森永製菓のゼリー飲料ブランド「inゼリー」。1994年に発売を開始した、ゼリー飲料のトップブランドだ。コロナ禍で一時はビジネスシーンやスポーツシーンでの需要が落ち込んだが、2021年度(2021年4月~2022年3月)の売上高は前年から44億円増と大きく回復した。その「V字回復」の要因は何なのか? 競争が激化するゼリー飲料市場における今後の成長戦略とは? 同商品のマーケティングを担当する健康マーケティング部の水谷愛氏に聞いた。
女性特有の悩みにアプローチした新商品
2022年9月に新発売された「inゼリー」の新商品「inゼリークリア」(ゆずレモン味・パッションフルーツ味)が、話題を集めている。
いずれの商品も、女性特有の悩みにアプローチした機能を打ち出したinゼリー初の「機能性表示食品」だ。
ゆずレモン味には、「レモン由来モノグルコシルヘスペリジン」を配合し、脚のむくみを軽減する効果を強調。パッションフルーツ味には、森永製菓の独自成分「パッションフルーツ種子由来ピセアタンノール」を配合。この成分は肌の潤いを守る効果や、安静時でも脂肪の燃焼を助ける効果が報告されている。
「ゆずレモン味に含まれる『レモン由来モノグルコシルヘスペリジン』はポリフェノールの一種で、独特の苦味を持つ。その苦みを抑え、美味しく飲めるようにするための味に苦労した」(健康マーケティング部の水谷愛氏)
業界紙「食品新聞」によると、国内のゼリー飲料の市場規模は770億円(2021年)と推計される。コンビニエンスストアやドラッグストアに行くと、さまざまな栄養素やフレーバーをうたったゼリー飲料が棚に並び、食品・飲料メーカー各社がしのぎを削っている。
その中でも、森永製菓の「inゼリー」は1994年に登場したゼリー飲料のパイオニアであり、今なお市場を牽引するトップブランドだ。
コロナ禍で売上が半減…「女性」に活路を見出す
森永製菓の「in事業」(inゼリーを中心とした健康食品事業)の2021年度(4月~3月)の売上高は、前年から44億円増の280億円。営業利益は同23億円増の68億円と大幅に伸長した。
前年度の2020年度は、inゼリーにとって試練の1年となった。
それまでのinゼリーの主要ターゲットはアクティブな男性層で、出勤前の朝食代替などビジネスシーンや、スポーツシーンで飲用するニーズが中心だった。それがリモートワークの普及で通勤が減少し、ビジネスシーンでのニーズが減少。
加えて外出自粛によるスポーツシーンでの需要低下も重なり、1回目の緊急事態宣言が発令された2020年度の4、5月は、対前年同期比で約50パーセントにまで売上が落ち込んだ。
そのようなinゼリーの発売以来最大ともいえる危機的状況で、同社が活路を見出したのが「女性」だ。
「コロナ禍以降は、inゼリーの購買層として女性の比率が徐々に高まっていた。さらにその購買行動を掘り下げてみると、購入先はドラッグストアが拡大しており、かつ代理購買(本人でなく家族などへの購入)が多いことがわかった」(水谷氏)
コロナ禍での意外な「追い風」もありV字回復
その女性層が、代理購買でなく「自分のため」にinゼリーを買ってくれれば、市場をもっと開拓できるはず――そこから、女性向けの新商品の開発が急ピッチで進められた。
2021年3月には「inゼリー フルーツ食感」シリーズ(もも・マンゴー)を発売。食物繊維を5グラム配合し、90キロカロリー以下に抑えることで「罪悪感の少ないヘルシーな間食」を訴求する。
ねらいどおり女性の間食ニーズにマッチし、翌2022年3月には同シリーズの「梨」をリリースするなど好調が続いている。前述の「inゼリークリア」シリーズも、この「女性ニーズの開拓」の流れを受けて開発されたものだ。
一方で、世間の外出自粛ムードも徐々に緩和され、ビジネスパーソンのオフィス通勤への回帰も見られる中で、一時は落ち込んでいた男性層の需要も復調。さらに、コロナ禍での意外な需要も後押しした。
「ワクチンを打った後の副反応による、発熱や食欲減退を想定した備蓄ニーズも高まったとみられる」(水谷氏)
女性ニーズの新規開拓。男性ニーズの復調。コロナ禍での追い風。これらが相まって、前述した前年から44億円増というV字回復につながったようだ。
「非アクティブシーン」も含めた多様な飲用シーンを訴求
コロナ禍というピンチをチャンスに変え、女性向けの新たな市場を開拓したinゼリー。そのマーケティングを主導する水谷氏は「男女の構成比も大きな差はなくなっている」と語る。なお、2022年4月と2018年4月を比較すると、女性の平均購入規模は130%拡大している。
ただ、一方で水谷氏は「女性など特定のターゲットだけに注力したいわけではない」と強調する。
これまでのinゼリーは、ビジネス、スポーツなどアクティブな場面で飲用するイメージが強かった。
これから目指すのは、そういったアクティブなシーンに加えて「子どもからお年寄りまで、日常のさまざまなシーンで飲んでもらう商品」としてのオケージョンの拡大だ。
「あなたには、あなたのinゼリー」というキャッチフレーズを打ち出し、櫻井翔さん、多部未華子さん、斎藤佑樹さんを使用した広告を展開。「inゼリーエネルギー」「inゼリーマルチミネラル」「inゼリーブドウ糖」といった商品ラインナップを、多種多様なライフスタイルに取り入れてもらうプロモーションを強化している。
加えて、開拓に力を入れているのは「テレワークや受験勉強など、非アクティブシーンへの訴求」(水谷氏)だ。
ユニークなのは、考えるためのエネルギーとしてブドウ糖にフォーカスした「inゼリー エネルギー ブドウ糖」による将棋界へのアプローチ。将棋大会への協賛や、女性棋士を登用したインフォマーシャルを放映。「商品ラインナップを増やすことも大事だが、それだけでなく、日常のさまざまな場面でinゼリーを喫食するシーンを訴求することで『私にも必要な商品なんだ』と認識してもらうことをめざしている」(水谷氏)
森永製菓は、2021年に発表した「2030ビジョン」で「2030年にウェルネスカンパニーへと生まれ変わる」と宣言した。in事業をはじめ、「健康」を中核とした企業への転換を図っているところだ。
現に、2021年度のin事業の営業利益(68億円)は、国内全体の営業利益(158億円)の43パーセントを占め、菓子食品事業、冷菓事業をも上回る。同社の成長を牽引するドライバーとしても、inゼリーの今後の展開に注目したい。