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全国80万の飲食店が「メディア」に? ぐるなび×エプソンが手掛ける「ミセメディア」の可能性

コンビニエンスストアやドラッグストアなどの小売店が、店内のデジタルサイネージなどで広告を配信するリテールメディアの取り組みが広がっている。そのリテールメディアを居酒屋などの飲食店で展開する試みとして、ぐるなびとエプソン販売が協業で立ち上げた事業が「ミセメディア」だ。テーブルのタッチパネルなどを活用した広告配信はあるが、大型のディスプレイを活用したプロモーション施策は類例がない。「ミセメディア」立ち上げの経緯や現時点で表れている効果、飲食店メディアとしての可能性を、同事業を推し進めるキーパーソンと導入店舗に聞いた。

「五感に響く体験」を提供できるメディア

ぐるなび 飲食店支援事業部 法人営業部 サイネージ企画運用グループ長
ぐるなび 飲食店支援事業部 飲食店メディア化事業推進部 飲食店メディア化商品企画グループ長の西本愛咲子氏

 東京・麻布十番の居酒屋「博多ほたる 麻布十番店」。店内には100インチ(1245ミリメートル×2241ミリメートル)の大型ディスプレイが備え付けられている。そこに映し出されるのは石川県の食品メーカー・まつやの人気商品「とり野菜みそ」と、能登産のクラフトジン「のとジン」のCM。「へぇ、石川にはこんなローカル商品があるんだ」「このお店でも注文できるみたいだよ」と来店客も興味をそそられ、テーブルでの話題にする――。「ミセメディア」導入シーンの一例だ。

 ミセメディアは、ぐるなびとエプソン販売が協業で新規開発した、飲食店という「場」を活用したメディア事業だ。

「人が集い、語らいながら食事を楽しむ飲食店は“日常の中の非日常”。そんな空間の特性を利用して、五感に訴えることができる体験型のメディアがつくれないか考えた」。ぐるなび 飲食店支援事業部 飲食店メディア化事業推進部 飲食店メディア化商品企画グループ長の西本愛咲子氏はこう語る。

とり野菜みそを使った「しっとり鶏むね肉のピリ辛とり野菜みそ棒棒鶏」。メニュー開発は店舗に依頼する

 ここで言う「体験型」とは、単にCMを視聴するだけではないということ。ミセメディアでは、CMで取り扱う商品とのタイアップも展開しており、CMを観て気になった来店客は「とり野菜みそ」を使ったメニューや、「のとジン」を店内で注文することができる。いわば映像による視覚・聴覚だけでなく、実際にメニューを味わえたり(味覚・嗅覚)、手にしたり(触覚)できる「五感に響く体験」を提供できるのが、ミセメディアの特長だ。

 1996年に飲食店情報サイト「ぐるなび(現:楽天ぐるなび)」を開設して以来、全国の飲食店とネットワークを築き、伴走支援し続けてきたぐるなび。その同社が直面した未曽有の危機が、新型コロナウイルスの感染拡大だった。

「緊急事態宣言などで飲食店から人びとの足が遠のき、多くの飲食店が閉店を余儀なくされた。飲食店のサポーターを自負している当社としても、新たな支援ができないかずっと考えていた」(西本氏)

「フィルターバブル現象」で新商品の訴求が困難に

エプソン販売 ビジネス・ディベロップメントの小西恵理子氏

 加えて、食品メーカーや飲料メーカーなどの法人営業を担当する西本氏は、もう一つの課題を抱えていた。「一生懸命作った商品のストーリーやこだわりが、従来の広告手法では消費者に伝わりにくい、との各メーカーの声を聞いていた」

 今日、広告宣伝やマーケティングの主軸はマスメディアからWebやSNSへも広がりつつある。消費者はInstagramやXなどを活用して商品名を検索し、情報を得るようになっている。その過程で興味のある情報だけを選別し、それ以外の情報を無意識のうちに遮断する「フィルターバブル現象」が顕著となっている。各メーカーにとっては新しい商品・サービスの消費者へのリーチがしにくくなっているのだ。

 飲食店側が抱える課題と、メーカー側が抱える課題。その両者を同時に解決するアイデアとして、西本氏は飲食店という「場」に着目した。人が集まり、食事し、語らう空間を「メディア」として活用することで、飲食店には広告収入を、メーカーには新たなプロモーション機会を提供できないか――。

 近年、大手コンビニチェーン各社では店内にデジタルサイネージを設置し、商品などの広告配信に力を入れている。ほかにもタクシーやドラッグストアなど、至るところで店や車内といった空間が「メディア化」されている。ところが、飲食店についてはタッチパネルなどタブレット端末を活用した広告配信はあるものの、ディスプレイやサイネージを設置して広告配信する例はなかった。個人経営の店舗が多く、画一的な事業展開がしにくいことなどが理由として考えられる。

