オムニチャネルの競争激化で変わる
新・成長ビジネスモデル
スマートフォン、タブレットの普及で、個人の情報アクセスが容易になり、それが生活者の購買行動の変化を引き起こしている。ダイヤモンド・フリードマン社ではこのほど、東京・御茶ノ水のソラシティ カンファレンス センターでドラッグストアのオムニチャネル化をテーマに「ダイヤモンド流通戦略セミナー」を開催。最先端のデータ分析や先進的な米国のドラッグストア事情などに参加者が聞き入っていた。
変化する消費者の購買傾向
価格、価値に求めるワオ効果
オムニチャネルは、よくいわれているオンライン・リテイラーに対抗するリアル店鋪の戦略ではく、消費者を中心として全方向に購買のチャンスを提供し顧客との関係を深めるという事である。消費者は様々な販売チャネルを利用しており、その全てに対応しなければ機会損失につながるというわけだ。そうした変化が米国で加速している。消費者の変化をあげれば、豊かさの象徴である消費の時代は大型店舗、幅広い品揃えが一般的だったが、ニュー・ノーマルといわれる時代では最適な広さと品揃えに変わった。
また、欲しい物を次々購入するスタイルから必要な物だけを購入するようになり、実用性を重視してNBからPBへの志向が強まるなど多くの変化が起きている。
価格や価値についても、商品性やサービスが想像するよりよいと感じた場合の驚き=ワオ効果が重視され、すぐにどこででも手に入るという利便性、健康指向、顧客サービスの充実のほかエコへの配慮といった社会性も重視されている。
これまでオンライン販売の増加で店舗にとっては、ショールーム化することが脅威とされてきた。実際に商品説明を聞いたうえで、価格比較サイトで確かめてネットで購買する消費者も少なくない。そこで小売業は在庫統合でリアルでもネットでも購入できる環境を構築するほかオンライン現金払いを取り入れるなど様々な対抗策を打ち出している。
オムニチャネル化の主役になっているのは、1975年から90年頃までに生まれた、いわゆるミレニアル世代。デジタル世代でありスマホを使いこなし、買物経験を重視する傾向がある。デジタルクーポンは好むが紙のクーポンは利用しない、まとめ買いはしないという特徴もある。また、彼らはSNSを利用してブランドとの関係を持っている。そういう消費者層を相手にするために、消費者とショッパーは異なるという考えも浸透してきた。80年代半ばからP&Gが唱え始めたファースト・モーメント・オブ・トゥルース(FMOT)は、「ブランドは店頭の棚の前できめる」だったが、Googleによれば今では常に情報に触れていることでゼロ・モーメント化したZMOTだということになる。
大手ドラッグは規模拡大
独立系は患者との接点重視
市場変化の中で、米国のドラッグストア(DgS)業界も変革にチャレンジしている。DgSはネットの影響をあまり受けていないという見方もある。米国ではチェーン・ドラッグの売上2615億ドルに対して、個人経営を含めた独立系は862億ドルと小さいものの成長は続いている。調剤に対して患者と薬剤師のつながりが重視されているためだ。ウォルグリーンズでは12年9月にロイヤリティ・プログラムを始め、1年足らずで9200万人の会員を獲得。CVSケアマークのロイヤリティ・プログラムは15年の歴史があり7000万人が会員となっている。さらにストアブランドの充実や大手卸との統合などで規模拡大を続けている。
米国ではOTC薬についての販売規制がない。そのためDgSでもディスカウントストア(DS)でも販売でき、オンライン販売も一般的。全体の市場規模は293億ドルに達する。今のところOTC市場に対するオンライン・リテイラーの脅威は少ないが、一例としては、ビタミンサプリなどの日常健康商品や化粧品では、なくなりそうなタイミングで定期購入を勧めるというケースが増えている。家電などでは、オンライン・リテイラーが台頭しており、同じ変化がドラッグには来ないという保証はない。
未来のDgSは、ヘルスケアのスペシャリストとして、患者との関係を重視するパーソナライズされた販促、利便性を高めたオムニチャネルでの顧客対応が不可欠になっていくのである。
