネル化を多くの流通業が志向した。多くの企業が、そのオムニチャネルプラットフォームを発展させ、「顧客体験価値」を高めることにより競争力向上、差別化を目指す戦略に舵を切り始めている。今回のダイヤモンド・リテイルメディア・カンファレンス2017では、そうした企業のデジタルイノベーション戦略を紹介した。

 


【事例講演】

「自社ECをハブに生活者とのつながりを創る
ベイクルーズのオムニチャネル戦略」

株式会社ベイクルーズ
EC統括 兼 事業支援統括 上席取締役
村田 昭彦 氏

 


【講演】

「顧客体験の“オムニチャネル化”とデジタルシフト」
~小売業界が考えるべきデジタル戦略とその実践~

アドビ システムズ 株式会社
アドビ グローバル サービス統括本部 ソリューション コンサルティング本部 マーケット ディベロップメント エンジニア
熊村 剛輔 氏

 


【事例講演】

「オムニチャネルを活用した全体最適の統合マーケティング戦略」
~アクセスとサービスでおもてなしNo.1を目指す~

株式会社 ココカラファインヘルスケア
販促部 マーケティングチーム マネジャー
郡司 昇 氏

 


【事例講演】

「パルコの“個客”体験価値創造を目指すICT戦略」
~AI・IoT活用によるデータ分析の進化~

株式会社パルコ
執行役 グループICT戦略室担当
林 直孝 氏

 


 

“生活者とのつながりを創る”
BAYCREWSのオムニチャネル戦略

株式会社ベイクルーズ EC統括 兼 事業支援統括 上席取締役 村田 昭彦氏

狙いはスマホでの顧客接点を最大化

 

ベイクルーズは「ファッション」だけにとどまらず、「フーズ」「ファニチャー」「ビューティ」と衣に加えて食と住、美容の4つの事業領域でライフスタイル提案する。ファッションでは30ブランドと306店舗、フーズでは19ブランドで57店舗、ファニチャーは2ブランド9店舗、ビューティは2ブランド3店舗を保有するが、EC市場が成長する中で、同社の課題はリアル店舗との相乗効果をどのように高めて行くかにあった。そこでブランド別から全事業をカバーするデジタル戦略専門組織を設立し、自社ECの強化と脱モール依存など新たなデジタル戦略構築を推進してきた。

 

共通プラットフォーム構築などデジタル戦略を推進


株式会社ベイクルーズ
EC統括 兼 事業支援統括 上席取締役
村田 昭彦氏

 最近5年間のEC市場に関する取り組みは、①新たなファンクションをつくる②プラットフォームを構築する③モール依存から脱却する、この3つがテーマ。まずファンクション(組織機能)については、5年前に部門横断型組織でデジタル戦略を推進する体制を構築した。それまでは各事業部内にECに関わる部署があり、ECに関する戦略や業務プロセスが事業部ごとに異なっていたが、新たな部門横断型組織をつくることで目標や戦略の共有、業務プロセスの標準化などが可能となった。

 

 このデジタル戦略の専門組織のポイントは4つ。システム開発などコア機能を内製化すること、意思決定をスピード化すること、全体最適化を進めること、そして各種KPIを設定してデータドリブンで施策を実行することを目指した。

 

 また、データ統合とAPI連携の仕組みにより全チャネルで活用できる共通プラットフォームを構築した。共通プラットフォーム化の目的は、業務効率や在庫効率の向上、CRMと統合基盤の連携など顧客基盤の強化、情報資産の活用がポイント。会員DB、商品DB、在庫DBも統合基盤に置くことで店舗でも、自社ECでも、他社ECでもすべてを一元管理できるようにした。

 

部門横断型専門組織主導のデジタル戦略
ベイクルーズのオムニチャネル・プラットフォーム

ファッション業界の平均を上回るEC化率を実現

 さらにモールなど他社ECから自社ECへのシフトも進めている。400以上ある店舗との相乗効果、データ資産の有効活用を図るために脱モール依存も進めてきた。

 

 こうした一連のデジタル戦略強化でEC売上高は2017年度に2012年度に比べ5倍の280億円に拡大し、全社売上高に占める自社ECシェアつまりEC化率は2017年度に25%と5年前に比べ16ポイント上昇した。ちなみにファッション業界のEC化率は平均で9-10%程度と言われており、2016年度のファーストリテイリングの国内ユニクロでは5%、ユナイテッドアローズが11%。アーバンリサーチは比較的高く21%となっている。