 しかし、飲食店には他の商業空間と大きく異なる、メディアとしての優位性がある。

 来店客の滞在時間は平均120分と、ドラッグストア(15分)、タクシー(16分)(ぐるなび、エプソン販売ミセメディア資料より)と比べて圧倒的に長い。また、多くの場合2人以上の複数人で利用するため、「お茶の間のテレビ」のように視聴した情報が話題に上りやすい。ここに、メディア事業の可能性があると西本氏は考えた。

 一方、エプソン販売 ビジネス・ディベロップメントの小西恵理子氏は、「当社としても、モノを売るだけでなくモノを活用した『コト』を価値として届ける新規事業に取り組んでいた。その中で、飲食店をテーマに活動を続けており、飲食店を場としてとらえたアイデアも出ていた」。そうした中、両社がアイデアを持ち寄り、意気投合し、「五感に響くメディア」のコンセプトが生まれた。西本氏も小西氏も、「検討を進める中で飲食店を対象とした新たながビジネスの可能性を強く感じ、開発に至った」と口をそろえて言う。

導入の初期費用はかからず、定期的に広告収入を得られる

のとジン紹介イメージ

 ミセメディアの立ち上げは、2023年2月に開始した実証実験にさかのぼる。飲食店の場を「メディア」として位置づけ、食品メーカーや飲料メーカーのCMや、飲食店のおすすめメニューなどの映像を店内で1か月間配信したところ、明確な数字が表れた。

  来店客の平均視認率は68.4%と高い数値となり、5分以上の視聴は65.6%。加えて、「商品を買いたくなった」「食事中に商品について会話になった」など何らかの行動・意識変容を示した来店客は実に70%に上った。

  さらに、1店舗で1日に回収したアンケートの平均回答数は74件。来店客のデータも得られ、さらなるマーケティングやプロモーション施策に活用しうる可能性も見えてきた。

  この実証実験での結果を受け、ぐるなび・エプソン販売の両社は20251月にミセメディアを正式リリース。石川県とのコラボレーションにより、東京都内および横浜市内の32店舗で「とり野菜みそ」「のとジン」のプロモーションを開始した。

博多ほたる 麻布十番店の吉田伸之店長

 ところで、店内を「メディア」として使う飲食店側の反応はどうだろうか。

「はじめに相談を受けたときは、飲食店で映像に注目してもらえるだろうか?と疑問に思った」

「博多ほたる 麻布十番店」の吉田伸之店長は、そう言う。実際、実証実験を経験してみると「お客さまとのコミュニケ―ションのきっかけになるだけでなく、来店客からすると映像が注文しやすさにつながっている」。さらに、広告収入が定期的に得られる点もメリットに挙げる。「飲食店には、繁閑にかかわらず従業員を雇用し続ける責任がある。これまでの料理やドリンクを提供して対価を得るだけでない収入のチャネルがあるのは非常にありがたい」(同)

  ちなみに、店内にCMが流れることに対して、常連客などからクレームは入らないのか。率直に尋ねたところ、「今のところそういったクレームはない」とのことだ。

イチ押しのメニュー訴求で客単価アップも

博多ほたる 麻布十番店での放映イメージ

 さらに、ミセメディアは他企業のCMを流すだけではなく、自店舗のプロモーションにも活用できる。例えば、「博多ほたる」を運営する企業が販売する「もつ鍋セット」の広告も配信している(広告のクリエイティブは店側で制作)。実際、来店客が店頭で「もつ鍋セット」を注文する動きも生まれているという。

 また、同店が力を入れるメニュー「土鍋ごはん」を集中的に訴求することで、注文を増やし、客単価アップにつなげることができているという。「映像で見せるので、外国人観光客にとっても直感的にわかりやすく、注文が増えている」(吉田氏)と意外な効果もあるようだ。

 こうした効果も手伝って、「博多ほたる 麻布十番店」では2025年2月の売上が通常の1.5倍を記録した。飲食店に共通の傾向だが、2月・8月は時期的にどうしても売上が落ちる。しかし、その落ち込みを軽減できたのも、ミセメディアの大きな導入効果といえるだろう。

 広告収入を得るだけでなく、自店舗のプロモーションにも活用できるミセメディア。ほかにも期間限定のキャンペーンへの誘導、サンプリングと合わせた施策、系列店同士の相互送客、会員登録への誘導などさまざまな活用方法が考えられる。

「リーチ数という指標で見れば、当然WebやSNSにはかなわない。しかし、滞在時間や体験型のプロモーションができる点で、飲食店には大きなポテンシャルがある。現在の運用状況を見て、そのことに自信を深めている」と西本氏は力を込める。

 飲食業界の中でも、居酒屋やバー・ビアホールはいまだにコロナ禍以前の7割前後の回復にとどまる(一般社団法人日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査」)。ミセメディアがその居酒屋を救うと言っては大げさだが、新たなサポートの一手として大いに期待される。

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