DgSにおける
リアルワールドデータの
活用方法とその事例
日本医療データセンター(JMDC)
収集するレセプトデータは
健保組合から毎月200万人超
本多 功征氏
日本医療データセンター(JMDC)は、健康保険組合を中心とした保険者に集まるレセプトデータの集計・分析を行い、その保険者に提供することとともに、そのレセプトデータから個人情報保護法で定められている個人情報を排除し、保険者の許諾を得たうえで、製薬メーカーをはじめとした医療関連産業や研究機関へ、医療統計データの提供を行っている組織である。現在では毎月200万人以上のレセプトデータが収集されており、その傷病や投薬などのデータを標準化処理している。
レセプトは、保険加入者が医療機関を受診することで発行され、支払審査機関での審査を経て、各保険者に請求されている。しかし保険組合などは運営に関わる人数が少ないことなどから、そのデータを分析して保健指導などに十分に生かせていないのが実情だ。そこでJMDCがそのレセプトデータを受領、解析し、保険者に提供する。これにより保険加入者のどのような層に、どのような疾病が多いかという実態把握が可能になる。
JMDCは、保険者が保有する医科レセプト、調剤レセプト、健診データを取り扱っており、それらのデータをデータベース化している。
JMDCの「Claims Database」は、患者軸での時系列追跡が可能であり、患者の受診行動を反映した実態診療、つまりリアルワールドのデータである。また、複数の健保組合との契約により、加入者ベースで毎月200万人以上の全保険診療行為が収集できている。しかも被保険者、被扶養者の年齢や性別などの属性も把握でき、集団の健康情報のデータとして利用できる。患者ごとにユニークな番号を付与し、ケースコントロール研究やコホート研究にも活用できる。そして、特定の医療機関や保険薬局の情報ではないため、情報離脱がなく受診行動の全てを追跡できるのが特徴だ。
この豊富なレセプトデータの活用拡大を図るため、昨年4月から調剤併設型DgSに対して調剤レセプト分析ツール「Pharmasta(ファーマスタ)」のサービスを開始した。DgS業界は競争激化とともに健康情報拠点として、プライマリーケア領域への参画が期待されていること、薬剤師不足やスキル格差の是正、コアコンピテンス強化の必要性、医師や看護師などコ・メディカルの一員として薬剤師の重要性が高まっているなど、求められる役割が変化しつつある。
POSデータ活用は進むが
調剤データ利用は手つかず
DgSには、医療機関を受診しなくても市販薬を求めて患者は訪れる。そうした半健康人と健康人がまず行くのはDgSであり、潜在市場は非常に大きい。また疾病の慢性化、重症化を食い止める未病や予防に対する情報提供やセルフメディケーションの意識を喚起することで、その潜在市場の掘り起こしは可能だ。
しかし現状を見ると、POSデータなどを基にした物販データを活用したMDはあっても、調剤部門に集まっている調剤レセプトデータを活用しているケースはほとんどないといってもいい。それを集計し分析できる人材も機能もないのが要因だが、それをJMDCのPharmastaを活用することで、補っていくことができると考えている。
一方、OTCメーカーにとっては製品開発やマーケティング、マーチャンダイジングに活用するデータソースが枯渇化、陳腐化しつつある。特定の母集団に対するグループインタビューやデプスインタビューでは、情報にバイアスがかかる懸念もある。現在の市場の要請や動向を把握するためには、医療分野のリアルなデータを即時に分析・活用することが必要になる。JMDCの医療統計データを活用することで、製品開発からマーケティング、MD戦略まで実態に対応した活動が可能になる。
DgSを情報武装し
健康情報拠点の機能を拡充
新サービスのPharmastaは、DgSの調剤部門が受け取った患者の調剤レセプトをJMDCが標準化・解析化し使えるデータ、つまり可視化されたデータとして提供する仕組みであり、オンラインのASPサービスとして提供している。レセプトコンピュータが、調剤報酬の請求や調剤時の情報参照を目的にしているのとは根本的に異なり、標準化・解析化したデータを経営戦略、店舗運営に活用することが目的となる。