 

 モール依存脱却を目指したことでEC売上高に占める自社ECシェアも2012年度の23%から2017年度は50%と27ポイント上昇した。現在も50%を超えて着実に自社ECのウェイトは高まっている。

 

自社ECをハブに生活者とのつながりを創出

 一連の基盤整備を進め、この基盤を生かしてオムニチャネル戦略を進めてきたが、最大の課題は顧客接点の再構築だと考えている。ファッション市場全体の売上高が伸び悩む状況で、EC利用は着実に増えている。つまり店舗に来店する人は減り続けるわけだ。一方、オンラインでもスマホ内の可処分時間はメガプレイヤーの寡占化が進む。スマホの1日平均利用時間は2~3時間程度と言われ、そのうちアプリが8割で、Web利用はわずかに2割程度とされている。このような環境下でいかに利用時間を延ばしてもらうかが重要になる。

 

 つまりオムニチャネル戦略の狙うところは「スマホでの顧客接点を最大化」することにあり、そのためには「スマホで優れた顧客体験を提供する」ことが重要になる。その手段として有効なのが「オムニチャネル化を進める」ということなのだ。そのスマホでの顧客接点を最大化するために、ベイクルーズで取り組んでいるのが、自社ECをハブに生活者とのつながりを創るということ。アクセスベースでのシェアでのスマホ利用は80%あり、EC売上げベースでは75%を占める。顧客層は30代から40代だが、その顧客層とのつながりを創るのが課題というわけだ。

 

 顧客接点のKPIをユニークユーザー(UU)数や訪問数、1人あたりのサイト滞在時間などで表し、顧客体験のKPIをネットプロモータースコア(NPS)、1人あたりの年間購入金額(ARPU)、カスタマーリテンションレート(CRP)など、それぞれ複数のKPIを用いて顧客とのつながりを可視化する。なお、オムニチャネル化のアプローチとしては、①会員、在庫の一元化、統合②各DB統合によるサービス、コミュニケーションの統合③顧客体験化、といったように大きく分けて3つのステップで進めている。

 

月間UU数は5年間で260万人増の300万人に

 こうした取り組みにより、月間UU数は2012年度に40万人だったものが2017年度には300万人と5年間で260万人のアップにつながった。また月間の訪問数は2012年度100万人から2017年度は1100万人に拡大。顧客接点のKPIとして順調に伸長している。また、直近の1年間でECを利用したアクティブ会員数は2012年度の5万人から2017年度には33万人に増え、ARPUも2万7000円から4万2000円へと5年間で1万5000円のプラスとなっている。ただ、これらの数値ははっきりと増大しているものの、NPSに関しては5年間で微増にとどまっている、というのが実態だ。アンケートでの顧客の声も参考にしながら改善を試みているが、ロイヤルティについては目標水準には届いておらず、今後も課題として注力していく。

 

 オムニチャネル化といって社内で投資対効果を説明するのは、結構難しいものだ。そこで必ず売上げに与えるインパクトを可視化して説明している。例えばオムニチャネル化による効果として、機会損失の防止という点ではEC在庫のほかに店舗在庫の引き当て割合が12%あることで、年間14億円防止効果という実績がある。また、店舗とECのクロスユース拡大という点では、年間購入額ベースで店舗のみの顧客に比べ店舗とECの併用者は3倍、ECのみに比べれば5倍という実態だが、このクロスユースの売上げは全体の38%を占めるまで拡大し、前年に比べ14ポイント上昇し売上ベースで67億円のプラス効果があった。

 

「顧客体験の“オムニチャネル化”とデジタルシフト」
小売業が考えるべきデジタル戦略とその実践

アドビ システムズ 株式会社
アドビ グローバル サービス統括本部 ソリューション コンサルティング本部 マーケット ディベロップメント エンジニア
熊村 剛輔氏

顧客接点の拡充で「個客化」し顧客の囲い込み図る

 

消費者は常に情報に接している。そうした消費者を相手に一概に「顧客体験」と言っても、それぞれ「何を価値として感じるか」には大きな違いがある。それを細かく分析し施策展開するのは難しい、という反応は当然である。しかしECとリアル店舗の両輪で成長を目指すなら「顧客体験」向上は、デジタルマーケティング戦略として最も重視すべきテーマである。膨大な情報を分析して最適なマーケティング戦略を実行に移すためには適切なツールの活用は避けて通れない。そしてデジタルマーケティングを組織横断的に統括する組織を設置することは必須である。

