米国内の月間アクティブユーザー数が1億2150万人(2024年4月現在)、米成人の間では1日平均56分間分のコンテンツが視聴される短編動画投稿サイトのTikTok。とくに若年層の人気は圧倒的で、ソーシャルメディアのプラットフォームとしてのみならず、ECサイトとしての利用価値も高い。ユーザーが直接売り手から商品を購入できる「TikTok Shop」は、米国では2023年9月に立ち上げられたが、すでに20万以上のマーチャントがひしめく激戦区となっている。本稿では、米議会で成立した「TikTok禁止法」の影響も分析しながら、TikTok Shopの可能性について考えてみたい。
2024年売上高は2.7兆円へ
米議会では、中国共産党とのつながりによる安全保障上の懸念を理由に、TikTokの米国事業を米企業に売却するか、利用禁止とする法案が超党派の支持で2024年4月に可決された。これを不服とした親会社の中国企業バイトダンス(ByteDance、字節跳動)は同6月、言論の自由を侵害する違憲な法律だとして米連邦裁判所に提訴し、裁判の行方が注目されている。
米金融大手キャピタルワン(CapitalOne)の調査によれば、TikTok Shopはすでに米国で4番目の売上規模を誇るソーシャルメディアECサイトであり、2023年にはオンライン買物客の8.2%、およそ3330万人が利用したという。これは対前年比40.5%増の伸びだ。
また、バイトダンスは1月に、2024年の米国内におけるTikTok Shopの売上高が前年比2倍の175億ドル(約2兆7935億円)まで伸びるとの予測を立てている。
その内訳だが、81%が美容と健康に関連する商品であることが特徴だ。TikTok人気に火がついたのは、アマチュアのユーザーや、企業のスポンサーがついたインフルエンサーが短い時間で楽しめるよう作成した「ダンス・踊ってみた系」をはじめ、「ビューティー・ファッション系」であったことを考えると、納得の傾向だ。
また、米世論調査企業のピューによると、米国人TikTokユーザーの52%が18~34歳と若いため、この層に売り込みたいマーチャントには垂涎のプラットフォームであるといえる。
事実、バイトダンスの委託を受けた英調査企業のオックスフォード・エコノミクス(Oxford Economics)は上図に示したように、TikTokが米中小企業の2023年の売上を147億ドル規模で押し上げたと推定している。また、TikTok Shopにおける売上動向の追跡調査を行う中国企業のTabcutによれば、TikTokに出品する中国企業の70%近くが、「2023年の最初の11カ月間で、前年同期比の売上が成長した」と回答している。
一方で、競争が激化する米EC市場における劇的な成長の継続は困難だ。米調査企業インサイダーインテリジェンス(Insider Intelligence)が示したTikTokの米国内EC売上高の推移と予想によれば、右肩上がりで伸びてきた販売額が2023年からは成長スピードが落ちるとしている。それでも、有望な若年層へのアプローチをかける場所としての価値は大きいだろう。
アマゾン出品業者が進出、若年層向け多角化の一環
世界最大のECサイトであるアマゾン(Amazon.com)のデータ調査部門であるジャングルスカウト(Jungle Scout)の調べによると、アマゾンに出品する業者やブランドのおよそ20%が2024年内のTikTok Shopへの進出を検討しているという。アマゾンへの過度な依存度を下げ、出品先の多角化を図りたいという意図が読み取れる。ジャングルスカウトによれば、2023年1~3月期に、求める商品の検索をTikTokから開始した米国人消費者は前年同期比44%増で全体の2割に上る。若年層に至っては4割にもなる。
TikTokで13万8000人のフォロワーを持つインフルエンサーである25歳のキアラ・スプリングスさんは米ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)紙のインタビューに対し、「オンラインでの買物の際に、商品検索をグーグル(Google)でしようなどと考えたことはない。直にTikTokで探す」と回答しているが、若年層のオンラインショッピングにおけるTikTokの重要性は増している。
ちなみに、アマゾンで商品検索を始める消費者の割合は全体の56%と圧倒的だが、TikTokはEC専門サイトではないにもかかわらず商品検索で健闘しており、その潜在的な可能性は大きい。
米IT情報サイトのテッククランチ(TechCrunch)はこうした状況を評して、「TikTokは米若年層のオンライン上の購買行動を変える可能性がある」と論じている。
TikTokは元来ユーザーにソーシャルメディアとして認知されており、そもそものアイデンティティがECであるアマゾンや、新興の中国系ECであるテム(Temu)などのライバルに対して不利は否めない。しかし、毎日のオンライン閲覧における滞在時間の長さや高頻度からして、マーチャントには潜在的な価値が無視できない存在なのだ。
事実、先述のニューヨーク・タイムズ紙の記事では、TikTok Shopへの出品業者が「TikTok禁止法」の悪影響を懸念していることが示されている。売上高比率の高い美容と健康に関連する商品を扱う業者やブランドは、なおさらだ。
たとえば、若年層向け化粧品を販売するブランドのユースフォリア(Youthforia)は、TikTok上で20万人近いフォロワーを持つが、マーケティングの一部をインスタグラムなど他のソーシャルメディアへ移すことも考慮中だ。
米EC業界にとっては政治に関係なく、TikTokで1億人を超える米国人ユーザーに安定して消費を行ってもらうことが願いであり、最終的に米国におけるTikTokの立場がどのようなものになるか、経済面からも目が離せない。