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米消費弱含みで価格決定権の行方に注目! どうなる米大手チェーンの夏季値下げ

米国ではインフレ鈍化が進んでいる。その一方で消費者の景況感は弱含みの状態で、食品製造大手やスーパーマーケット大手の経営陣から米経済に関する厳しい認識に関するコメントが相次いでいる。こうした中、小売各社が夏季限定で実施している値下げセールの行方に改めて注目が集まっている。売上を維持するために、値引きを継続せざるを得ないのではないかという見方も強まりつつある。米小売業界は、10年前と同じような値下げ競争に突入するのだろうか。

mphillips007/iStock

消費者景況感データは強弱入り混じり

 米消費者物価指数(CPI)は7月の食品とエネルギーを含む総合CPIが前年同月比2.9%の上昇にとどまり、米連邦準備制度理事会(FRB)が掲げる2%インフレ目標に近付きつつある。だが、累積賃上げペースが物価上昇に追い付かない米国人の家計は、厳しい状況が続いている。

 ニュージャージー州のマンモス大学が6月に実施した全米世論調査(上図)によれば、家計の状況が「安定している」と答えた回答者の割合がパンデミックの始まったばかりの2020年3月の61%から45%まで低下したのに対して、「苦しい」とした人々の割合は26%から46%にまで増えて、逆転した。

 こうした中、ニューヨーク連銀がまとめた2024年4~6月期の米家計負債は2021年1~12月期から48%上昇して総額17兆8000億ドル(約2576兆円)に達する一方、2024年4~6月期の米クレジットカード残高において約2.6%が支払期日を60日過ぎていたと、フィラデルフィア連銀が発表した。これは2012年以来の高水準である。

 労働市場の減速も一段と鮮明になり、7月の米雇用統計では非農業部門雇用者数(事業所調査、 季節調整済み)がエコノミスト予想の中央値の対前月比17万5000人増に対して同11万4000人増加にとどまった。これは「衝撃的に弱い数字」だと市場に受け止められた。

 これを受けてニューヨーク連銀のビル・ダドリー(Bill Dudley)前総裁は、「仕事が見つけにくくなると、世帯消費は抑制されるようになり、経済が弱体化する。それがビジネス投資を抑え、さらなるレイオフや投資抑制につながる」と述べ、消費減速が悪循環をもたらす可能性に警鐘を鳴らした。

 実際に、8月の米ミシガン大学消費者マインド指数(速報値)は67.8と、8カ月ぶりの低水準に沈んだ前月の66.4からは上昇したが、依然として弱かった。。

価格決定権は消費者が握る!

 こうした中、多くの食品や小売大手が売上の減速を食い止めるため、相次いで夏季限定の値下げを発表している。

 米ニューヨーク・タイムズ紙は、「最近の経済指標や企業の業績は、(売り手がパンデミック後の値上げラッシュを通して)買い手に対して保持してきた価格決定権(pricing power)が弱まっていることを示している」と分析した。

 たとえば、米小売大手ターゲット(Target)は、食品プライベートブランド(PB)1500品目を含む5000品目を、夏季限定で値下げをすると発表した。ドラッグストア大手のウォルグリーンズ(Walgreens)も、夏のセール期間中に1000品目を値引きしている。米スーパーマーケット大手のクローガー(Kroger)も7月にPB商品を中心とした値引きセールを行った。

 米ファストフードチェーン大手のマクドナルド(McDonald’s)、バーガーキング(Burger King)、ウェンディーズ(Wendy’s)や、コーヒーチェーン大手のスターバックス(Starbucks)は夏季限定5ドル(約770円)のバリューセットメニューで客足を呼び戻そうとしている。

 一方、消費財大手であるプロクター・アンド・ギャンブル(Procter & Gamble)やユニリーバ(Unilever)、食品大手のネスレ(Nestle)やペプシコ(PepsiCo)は軒並み売上の減速を報告している。シリアル大手のケロッグ(Kellogg’s)は安価なPBとの競争により2024年4~6月期の売上が前年同期比で4%落ち、合理化のために75年間創業してきたネブラスカ州オマハ工場を閉鎖すると発表した。

 消費環境の顕著な改善が見通せない中、マクドナルドでは1カ月限定で始めた値引きをもう1カ月延長しており、焦点は「各社が現在行っている夏季限定値引きセールが終わった後に、価格面でどのような戦略をとるのか」という、“次なる一手”に移ってきている。

 米信用格付け企業フィッチ・レーティングスの小売アナリストであるデイビッド・シルバーマン氏は前述のニューヨーク・タイムズの記事で、「(スナック食品企業、アパレルブランド、外食チェーンや一般消費財メーカーなどは、これまでの)高収益を維持したいだけでなく、(10年ほど前に流行ったような)値下げ競争に巻き込まれたくないと考えている」と指摘した。

 企業側からすれば、収益を押し下げる値下げは期間限定にとどめ、中長期的にお客を呼び戻す効果が得られればよいということになる。しかし、中間層や低所得層は過去3年間の度重なる値上げで明らかに息切れを起こしている。夏が終わって競合が客足を維持するために値下げを継続すると、他社も追随せざるを得ないのではないだろうか。

 さらに、価格決定権が売り手から買い手に移りつつある証左として、市場調査企業の米テルシー・グループ(Telsey Group)が6月に発表した西部コロラド州デンバーにおける小売大手の値付けの前年同月比比較のデータが挙げられる。

 それによれば、2023年6月にウォルマート(Walmart)よりも生鮮食品価格が14~15%高く設定されていたターゲットやクローガーでは、2024年6月にプレミア率が6~7%に落ちる一方、高級イメージで知られるアマゾン・フレッシュ(Amazon Fresh)はウォルマートと比較して26%ものプレミアがついていたものが、7.5%まで大幅に引き下げられていた。つまり、夏季限定値下げには関係なく、売り手は消費者の家計の事情に合わせて柔軟に値引きを行ってきたということだ。

 他方、2024年4~6月期においてスーパーマーケットの顧客の32%が、「EDLP(エブリデイ・ロープライス)」を武器に勝負するウォルマートでも買物をしたと、米調査企業のBrick Meets Clickが分析している。ウォルマートが値下げ競争に強い体質であることが示唆されている。

 全体を俯瞰すると、当面の間、売り手が消費者の懐事情に合わせて商品価格を下げてゆくデフレ的な近未来に突入しそうだ。