 

“3つの急増”を背景にマーケティングは複雑化


アドビ システムズ 株式会社
アドビ グローバル サービス統括本部 ソリューション コンサルティング本部 マーケット ディベロップメント エンジニア 熊村 剛輔氏

 「オムニチャネル」と最初に言い始めたのは、2011年のMacy’sの事業報告書と言われている。それから6年を経過し流通業界では一般的な用語となっているが、その6年間でオムニチャネルに成功した企業もあれば失敗した企業もある。最初に言い始めたMacy’s自体、2016年に100店舗を閉鎖している。店舗を絡めた運営に関しては、日本企業の方がうまいように感じる。2016年は象徴的な出来事があった年。ブラックフライデーの売上げが店舗売上40%に対してオンライン44%と逆転したのだ。

 

 オムニチャネルの目的は顧客接点の拡大。顧客接点が増えたことが意味することは、「3つの急増」である。その3つとはまず「顧客接点の急増」、それから「情報量の急増」、そして選択肢つまり「競合の急増」。そこでオムニチャネルは問題をさらに難しくしている。3つの急増につながるのは多様化と細分化。多様化とはPCやスマホなど顧客接点の多様化、ライフスタイルやニーズの多様化、コンテンツと情報の多様化、表現手法や顧客体験の多様化などがあり、細分化では情報接触時間の細分化、マーケティングセグメントの細分化、コンテンツと情報の細分化が起きている。かなり複雑化が進んでいる。

 

“Always On”の消費者の目をどう向かせるか

 実際、人々の生活にとって“デジタル”は当たり前の存在になっている。スマホの普及により、消費者は常に情報に接しているようになった。つまり消費者は“Always On”の状態にあるわけだ。またデジタルテクノロジーの進展で、例えばミラーに写して色違いの服を試すことや、棚に欲しい商品がなくてもスマホでオーダーするなどは一般的になっている。もし欲しい商品が売っていなかったとしたら、2016年のデロイト調査によれば、店頭で買う人の場合ならECや別店舗など基本的に同じ店で買うという人が多い。しかしいつもオンラインで買う人は圧倒的に「よそで買う」ことを選択する。

 

 その“Always On”の消費者と常につながるために、どのような顧客接点を持ち、どのような顧客体験を提供すればいいのかが問題になる。顧客の行動は「商品認知」にはじまり「興味関心」から「情報検索」「内容理解」「価値認識」と進み「購買」につながる。そして商品を購買したことで「体験/価値共有」に至る。その過程で最初は見込み顧客化のために広告などの媒体を活用したコミュニケーションを図り、さらに顧客化のためのコミュニケーション、最終的には“個客化”のためのコミュニケーションが必要になる。マスから個へ対象を変えたコミュニケーションが必要であり、とくに“個客化”コミュニケーションはデジタルがより効果を発揮する領域となる。では顧客体験とは何か?「いつでも」「どこでも」「だれでも」という数と規模の領域に加えて「いまだけ」「ここだけ」「あなただけ」とタイミングと場所・位置、そして個人を対象にした価値訴求に移っていくことにある。在庫情報と顧客情報を一元化することでECや店舗での購買の利便性向上というオムニチャネルから、顧客体験そのものがオムニチャネル化により体験価値を向上させることが重要だ。

 

“L3PS”を備えた全社横断的なデジタル専門組織を

 これも米国の調査だが、2017年に米国流通企業が一番重要視しているのは「顧客体験」で54%。さらに「顧客体験」を2番目に重要とした企業は22%、3番目が13%でこれだけで90%近くの企業が「顧客体験」を重要項目に挙げている。

 

 顧客体験向上のためには①顧客を深く理解して気遣い②一貫性のあるメッセージで③技術を意識させることなく④いつでも喜ばせること―の4つが不可欠になる。その顧客体験を中心にビジネスを推進するためには、まず顧客に関するデータを収集し的確なセグメンテーションを行うこと。マルチデバイス化やIoTを通じて顧客の声を聴くなど顧客を知ることが起点。さらにパーソナライゼーションや連続したカスタマージャーニーの管理などで最高の顧客体験を届ける。そのために独立した専門組織の立ち上げと小さくスタートし着実に成果を上げること、ツールの効果的な活用を図っていく。

