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「黒い吉野家」が新たに取り込んだ想定外の顧客層

デザインを変えるだけで繁盛店になる―。なか卵、すきや、吉野家(吉は土+口ではなく、正しくは士+口)など数々の外食チェーンやコンビニエンスストアの外装デザインを手がけてきたOLLDESIGNの大西良典社長はそう断言する。「ダサカッコイイ」デザインを標榜し、来店者増、売上増に結びつけている。そのコンセプトと実例を2回にわたって自著「コロナ危機を生き残る飲食店の秘密」からお届けする。2回目は「黒い吉野家」のさらなるデザイン改革によって新たな顧客を獲得した事例。

2017年に登場した「黒い吉野家」。その大胆な色使いと店内デザインに多くの関係者が驚いた(著者提供)

「吉野家」にも近年は見慣れたオレンジ色ではなくブラックをベースにした「黒い吉野家」が各地に登場しています。テレビやネットで話題になったこの「黒い吉野家」は、看板をオレンジから黒にしただけでなく、居心地を重視した空間デザインに刷新。「CC(クッキング&コンフォート)」をコンセプトにしたモデル店舗として生まれました。

 第一号の「黒い吉野家」が東京・恵比寿にできたのは、私が手掛ける以前の2017年。しかし、株式会社吉野家ホールディングスの社長と会長を歴任した「ミスター牛丼」こと安部修仁氏は、さらによくしたいと外部の設計士に依頼するように相談されたそうです。

 それを受けて、吉野家のアルバイトからトップに上りつめた現・吉野家ホールディングス代表取締役社長の河村泰貴氏が、「もっとスタッフが効率よく作業できるデザインに変えてほしい。もっと若いターゲットに訴求するデザインに変革してほしい」と直々に私をご指名くださったのです。

 別案件のデザインコンペで私が野家の歴史を表現した映像をプレゼンしたところ、河村社長と役員の方々が大変感激され、「牛丼屋をよく知っている大西君に『黒い吉野家』のデザインをお願いしたい」と言われたのです。

「黒い吉野家」は、誰もが知っているシンボルカラーの「オレンジの吉野家」に対する一種のチャレンジングな実験的存在です。変えるなら、「えっ、これがあの吉野家!?」と誰もが仰天するようなデザインにしようと私は考えました。

「黒い吉野家」に私が取り入れたのは、インダストリアルデザインの要素です。壁や天井はオフホワイトを基調にし、黒いアイアン素材のアイテムをアクセントに使いました。木材にインテリアやグリーンのナチュラルなテイスト、優しいトーンのファブリックをあしらうことで、カフェのような雰囲気にデザインしました。

「黒い吉野家」柏東口店。カフェのような内装デザインに驚く来店者も多い(著者提供)

シニア女性が「吉野家デビュー」

 店内写真だけをみれば、誰もこれが吉野家だとはまず思わないでしょう。あたりが暗くなると、黒ベースの看板にオレンジのロゴマークと白文字の店名が夜景にくっきりと浮かび上がり、ひききわインパクトがあります。現在、全国約30か所に「黒い吉野家」が進出して各地で話題となり、今後さらに増えていく予定です。

「黒い吉野家」に対するメディアやSNSの反応はさまざまです。

「あの吉野家がおしゃれなカフェみたいに変身!」

「その辺のカフェよりもクオリティが高い!」

「ケーキやドリンクバーまである!」

「各席にUSBポートやコンセントがあったWi-Fiも飛んでいる!」

――などなど、ターゲットである若い男女を中心に大好評です。

 驚いたのは、まったくノーマークだった60~70代のシニア女性が来店したことです。この世代の女性は、若い世代と違って牛丼チェーンに入ることに抵抗があるので、従来の吉野家ユーザーではありません。

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「黒い吉野家」が吉野家デビューとなったシニア女性も多く、実は彼女たちは吉野家で食べてみたいというニーズを秘かに持っていた潜在顧客だったのです。シニア女性以外にも、今まではなかった女性のおひとりさま利用やテイクアウトも増えており、「黒い野家」は高い収益を上げています。

 同じ野家チェーンでも、看板の色や店舗の空間デザインをがらりとイメージチェンジしたことで、潜在顧客のニーズを掘り起こすという副次的な効果を生み出すことに成功したのです。

 こうして「黒い吉野家」が大きな話題になり成功しているのも、「オレンジの吉野家」の認知度が日本全国に浸透していたからこそ。その対照的な存在としての意外性が際立つのだと思います。「黒い吉野家」はまだまだ進化するかもしれない未知のパワーを秘めた存在です。

 大切なのは、「オレンジが決まりだから、ほかの色なんてありえない」と、ひとつのブランドイメージに固執するのではなく、自らのブランドイメージの殻を打ち破っていく革新的なチャレンジ精神だと思います。