流通業における業務効率化・生産性向上、顧客体験向上を目指したDXが競争力向上のために不可欠になっています。そのDXを加速するために、生成AIの活用が広がりを見せています。日本マイクロソフトは、2023年に「Microsoft Retail Open Lab」を発足し流通業界のDXを支援しています。その一環として2023年6月には「生成AIの可能性とビジネスへの実装に向けて」をテーマに第一回セミナーを開催。2023年12月には「流通業における生成AI実装・半歩先の課題を解決する」をテーマに第二回セミナーを開催。生成AIの急速な発展と共に、流通業界における実装が進む現場の動向を紹介しています。2024年6月21日には、「AI時代の流通業界のプラクティスと新たな展望」をテーマに第三回セミナーを開催し、流通業における生成AI活用の先行事例や成功に導くための取り組みを紹介しました。セミナー開催レポートの後編をお届けいたします。
【講演】
「ソフトバンクによる生成AIの取組と導入事例紹介」
ソフトバンク株式会社
法人プロダクト&事業戦略本部
クラウド技術企画統括部 クラウド技術企画2部 部長
森 五月 氏
アルフレッサ株式会社
コーポレート本部 経営管理部経営管理グループ
寺野 準也 氏
人材育成からデータ構造化、セキュアな環境までワンストップで対応
生成AIの取り組みについて、ソフトバンクの森氏が講演を行いました。DXを進める中で小売業の課題解決を助けるのが生成AIです。ソフトバンクはDX人材開発サービスの「Axross Recipe for Biz」、プラットフォームであるAzure OpenAI Serviceの導入を支援する「生成AIパッケージ」、AI向け学習データ作成代行の「TASUKI Annotation」の3つの生成AIサービスを提供し、導入支援を行っています。生成AI導入を検討する企業に向けて、人材育成から環境構築、データ構造化、導入後の定着化支援まで一気通貫で支援するサービスを提供する体制が整っています。
「生成AIパッケージ」に関しては、セキュアな専用環境の提供に加えて、ChatGPTと同等のユーザーインターフェースを提供し、新たに生成AIのバージョンアップをリリースしています。「さまざまなAIモデルを選択できるほか、お客さまの業務に合わせたプロンプトテンプレートを作成することも可能です」と森氏は話します。Microsoft Teamsとの連携機能や、生成AIでも取り込みにくいとされる表やグラフを構造化してデータを出力するコードインタプリターなどのプラグイン機能を提供しています。
「ソフトバンク社内でも多くの従業員が日常業務に生成AIを利用しており、そこで培ったさまざまなノウハウがこれらのサービスにも活かされています。単なるツール提供にとどまらず、導入後の定着化までを支援できることがソフトバンクの強みです」と森氏は強調しました。
生成AIを導入して2軸での生産性向上をめざす
医薬品卸のアルフレッサは、2020年よりソフトバンクの支援を受けてBPR(業務改革)プロジェクトを始動し、年間約21,000時間の業務効率化を実現してきました。BPRプロジェクトの一環として取り組んでいる生成AIの導入事例について、同社の寺野氏が講演を行いました。寺野氏は、「BPRを進める中で、各部署で社内からの問い合わせに多くの時間を割いていることが課題として浮上しました。調査の結果、年間約3万5000時間が問い合わせに費やされていることが分かりました。こういった問題にはチャットボットがソリューションとしては一般的ですが生成AIが登場する前のチャットボットは、既存データの利用範囲が狭く、多様な質問に対応するシナリオ作成が煩雑である等の課題が存在したため、導入に踏み切れなかった経緯があります」と述べました。
続けて、「生成AIの導入目的は2つあります。1つは従来のチャットボットの課題を解決し、社内問い合わせ業務の効率化によるリソース削減です。2つ目は、提案書や意思決定の質向上など、アウトプットの品質向上です。この2軸での生産性向上が当社の導入目的です」と語りました。