 

 「デジタルを活用している」とする企業でも、デジタル戦略が広告宣伝、販促、販売、CRMなど各領域と実は切り離されて存在するというケースが多い。理想はマーケティング戦略の上にデジタル戦略があり、その上で広告宣伝といったすべての領域をカバーしていることだ。そのためにはフレームワークが必要であり、何よりも強い専門組織を作らなければならない。確立すべきは「L3PS」。Lはリーダシップ、3Pはピープル、プロセス、プラットフォーム、そしてSがストラテジーを表す。このL3PSを念頭に組織横断的なデジタルマーケティング担当組織を作ることで、各部門でバラバラな施策展開を防ぎ情報統制を一元化できる。

 

 

ツールの活用で顧客理解と省力化、効率化を実現

 そうした組織を設置した上で、顧客体験向上のために何をするか。まず“顧客行動”を書き出し、“コトバ”を“データ”で定義する。例えば「顧客」という表現も、各部門でまちまちなケースもある。単なる「訪問者」、「見込み客」そして「顧客」を、データを基にきっちりと区別する。KPIには“打ち手”の打ちやすいものを選ぶことも重要だろう。

 

 そうした活動を支援するのがツールだ。ツールを用いることで顧客理解とニーズの分析、情報提供などを省力化、効率化することができる。多数のデータから一貫性のある情報を切り分ける作業は人手では難しい。

 

 アドビシステムズは、「Experience Cloud」をはじめ「Creative Cloud」「Document Cloud」といったクラウドソリューションを提供している。「Experience Cloud」は、複数のソリューションと連携しカスタマージャーニーの最適化を高次元で実現する「Marketing Cloud」、顧客インテリジェンスエンジンとしての「Analytics Cloud」、幅広いフォーマットの広告を管理する「Advertising Cloud」などのソリューションで構成する。これらのツールを活用することで、数多くの顧客接点に対して、データで管理された顧客体験を実現することができる。

 

 

オムニチャネルを活用した全体最適の統合マーケティング戦略

株式会社 ココカラファインヘルスケア 販促部 マーケティングチーム マネジャー 郡司 昇氏

ドラッグストアに求められる「友達以上・医者未満」を起点に

 

競争の激しい業界にあって、差別化のためのデジタルマーケティングの実現は非常に難しい課題である。とくに合併・統合で企業規模を拡大したケースでは、従来のECやデジタルマーケティングの再構築という作業が突きつけられる。ココカラファインヘルスケアがまさにそれに当てはまる。オムニチャネル化の中で、もともとEC化率が低いドラッグストアとして顧客接点を何に求め、顧客体験向上のために何を改善すべきか。顧客に対する調査の結果導き出した顧客ニーズ「友達以上・医者未満」を起点にオムニチャネル化を推進する。

 

ECのメリット生かし黒字化図る


株式会社 ココカラファインヘルスケア 販促部 マーケティングチーム マネジャー 郡司 昇氏

 ココカラファインのEC事業は、旧販社時代の2006年にセイジョーでEC事業を開始したことに始まる。しかしココカラファインとなった後もEC事業単独では、ずっと赤字が続いていた。EC事業単独での黒字化を図るため、2013年にEC事業を分社化しココカラファインOECを設立。2014年には第1類医薬品のネット販売を開始、2015年には日本郵便のネットショップに出店した。その2015年度はEC事業として黒字化を達成した年でもあり、翌年分社化を解消して約1,300店舗が所属するココカラファインヘルスケアと統合した。分社化から2015年までEC事業の改善に注力し、3年間で売上高2.9倍以上となり黒字化の要因として販管費率は16.8%減となった。

 

 一般的にECは店舗数も必要なく人件費も比較的かからず高収益と思われがちだが、アパレルのような高単価・高粗利益商品はともかく、ドラッグストアで扱うような低単価・低粗利益商品ではECでの収益は上げにくい。固定費は小さくても変動費が大きく、限界利益率が低くなる。そこで庫内作業効率を改善し、コールセンターの対応の標準化を図り属人性を排除、販売する商品もN個パックといった高単価商材を導入した。

 