Pharmastaは、DgSチェーンがこれまで集積してきた調剤レセプトデータを患者や処方医薬品別など、それぞれのテーマに即した分析ができるツールである。各店舗の調剤レセプトをデータベース化することで、調剤報酬、医薬品処方の実績別のトレースや患者ごとの「個」の追跡・分析が可能になる。したがって、その企業の各店舗の患者ニーズに合った情報提供や、ターゲットに合わせた価値提供が実現できる。
そして、Pharmastaの主な特徴は3つ。①処方医薬品から患者疾病が予測できる(≒JMDCが蓄積した医科・調剤レセプトをソースとした統計データから適応症マスタを構築・実装)、②固定分析のほか、多様な分析軸からフリー分析ができる(≒レセコンの集計・請求を目的とした固定的、硬直的な軸とは一線を画す)、③JMDC保有の160万人/月 統計データ、健診データを実装、全国推計値との比較が可能−。
また、固定分析としての搭載メニューには、①重点調剤報酬進捗管理、②処方薬傾向分析、③受付状況分析、④医療機関別処方構成分析、⑤患者ごと薬剤分析、⑥患者ごと疾病分析、⑦患者ごと薬歴情報、⑧顧客特性分析、⑨平均単価分析があるが、前述のように、その企業ならではのアウトプットが可能な有効なフリー分析もできる。こうした機能を活用することで、DgSのコアコンピテンスである調剤部門の強化や、プライマリーケアへの参画要請に対する基盤構築と情報武装、薬剤師のスキルアップが可能になり、DgSにとって「健康情報拠点薬局」を実現するために不可欠な要素となるだろう。
調剤レセプトデータ活用し
アドヒアランス向上を実現
日本でも薬物療法を受ける患者の増加、外来療法の浸透、医薬分業の推進を背景としてDgSの役割も重要になっている。アドヒアランス(患者の医療参加)を推進するためにも、薬剤師のスキルアップが求められている。そこで重要性を増してくるのが医療機関とDgSの連携だ。
A企業のA店(調剤併設)におけるA患者の事例を紹介する。メデット錠の処方が、1月より確認できる。A患者を時系列で追跡した結果、6月以降、処方の実態が観察されない。そこで、他剤処方で来店した際に薬剤師が「声掛け」した結果、個人判断で服薬を中止していることが判明した。このように、患者軸や薬剤軸で、あらかじめアラートを設定することにより、患者・DgS間における相互関係の熟成、すなわち服薬を妨げる因子があるとすればそれは何か、それを解決するためには何が必要か、というアドヒアランス向上に寄与することが期待できる。
適応症マスタで20傷病を推測
関連商品など物販にも誘導
周知のとおり、DgSが保有する「調剤レセプト」は調剤の情報であり、傷病や診療行為などの情報は網羅していない。そこでPharmastaの適応症マスタが必要になってくる。
Pharmastaの適応症マスタは、JMDCが保有する200万人/月に及ぶ統計データ(医科レセプト・調剤レセプト)をソースに構築しており、医療現場に、より近い情報が反映されている。そして、適応症数については、1製剤につき、最大20傷病を紐付けている。また、常時データ処理を行っているため、鮮度という点においても優位性がある。適応症マスタを活用することで傷病を推測し、チェーンごと、店舗ごとに来店する患者の傷病属性が可視化できることで、棚を工夫したりすることで、物販売場への回遊を促すといった効果もあがっている。
風邪や流感、花粉症などはシーズン性があると認識されているが、たとえば頭痛や月経痛などはシーズン性の存在が最初から除外されている。しかし、レセプトデータからみると、頭痛は2月、7月、10月などが多く、月経痛も4月以降に徐々に増えていくということまでわかってくる。傷病のシーズン性を把握できれば、先手を打って棚割もターゲット顧客にわかりやすいように設定することができる。DgSの棚はわかりにくい、といわれるだけにデータを棚割に活用することで顧客にわかりやすく製品を提案できるようになる。OTCメーカーにとっても合剤における処方設計の端緒として有効活用できるだろう。
