COVID-19とロングセラーブランドを考える

青山学院大学 経営学部マーケティング学科 准教授:石井裕明
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「本物感」とロングセラーブランド

 ロングセラーブランドにとっての追い風は、店舗内購買行動の効率化だけではない。COVID-19の感染拡大を受けて、学術界ではそれによる消費者行動への影響が盛んに議論されるようになってきている。たとえば、COVID-19によって生じる安定感の欠如といったネガティブな感情状態を解消しようと物質的な豊かさを求めるため、高級品や贅沢品の購入が増加しやすいという。

 COVID-19によるネガティブな感情状態への対処行動は、高級品や贅沢品の購入にとどまらない。学術的な議論を概観すると、行動を制限された消費者は自らの統制感やパワーを取り戻そうとするため、一流で信頼のおける「本物感」のあるブランドや商品を選択しやすくなると予想される。2019年4月とCOVID-19の影響が明らかになってきた20年12月以降の調査の全ての調査に協力してくれた回答者を比較すると(N=1400)商品やブランドを購入する際に、一流メーカーや一流ブランドを信頼する傾向が強まっていることがわかる(図1b)。

 伝統が「本物感」の構成要因であるという学術的議論を踏まえれば、市場に長きにわたって存在しているロングセラーブランドは「本物感」のあるブランドとしてとらえられる可能性が高く、行動が制限されたCOVID-19の影響下では、より選択されやすいといえる。COVID-19の影響下において、1884年に誕生した「三ツ矢」ブランドが2年連続で過去最高の売上を記録しているのも、こうした消費者の行動傾向と無縁ではないかもしれない。

消費者のマインドとロングセラーブランド

COVID-19とロングセラーブランド

 COVID-19によって生じたネガティブな感情状態は、別の行動傾向も生み出すだろう。ある研究では、ネガティブな感情状態に陥った消費者がノスタルジーを求めると指摘されている。こうした知見を踏まえれば、近年の市場動向の一つとして取り上げられる昭和や平成を懐かしむレトロブームがCOVID-19の影響下において拡大しているのも偶然ではないだろう。ノスタルジーに対する意識について質問した2022年4月の「研究支援調査」からも、COVID-19への感染の不安感が高い消費者ほど、ノスタルジーを重視するという関係が裏付けられる。

 改めて食品スーパーの売場を見渡すと、長年、一貫したデザインを採用し続けている商品を数多く見つけることができる。カロリーメイトやカップヌードルなどのパッケージはその代表格だろう。長い歴史を有する企業は、過去のブランドを活用することでも、消費者のノスタルジーを刺激できる。かつて販売されていたアサヒ生ビール(通称マルエフ)が復活し、多くの消費者に支持されている背景にも、ノスタルジーを重視する消費者行動があると考えられる。これらのブランドは、COVID-19によって疲れた消費者の心を癒しているのかもしれない。

 COVID-19は複合的に影響しあい、さまざまな形でロングセラーブランドに影響を及ぼしている。COVID-19による影響を正確に把握し、適切に対応していくことで、さらなるロングセラー化を進めることができるであろう。

注1 公益財団法人吉田秀雄記念事業財団では、2019年から毎年、専用のモニターパネルに調査を実施し、研究者の自由な活用に資するため、オープンデータベースとして無償で提供している。詳しくは財団HP(https://www.yhmf.jp/)を参照のこと。

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