アマゾン、生鮮品当日配送の「ワンカート」戦略とは 物流網とAIでウォルマートに対抗
今夏、米アマゾン(Amazon.com)が打ち出した新たな施策が、米国の小売業界で大きな注目を集めている。生鮮食料品を日用品や家電などと同じ通常の当日配送ネットワークに統合するというものだ。EC最大手の同社にとって、食料品市場の攻略は長年の課題であった。今回の施策は、その市場で首位を走る米ウォルマート(Walmart)に対し、自社の強みである物流網を最大限に活用して本格的に挑む姿勢を示したものである。

「ワンストップショッピングの完成」が意味するもの
アマゾンは生鮮食料品を日用品や家電などと同じ通常の当日配送ネットワークに統合すると発表。全米1000以上の都市で、プライム会員向けに生鮮食料品の当日配送を開始した。これをまもなく約2300都市へと拡大する計画だ。最大のポイントは、これまで個別のフルフィルメント体制で扱われることの多かった生鮮品を、既存の当日配送網に完全統合した点にある。
これにより消費者は、牛乳1パックから家電、書籍まで、あらゆるカテゴリーの商品を1つのカートで注文し、数時間以内に1度の配達で受け取れるようになった。アマゾン小売事業CEOのダグ・ヘリントン氏が「牛乳と家電を、オレンジとミステリー小説を同時に注文できる」と語るように、これは利便性の高い「ワンストップショッピング」体験を実現するものだ。
プライム会員であれば25ドル(約3800円:1ドル152円換算、以下同)以上の注文で当日配送料が無料になるという手軽さは、米宅配代行大手インスタカートや、競合ウォルマートが展開するサブスクリプション(定額課金)サービス「Walmart+」を強く意識したものだ。アマゾンがこのサービスを発表した直後、インスタカート(Instacart)や米クローガー(Kroger)、ウォルマートの株価が軒並み下落。市場はこの動きの影響を注視した。
背景にあるウォルマートとの競合
アマゾンがこの戦略に踏み切った背景には、巨大食料品市場における同社の構造的な課題がある。
アマゾンは米EC市場の最大手ながら、食料品分野では長年ウォルマートの後塵を拝してきた。アマゾンのシェアは数%にとどまっており、この巨大市場での存在感なくして、同社が掲げる「エブリシング・ストア」のコンセプトは完成しない。今回の動きは、この状況を打開するため、同社が最大の強みとする物流インフラを活用する重要戦略とみられる。
ビューチェル氏体制下で加速した事業再編
この戦略転換は、ここ数年の周到な準備の末に実現したものだ。アマゾンの実店舗戦略は試行錯誤を繰り返してきた。2017年に137億ドル(当時の為替レートで約1兆5000億円)で買収した食品スーパーのホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)は長らくアマゾン本体から独立した運営が続いた。直営食品スーパーのアマゾン・フレッシュ(Amazon Fresh)は、コロナ禍後の業績低迷を受け新規出店を一時停止していた。
大きな転機となったのが25年1月、ホールフーズCEOのジェイソン・ビューチェル氏をアマゾンの食料品事業全体のトップに据えた人事だ。これにより、①ホールフーズ、②アマゾン・フレッシュ、③オンラインストア、というこれまで分散しがちだったアセット(経営資源)を有機的に連携させる指揮系統が確立された。
ビューチェル氏主導の下、ホールフーズ店舗に小型倉庫を併設し、アマゾン・フレッシュの商品も受け取れるようにするなど、事業間のシナジー創出が加速。こうした事業再構築が、今回のサービス統合の基盤となった。
「高頻度」接点がもたらすエコシステム強化
アマゾンのねらいは、単なる利便性向上や競合対策にとどまらない。最低注文額を25ドルに設定したことは、インスタカートが得意とする「少量の都度買い」需要を取り込む直接的な一手だが、より本質的な狙いは顧客接点の「頻度」にある。
食料品は、消費者がもっとも頻繁に購入する商品カテゴリーだ。この高頻度の接点を自社のプラットフォームに完全に組み込むことで、顧客の生活と自社プラットフォームとの結びつきをいっそう強める。
これにより、プライム会員の価値向上と顧客ロイヤルティー強化を図る。アマゾンによると、先行テスト地域では、このサービスで初めて食料品を購入した顧客は、そうでない顧客に比べ、当日配送の利用頻度が2倍になったという。生鮮品を買いに来た顧客が、アマゾンの広大なオンラインストアで他の商品を「ついで買い」する効果も期待される。
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