平時であれば、「うまい、うまい」と絶賛されて、多くの人の胃袋に収まるはすの高級活魚が、突如、行き場を失った。原因は、新型コロナウイルス感染拡大の影響だ。国や自治体からの飲食店への営業自粛、休業要請に、一般人への外出制限などにより、飲食店を通じて消費されていた高級魚の流通がほとんどストップしてしまったからだ。こうしたなか、食品スーパーも活用すべき、新たな取引形態が誕生した。詳しく解説しよう。
豊洲の活魚取引高は前年の半分以下
2020年に入ってからの東京卸売市場の活魚類の取引状況を見ると、1月、2月は、数量、金額ともに前年とあまり変わらずに推移していたが、首都圏全体での「週末の不要不急の外出自粛」要請が出された3月に、前年の7割程度に落ち込むと、政府による「緊急事態宣言」が発令された4月には数量で同4割、金額で同3割に激減した。5月に若干回復を見せているものの、前年の5割にも満たない。
数量、金額ともに前年を大きく下回っていることから、水揚げはあっても買い手がつかない状況ということがわかる。飲食店が営業を自粛していれば、そこに納入している卸売業者も買い付けるわけにはいかないからだ。
漁獲があっても、買い手がつかず、いくら高級魚といわれる魚種でも暴落してしまえば、漁業従事者にとっては雑魚も同然、死活問題に関わってくる。
こうしたコロナ禍のなか、飲食店では窮余の策で弁当販売を始めるところや、自力で消費者向けECサイトを立ち上げる養殖事業者も出てきた。なかには、「生産者を救え!」とばかりに、目敏く急場しのぎで産直スタイルの消費者向けECサイトを立ち上げたところもある。
全国20以上の産地からの直接仕入れ、飲食店向けECサイトを運営するところでは、いち早く、三密対策をほどこしたドライブスルー受け取りの、消費者向けECサイトを立ち上げた。産地救済目的が大きいため魚種を選べないセット商品中心だが、卸価格での販売だから消費者のサイフにもやさしい。
こうした新型コロナウイルス感染拡大により苦境に陥った人たちを救う試み(自力、他力を問わず)は、メディアによって大きく取り上げられ、それを知った人たちによりSNSの輪も広がった。少なくとも一時的には、生産者や飲食店への大きなエールになったことは間違いないだろう。
少量でも購入可 産地とスーパーをマッチング
国内での水産品の消費量は年々、減少するばかり。食べやすい処理がされていなければ、活きのよい魚が食卓に上ることもめったにない。そうした時代を考えると、BtoCのECサイトだけでは、自ずと限界が見えてくる。いっときの応援にはなっても、これだけで水産事業者の厳しい状況を変えられるものではない。
STAY HOME、リモートワーク、外出制限、巣ごもり消費……。当初こそ、新鮮に感じられたものの、ひと月もするかしないかのうちに、鮮魚の充実している食品スーパー(SM)店頭では、「ノドグロが食べたい」「ヒラメの大きいのはないか」といったお客さんからの声が聞こえてくるようになったという。
こうした消費者の声に応じるべくサービス提供が始まったのが、産地と食品スーパーがずっとつながるスマホアプリ「みらいマルシェ」(運営:みらいマルシェ/東京都)の「アンテナ」機能だ。
みらいマルシェは、全国の産地と食品スーパーが、漁獲/収穫量、商品の状態や相場などの情報を素早く共有し、両社が効果的な取引を実現するための法人向けのアプリで、これまでのところ水産品であれば、長崎、境港、松江、鳴門など、全国の産地仲買いや漁協(約35社)と、ローカルSM約40社・150店舗の間で取引が行われている。
アンテナ機能というのは、たとえば仕入側(SM)が利用する場合、「大きめのノドグロを探している。600gから1㎏ぐらいの取扱いがあれば、相場も教えてほしい」という具合に、「取り扱いたい鮮魚・青果の条件(種類・サイズ・数量など)」を全国の産地へ一斉発信し、各地から条件に合った提案を受けることができる。売り手側(産地の卸や仲買人、漁協など)が利用する際には、入荷予定や今後販売したい鮮魚・青果の情報を全国のSMへ一斉発信し、提案前に需要を把握できる。
SMは産地からの情報をリアルタイムで確認できるうえ、1ケースなど少量単位での注文が可能。市場便(全国各地の市場同士を行き来する配送便)を利用するため、水揚げの翌朝には店舗に並べることもできる。みらいマルシェでの取引に数%の手数料がかかるが、取引時に表示される価格に含まれているので、それが上代価格と考えればよい。
現在、アンテナ機能でSM側から産地にリクエストして、コロナ禍で行き場を失った高級魚を仕入れ、鮮魚売り場に新たな魅力を加えている店舗は着実に増えてきている。中国地方でSMを展開するエブリイ(広島県/岡崎浩樹社長)では、長崎県産のノドグロ、クエ、ヒラメ、伊勢海老などを仕入れ、顧客から喜ばれたという。
こうしたコロナ禍で新たに生まれた取引形態、取引チャネルは今後、ニューノーマルとして定着していくのだろうか。
「市場での取引のみをされていた仲買さんの中にも、リスク管理の販路として、BtoC、BtoBtoCのECのありがたみを感じた方が出てきたようだ」(みらいマルシェ・広報)
もちろんSMとしても、売場でのお客の声をダイレクトに産地に届けて、それを反映した売場づくりが実現できれば、定番ものが中心になりがちな鮮魚売場での差別化も容易になる。
いずれにしても、いち早く、自分たちの日常のものにすることが、生産者、販売者(SM)にとって、利をもたらすことになるのは明らかだ。