さらに、「生成AIの進化のスピードに対応するため、強力に支援をしてくれるパートナーが必要と考え、検討を重ねた結果、ソフトバンク様の提案内容が最もニーズに即していたため、支援を依頼しました。その後、9か月間のプロジェクト期間を経て、2024年4月末にAIアシスタント『Owl-One』を社内展開しました。『Owl-One』は、RAGを利用して社内情報と一般的な情報に答えることができるAIアシスタントです。ユーザーの利用を促進するためのチュートリアル機能やテンプレート機能を搭載しています。直近ではAzure AI Document Intelligenceの利用やGPT-4oの適用も進めており、恒常的な精度向上に努めています。展開後は約1か月で約1,700名が利用を経験済みで、約70%がポジティブなリアクションを示しています」と話しました。
最後に寺野氏は、「今後は、顧客視点での付加価値向上に向けた生成AIの活用を検討していきます。当社は生成AIと人間の協働による付加価値を生み出す企業となることで、持続的な成長をめざしていきます」と締めくくりました。
【前編】第三回Microsoft Retail Open Lab 『AI時代の流通業界のプラクティスと新たな展望』セミナー開催レポート
【講演】
「生成AI時代の流通業DX促進に向けたご支援策」
マイクロソフトコーポレーション
リテール&コンシューマーグッズ日本担当インダストリーアドバイザ
藤井 創一 氏
「お客様中心」を実現するためにデータとAI活用が必須
2024年6月11~13日の期間で、NRF APACがシンガポールで初開催されました。日本からも数多くの流通業界の関係者が参加しました。NRF APACではカンファレンスのテーマとして「Fast Track Your Success(成功への近道)」が掲げられていました。カンファレンスの各セッションをとおして、必ずキーワードとしてあがっていたのが、「お客様中心」というワードでした。「アジアにおいて、各地域特性を把握して、お客様に寄り添ってビジネスを展開していくためには、Hyper Personalizationの考え方がより一層求められます。その実現のためには、データが重要であり、AIが必要不可欠になっていると数多くのセッションで語られていました」と藤井氏は注目しています。IDCよると、「流通業ではAI投資により3.45倍のROIを実現」という調査結果も報告されています。
マイクロソフトは、今年1月にAIとの関係性についてメッセージを変更しました。それが「AIで開放するリテールのポテンシャル」「Retail Unlocked」というテーマです。内包するテーマとして、「データによる新たな価値創出」「顧客エンゲージメントの向上」「リアルタイムなサプライチェーン」「従業員の業務効率化と働き方改革」の4つを掲げています。「AI時代の信頼できるデジタル基盤と価値を提供することがマイクロソフトの最上位の概念となっています」と藤井氏は話しました。
AIが進化し流通業界での活用も拡大
昨年4Qから今年1Qの期間で、アジアにおける流通業、消費財メーカーのお客様に対してマイクロソフトが行った調査で、「生成AIを正式に採用し、実業務やビジネスで利用している」と回答した企業は60%超という状況でした。さらに「検討ユースケース数」では200%増になっており、ここにきて急速に生成AIを活用し、その範囲を拡大しようとする企業が増加しています。
生成AI導入が活発化する中で、マイクロソフトは5月に技術者に向けて「マイクロソフトビルド2024」というイベントを開催しています。今回はAI中心にアップデートが行われ、Copilot+PC、Copilot stack、Microsoft Copilotが発表されました。一例を挙げればCopilot +PCの出荷が始まりました。これは新しいSurfaceブランドのPCで、今回新たにNPUというAIを扱うのに最適なプロセッサーがこのPCに搭載されました。エッジでAIのモデルが動く時代になったことで、環境やテーマに応じて、AIを最適に使えるようになるとアピールしていました。マイクロソフトとしてセキュアな環境でビジネスでも安心して利用できるために、Azure上で生成AIのサービスを提供しています。