今回は、DgSでどのようにレセプトデータを活用できるか、その事例について取り上げた。オムニチャネル化という流れの中で、JMDCでは顧客との接点をオムニチャネルという立体的な空間として捉え、接点機会の拡大につなげる必要があると考えており、プライマリーケアへの関与という点でDgSや薬剤師の役割がクローズアップされてくる。それを支援するための情報ツールは不可欠であり、顧客データベースをチャネルを横断して一元化する必要があると考えている。
パーソナルケアの価値創造
により市場の変化に対応
人口減少や高齢化、市場飽和、ネットによる市場浸食が現在のキーワード。この環境下でDgSの対応は、コモディティディスカウントとパーソナルケアの価値創造という2つの方向性がある。ディスカウントモデルは需要低下・所得減少に対して安さで対応すること。そのために運営コストを削減する必要がある。
パーソナルケアの価値創造および伝達は、生活者自身が気づいていないことも含めて、商品の情報を伝えて生活者の嗜好や悩みの解決につなげていくということ。古典的なMD理論では届きにくい分野であり、個々の生活者それぞれに商品の使用価値を認識してもらう必要がある。
そのために何をするか。対策として考えられるのが幅の拡張と市場の深掘。幅の拡張、つまり新たなカテゴリを入れることがまず考えられる。しかし新たなカテゴリを入れればそのために新たな管理技術を導入しなければならないし、カテゴリが増えれば店舗面積も拡張しなければならず、そのため郊外に出店することで、むしろ高齢化社会=コンパクトコミュニティに対応できなくなるジレンマがある。
まず考えるべきは市場の深掘である。限られた世帯数の中で潜在需要を発掘し、個々の生活者に対して未認知需要を伝達することである。当社ではID-POSを使用しており、もちろんPOSでも同様だが、そのデータは見ているようで案外見られていない。フェーズ1として顧客を知ること。それも生活者の属性で定義するのではなく、身近な存在であるDgSでの購買行動から何を知ればいいのかを定義することが重要。ビッグデータの活用といわれるが、ビッグであるよりディープであることが大切だ。
フェーズ2として、価値を定義すること。店頭で商品の価値を伝えるのが小売の仕事。個々の生活者は、それぞれ価値の属性が異なるため、買い手の状況に依存した価値を定義しなければならない。
フェーズ3は、その価値をどうやって伝達するか。アレルギー配慮ベビーフードを展開した際に、一方はメーカーが作成した「安心でおいしいベビーフードをどうぞ」というPOPで効果はゼロ、一方では「アレルギー配慮なのにおいしいね」という母親の心理を考えて「おいしさ訴求」に工夫したPOPを掲示することで売上が伸びた。
フェーズ4はリピート率を高めること。毎月100人の新規顧客が商品1個を買うと仮定し、リピート率が10%とすると1年後の販売数は111個。70%ならば330個となる。データを分析することで、どのような手を打てば、成果があがるか答えが見えてくる。
ネットとリアルの相互通行
がオムニチャネル化の真髄
当社を含め地域のDgS17社が参加するSegment of One&Onlyという研究会を組織し、その運営企業をつくった。各社のID-POSなどの年間データ約800万件の会員データを搭載するDBをつくり、会員企業でデータの相互開示を行っている。ディープでビッグなデータの活用を狙った活動であり、小売とメーカーのマーケティングプラットフォームとしても利用できる。
オムニチャネルも無視できない要素。SNSやtwitterなど個別的・選択的情報伝達機能を持つネットの強さ、生活者を知っているというリアルの強さを生かしたシームレスな融合が、今後は不可欠になってくる。ネットが入口となりリアルが出口となるケースやリアルが入口でネットが出口となるケースの両方向に対応できる仕組みがさらに強さを発揮する。データを活用し生活者に伝えるべき価値を定義し、そして行動を起こさせることが重要であり、そのための手段としてのオムニチャネル化が重要だと考えている。