2025年6月、米アマゾン(Amazon.com)は、自社物流網で稼働するロボットの数が100万台に達したと発表した。これは単なる自動化の節目にとどまらず、AI(人工知能)を活用した「人間とロボットの協働」が、実用段階から新たなフェーズへ移行したことを示す出来事である。アマゾンが描く未来の物流とはどのようなものなのか。本稿では、同社のAI戦略の全体像と、倉庫現場にもたらす変化の本質を読み解く。
AIが統率するロボット群とその効率化
アマゾンは、自社物流網で稼働するロボットが100万台に達したと発表した。だが、注目すべきは台数の拡大そのものではない。AIによってロボット群を統合運用し、拠点全体の最適化を図っている点にある。
実際、同社の自社物流網では1トン以上の重量物を運ぶ「タイタン(Titan)」や、AI画像認識で商品を高速仕分けする「スパロー(Sparrow)」など、多様なロボットが人間の作業を補助し、その適用範囲を広げ続けている。その中心には、ロボット群全体の動きを最適化するAI技術の存在がある。
25年6月に発表された新しい生成AI基盤モデル「ディープフリート(DeepFleet)」は、広大な物流施設内を無数のロボットが効率的に動くための「交通管理システム」だ。AIがリアルタイムで最適なルートを指示し、ロボット同士の渋滞を緩和。これにより、移動時間を10%短縮するといった成果を上げている。この効率化は、注文処理から発送までの時間短縮に直結し、顧客への迅速な配送とコスト削減を実現している。
アマゾンは、より自律的に複雑なタスクを処理できる「エージェンティックAI(Agentic AI)」の開発も本格化させた。6月上旬にはそのための専門組織を新設。この技術が実用化されれば、ロボットは「トレーラーから荷物を降ろし、必要な部品を取りに行く」といった複数のステップから成る作業を、人間の指示1つで自律的に実行できるようになる。同社は、これが従来の単一作業しかこなせないロボットとは一線を画し、倉庫作業のあり方を根本から変える可能性を秘めていると説明する。
生産性向上と変容する従業員の役割
一連の自動化戦略は、生産性の向上をもたらしている。米「ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)」紙の分析によれば、従業員1人当たりの年間荷物処理数は、この数年で22倍以上に増加。最新鋭の設備を導入した米ルイジアナ州の拠点では、注文処理コストが25%削減できたという。
一方で、ロボットの台頭は人間の仕事を奪うのではなく、その役割を大きく変えつつある。アマゾンは19年以降、70万人以上の従業員にロボットの操作やメンテナンス技術を習得する研修を提供してきた。かつて商品のピッキングといった反復作業に従事していた従業員が、ロボットシステムを遠隔監視する専門職へと移行し、収入を大幅に増やすといった事例も生まれている。危険な作業や身体的負担の大きい作業をロボットが代替することで、労災リスクを軽減し、より安全な労働環境を構築するねらいもある。
巨額投資を支える経営基盤と今後の展望
アマゾンのこうした取り組みは、好業績に支えられている。同社の25年第2四半期(4~6月期)決算は10四半期連続の増収増益となり、EC事業や広告事業が力強く成長している。同四半期の設備投資額は前年同期比で83%増という巨額に達しており、その多くがAI関連需要に対応するデータセンターに向けられたものだ。
収益の柱であるクラウド事業「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」の成長率が競合に後れを取るなど課題も見えるが、物流網への積極的なAI投資は、中核事業であるECの競争力を一層高めるための戦略的な一手と見て取れる。
アマゾンがめざすのは、無人倉庫ではない。人間とAI、そして100万台のロボットが協働し、効率性と安全性を極限まで高める新たな物流エコシステムである。人と機械がどのように協働し、新たな価値を創出していくのか。同社の挑戦は、その未来像を提示するモデルケースとして世界から注目を集めている。