 一方ECならではのメリットもある。在庫が店頭にないと売れないリアル店舗に対して、ECは在庫がなくても受注してから納品出荷が可能であり、店舗が閉店している時間帯でも受注ができるため機会ロスが少ない。従来は登録した商品は全てECサイトに掲載し、在庫なし販売を行ってきた。しかし受注してもベンダー欠品で納期が遅れるケースや、そもそも掲載した商品が廃盤というケースもあった。当然、クレームも出てコールセンターの負荷が高まり、顧客満足度も低くなるためリピートが少なくなった。

 

EC事業の収益改善

ドラッグストアとしてサイトも安全・安心への配慮を徹底

 収益改善のために全体最適の視点で、目的から要望、行動・手段まで見直した。「在庫なし販売をする」と「在庫なし販売をしない」という行動・手段は対立の関係にある。要望としてはそれぞれ「売り上げを増やしたい」、「出荷を早くしたい・クレームを減らしたい」であり、これは対立しない。そして要望の共通目的は「顧客満足度を向上し、収益を上げる」という一点である。

 

 共通目的と要望を実現する行動・手段を見直して①商品を特定して、扱いを分ける②需要予測の精度を上げる―売れ筋商品は常に欠品しないように在庫量を監視し、掲載のみの商品はベンダーの供給の可否をチェックして不安定なものは掲載削除するようにした。その結果、48時間以内出荷率は従来の75%から85.8%に高まり、72時間以内出荷率も95.6%を維持できた。

 

 EC事業の改善の一環としてサイトリニューアルをしているが、独自にドラッグストアならではの要素も組み入れた。ひとつは買上点数の制限で、医薬品の場合、長期使用で副作用の恐れがあるので一品一品の成分と添付文書を確認して単品毎に購入点数を制限することにした。医薬品販売のECサイトでは、この制限がないもしくは根拠がないサイトが多い。また医薬品の添付文書はしばしば改訂されて、古い情報の場合は健康被害に繋がるケースもありうる。多くのサイトは、添付文書のテキストやPDFをそのまま貼り付けており、改訂されてもそのままというサイトもある。当社は添付文書専用サーバーを保有し、月1回の頻度で最新版に更新している。こうした安全・安心に対する配慮も徹底するようにしている。

 

顧客の購買行動はオムニチャネル化する

 EC事業を立て直したものの「それだけで良いのか」という疑問が残った。ドラッグストア業界のEC化率は1%以下と非常に少ないが、ECを運営したことで99%の売上を占めるリアル店舗にICTを組み合わせることで新しい顧客価値を提供し、結果として売上アップできるのではないか、と思い始めた。

 

 そこで自分なりに研究し、その結果として①競合に注目するのではなく、顧客に注目するマーケティングが必要②顧客の購買行動がオムニチャネル化していくのは間違いない。小売業のオムニチャネル対応が必須な時代が来る―と判断し、トップも参加する全社会議で繰り返しマーケティングとオムニチャネル対応の必要性を説いた。トップがプロジェクト化して取り組む判断をしたので、米国に出張し先進事例の視察も行った。

 

 その中で感心したのが同じドラッグストアのWalgreensの事例。「ファーマシーチャット」というのがあり、簡単な問い合わせに対して専門家が答えてくれる。夜中の3時に利用したが、丁寧に対応してもらえて感動した。

 

 このケースもあり、オムニチャネル化にあたって考えたことは「ドラッグストアに顧客は何を求めるか」である。これは顧客に「聴く」のが一番早く正確。定性調査として顧客層のグループインタビューで市場インサイトとニーズの把握を行うことで市場理解を深化させ仮説を立てた。また、定量調査としてターゲット顧客になり得る層を探索し多面的にターゲット像を把握する一方で、ターゲット顧客へのアプローチについて考察した。こうした一連の検討作業で得たユニバーサルニーズの一つは「友達以上、医者未満」。ちょっとした変調で医者に行くのは難しい。友達や親兄弟には簡単に相談できるが、医療知識がないので正しい対処法が得られるとは限らない。ドラッグストアならお医者様より気軽に相談できて、友達より正しい対処方法が得られる。その顧客ニーズを満たすドラッグストアになる必要がある。

 

サイトと店舗をつなげる「ココカラアプリ」

 超高齢社会で国民医療費の財政はひっ迫している。軽度の変調なら自分で手当てするセルフメディケーションを広めることは社会の要請である。しかし、例えば効能・効果が「せき・たん」とだけ記載されている一般用医薬品は400種以上ある。その中から消費者がひとつを選ぶのは難しい。つまりセルフメディケ―ションは一般用医薬品がただ並んでいるだけではできない。