ChatGPTのような大規模のLLMモデルだけでなく、特定業務に特化したSLMモデルについても、マイクロソフトのプラットフォームから提供し、流通業や消費財メーカーに伴走しながらビジネスでのAI活用拡大をサポートしていく考えです。
【前編】第三回Microsoft Retail Open Lab 『AI時代の流通業界のプラクティスと新たな展望』セミナー開催レポート
【パネルディスカッション】
「生成AIと流通業のイノベーション」
Wisdom Evolution Company代表取締役
Strategy Partners代表取締役
西口 一希 氏
日本マイクロソフト株式会社
業務執行役員エンタープライズ事業本部流通サービス営業統括 本部長
河上 久子 氏
日本マイクロソフト株式会社
流通サービス営業統括 インダストリーテックストラテジスト
岡田 義史 氏
データ分析・活用が生成AIの登場で容易に
最後のセッションとして、生成AIがもたらす流通業のイノベーションについて西口氏、河上氏、岡田氏の3人でパネルディスカッションを行いました。まず河上氏から「生成AIなど新しいテクノロジーが登場し、流通業のマーケティングも大きく変化しています」としたのに対し、西口氏は自らP&Gやロクシタンでマーケティングに関わった経験から、「ウォルマートやテスコなどは2000年代初頭からデータ分析・活用への取り組みを熱心に行っていました。その時代、私自身も手作業でデータの分析に時間を費やしていましたが、今は生成AIの登場によって、分析作業も容易になっています」と、テクノロジーの発展でさまざまなチャレンジが可能になっていると語っています。
その経験から西口氏がロクシタンでの再生に関わったとき、手作業でデータを細かく分析した結果、「お客様の16%が売上の60~70%を生みだし、営業利益への貢献は100%でした。残りの84%のお客様は新規獲得等でコストがかかり、営業利益を生んでいないということが分かり、既存顧客のロイヤル化や新規顧客のリピート化の施策につなげていきました」と言います。「小売業はデータ量が多いです。そのデータを分析することでお客様の理解が深まり、新たな知見、打つべき施策が見えてきます」とデータ活用の重要性を強調していました。
経営の効率化・最適化にAIの活用は不可欠
「Microsoft Fabricは各種のデータをつなぎ合わせるソリューション。それとともに生成AIでこれまで不可能だったことを可能にしていきます」と岡田氏はテクノロジー面からデータ活用で新たな付加価値を導き出すことができるとしています。「具体的には、これまで、SQL などの技術的な言語が書けなかった人でも、普段の言葉と対話でそれを出力することができます。知らなかった、から、やってみたことがある、というパラダイムシフトが起きていることは、このデータが多い流通業界にとって大きな変換になっています。購買情報やID-POSといった構造化されたデータのみならず、商品仕様書、店頭でのオペレーションマニュアル、音声やセキュリティカメラなどを通じた画像をひとつの場所で管理し、生成AIを通じて活用する世界になってきました」と伝えていました。
そのような新しい技術に対して対応しつつ、河上氏は「データ分析は手作業からツールを駆使してテクノロジーを利用する時代になっています。AIやデータの活用において経営も変化しなければならないです」と話しました。
西口氏は「企業の経営者は短期の業績に囚われるが、例えば3年というスパンで、ロイヤルユーザーからもたらされる良い売上を向上させることに注力し、継続的な増益につなげていくことが重要です」と話しました。
流通業の経営において、顧客のロイヤル化や離反傾向の分析や機会損失率をKPIとして組み込むことが、今ではAIを活用することで分析が容易にできるようになっていると語り、経営の効率化、最適化にAIをはじめ最新テクノロジーの利用は不可欠だと西口氏は指摘しています。
岡田氏は「流通業の最新テクノロジーの活用はまだこれからであり、マイクロソフトとしてお客様に伴走して、課題解決につなげていきます」と話し、河上氏も「流通業のお客様にとって何が必要なのか、何ができるのかを真剣に考えていきます。ぜひマイクロソフトとともに、新しい取り組みにチャレンジしてほしいです」と締めくくりました。