 

 店頭なら薬剤師が症状などから判断して、選ぶことができる。サイトではただ並べるだけではなく薬剤師が一品一品の成分を精査したコンテンツを用意することで、体質・症状に合った薬を選んでいただけるようにしている。

 

 ココカラファインの経営理念は「人々のココロとカラダの健康を追求し、地域社会に貢献する」であり、ミッションは「地域におけるヘルスケアネットワークの構築」である。その実現のための手段としてオムニチャネルでの統合マーケティング「いつでも・どこでも・どなたでもココカラファイン」が中期経営戦略の基本方針の一つに入っている。

 

 大事なのは目的と手段を混同しないこと。オムニチャネルは目的ではない。そこで目的(Objectives)、成果物(Deliverables)、成功基準(Success Criteria)のODSCを明確にする。

 

 「いつでも・どこでも・どなたでもココカラファイン」を構築し、様々な接点から最適な情報、商品、サービスを届けヘルスケアにおいて「友達以上・医者未満」の相談相手になることが目的。その成果物としてさらにカスタマーサイト、ECサイト、クラブカード会員サイトを統合した「ココカラクラブ」サイトを創設し、このサイトと同一IDでログインできる公式アプリを提供している。成功基準として中経最終年度に100億円超の売上を達成することなどを盛り込んだ。

 

 「ココカラアプリ」はサイトと店舗を結びつけることを目的に、2016年6月にリリースした。12月には機能強化し、クーポン配信とチェックイン機能を付加した。同時に来店頻度向上と客単価向上につなげるためマイ店舗登録もできるようにしている。

 

 今後も一人ひとりのお客様の顧客体験が向上するようにアップグレードを続けていく。

 

「いつでも・どこでも・どなたでもココカラファイン」の姿

 

パルコの“個客”体験価値創造を目指すICT戦略
~AI・IoT活用によるデータ分析の進化~

株式会社パルコ 執行役 グループICT戦略室担当 林 直孝氏

IT駆使して接客の「拡張」狙うオムニチャネル施策

 

顧客体験の向上のカギとなるのは、ECでもリアル店舗でも接客LTV(ライフタイムバリュー)の最大化である。その実現には、施策的にもITの導入でも大きなチャレンジとなる。スマホの普及により、顧客行動は来店前から把握することも不可能ではない。むしろショップブログやプッシュ通知で来店を誘導し売上につながる施策は有効だ。パルコでもECに加えて来店前から来店後まで顧客の行動を分析する手法を取り入れるなどオムニチャネル化を進め、さらに次のステップとしてIoT連携やロボット活用なども検討している。

「24時間PARCO」でオムニチャネルプラットフォームを目指す


株式会社パルコ
執行役 グループICT戦略室担当 林 直孝氏

 パルコのビジネスの基本には出店していただいているテナント売上高拡大のサポートがある。店舗の売上は個客LTV(ライフタイムバリュー)の和であると同時にテナントスタッフの接客LTVの和という考え方を持っている。その考え方を共有し発展・拡張したのが「24時間PARCO」。店頭接客とWeb接客の間で「いつでも、どこでもテナントショップスタッフとお客様がコミュニケーション可能なオムニチャネルプラットフォーム」を目指してシステム構築を図ってきた。

 

 まず「接客の拡張」として、「接客は、来店前から始まっている」というスマホを意識した戦略展開を行った。そのステップ①はショップブログページを基点とした商品/接客情報の拡充で、4年前のサイトリニューアルを機に開始した。それを始めたところ、意外と多いのがブログで紹介した商品を買えないかとか取り置けないかといった内容の問い合わせ。そこでステップ②としてショップブログページを基点としたオムニチャネル化施策として「カエルパルコ」を14年度から開始した。全国約300ショップのスタッフおススメ商品が、いつでもどこからでも注文可能になった。

 

店舗とECを顧客が行き交う無限ループの「オムニチャネルメビウス」

「カエルパルコ」の注文のほとんどが地域外の顧客から

 2015年度の「カエルパルコ」の実績のうち、時間帯別シェアを見ると夜9時から翌朝10時までの注文が全体の38%に達している。この時間帯はリアル店舗が閉店している時間である。さらに注文エリア別に切り出すと、例えば広島店であっても北海道から沖縄まで全都道府県から注文があり、88%は県外からの注文となっている。

 

 ステップ③として15年3月に全国展開を始めたのがスマホアプリ「POCKET PARCO」。コンセプトは「あなただけのパルコがポケットに」であり、個客をターゲットにした情報提供や最適な提案によりロイヤル顧客化のツールを狙った。

 

 そうした仕掛けが充実したことで、接客の「拡張」の第2弾としてデータの可視化による顧客行動分析・パーソナライズに進んだ。「個客満足」を高めるためには「お客様」をもっと知る必要があるというわけだ。POCKET PARCOを利用してクレジットカードやプリペイドカードとアプリを連携させる仕組みを開発した。

 

 来店前に店舗スタッフブログを閲覧してお気に入り登録したり商品検索したりする行動(Clip)を把握し、来店時にはチェックイン(Check In)。そして来店中には接客・購入(Conversion)。商品を買った後、来店後はアンケート形式でサービスを評価(Star rating)してもらう。その一連のデータを分析した結果、ブログ記事が10クリップされると、50日以内に当該ショップで1回の買上が発生し50クリップを越えると来店サイクルが短くしかも回数も増加する傾向にあることがわかってきた。

 

AIを導入しレコメンデーション精度の向上図る

 さらに2016年11月から、POCKET PARCOにAI(人工知能)を導入した。アプリのブログ記事のレコメンデーション精度を向上するとともに、パーソナライズされた情報接点を拡大したことで来店と買上の促進を狙った。それにより1000クリップ以上のブログ記事数も増加した。AI導入前後3か月の平均値を比較すると、クリップ数は17%増大しアプリ利用者の売上高も18%増えている。

 

 来店後の評価も重要だ。これによりテナントスタッフの接客満足度を可視化し、各ショップにフィードバック。評価されることを意識してもらい、接客レベルの向上を図る。星は最高5つだが、中には星1つという評価もある。それではリピート率が高まらないため、そのショップには接客を改善してもらうように要請している。

 

 こうした取り組みを進める中で、カエルパルコも進化している。IDを統合し自社会員カード優待やスマホアプリのポイント連携をできるようにしたほか、Webで購入した時の満足度も評価できるようにした。

 

 順序が逆になるが、来店中の行動データの活用も進め、顕著な成果が出始めている。各店実施のカード企画期間中に、1万円以上の買上で500円の優待券進呈を実施した。同時にアプリ会員が登録カードで1万円未満の買い物をした直後、まだ館内にいると思われるタイミングでプッシュ通知を行った。するとプッシュ通知後に購買した顧客は、平均でさらに3回の買い回りをしているという結果が出た。これと同じように、1日の平均買上ショップ数が1ショップの顧客に対し、2ショップ目で購入すると5000コイン進呈をプッシュ通知すると、プラス1ショップの買い回りにつながる効果も検証できた。

 

オムニチャネルから“オムニチャネルメビウス”へ

 今後の取り組みでは、まずIoTベースで各種センサー、WiFiデータの分析活用にも取り組み始めた。手作りの気象センサーを使って降雨や気温を把握。雨模様ならば店舗の近くにいる顧客に対して雨の日特典をプッシュ通知で自動配信する仕組みも取り入れている。こうした施策により「24時間PARCO」のオムニチャネルプラットフォームを、リアル店舗の行動の輪とカエルパルコの行動の輪を行き交う「メビウスの輪」のような「オムニチャネルメビウス」により個客ライフタイムバリューの拡大が図れると考えている。

 

 最後にロボットの活用についても実証実験を通じて手応えを感じている。2016年7月にオープンした仙台パルコ2で行った実験では、世界で初めて接客用のPepperと案内用のNAViiと2台のロボットを連携させた接客・案内業務を行った。これも成果が出ていて、インフォメーションカウンターのスタッフよりも、ロボットの接客数の方が多いという現象が起きている。有人カウンターの重要性はもちろん、SC(ショッピングセンター)としてロボットを通じてお客様との新たなコミュニケーションが図れると感じた。今年の秋には、開店中は案内ロボット、閉店後はRFIDを読み取り棚卸に使えるロボットLIBRAを導入し実験する予定となっている。

 

 こうしたオムニチャネル化施策により、SCはエレクトリック・コマースに対応するだけではなくエンゲージメント・コマースつまり、共感による消費を突き詰める重要性を実感しているし、個人的にはSCはショッピングセンターから人と人がコミュニケーションするソーシャル・センターに進化していくと考えている。