アングル:インドのサリー製造、物価高と需要低迷の「二重苦」

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バラナシの織物生産施設
ヒンドゥー教の聖地の1つであるバラナシは、絹織物産業の中心地としても有名だ。だが、インドの政治家が経済回復の始まりを喧伝(けんでん)する一方で、市内の狭い通りには、その兆しはほとんど見えない。写真はバラナシの織物生産施設で9月撮影(2021年 ロイター/Manoj Kumar)

[バラナシ(インド) 6日 ロイター] – ヒンドゥー教の聖地の1つであるバラナシは、絹織物産業の中心地としても有名だ。だが、インドの政治家が経済回復の始まりを喧伝(けんでん)する一方で、市内の狭い通りには、その兆しはほとんど見えない。

ガンジス川沿いに位置する古都バラナシの住民によれば、ブロケードと呼ばれる装飾をふんだんに施したシルクで作られるサリーの売り上げは現在、パンデミック前の時期に比べ70%も低いという。サリー製造事業者の多くは操業を停止しており、生産施設を売却してしまったところもある。労働者の中には、子どもの学費を納められずに退学させる人もいる。

「物価は急上昇しているのに、(新型コロナウイルスの)パンデミック(世界的大流行)前の3分の1も稼げない」と語るサリー製造事業者のモハマド・カシム氏は、16あった織機のうち2つを売却した。

ガソリン、ディーゼル燃料、調理用ガス、あるいは鉄や銅といったその他コモディティのグローバル価格は急上昇しており、ただでさえパンデミックによるダメージを被った膨大な数のインドの家計・企業を痛めつけている。

インドは国内石油需要の80%を輸入に頼っており、政府はガソリンやディーゼルなどの燃料製品に100%以上の税金を課している。結果的に、消費者や企業が支払う燃料費・輸送費は他の新興国に比べ高くなっている。

そればかりか、昨年前半に突然始まったパンデミックにより消費者の所得は低下し、価格弾力性のある製品に対する需要が脅かされている。

「ベナレス」と呼ばれることもあるバラナシ市で生産される、金・銀・銅をあしらった厚手のバナラシシルクは、結婚式など特別な機会に女性が着る服として、インド国内だけでなく海外でも販売されている。

絹織物メーカーは、彼らが生産する高価なサリーに代わる低価格な類似製品が登場したことによる需要の縮小だけでなく、素材となる生糸やブロケードの価格上昇にも頭を悩ませていると語った。

カシム氏によれば、生糸の価格はこの4カ月間で1キログラム当たり3500ルピー(約5200円)から4500ルピーに上昇した。銅や銀などブロケードの材料のコストも40%上昇しており、サリー生産による利益率は10%以下に低下してしまったという。

インドではカシム氏のように小規模な製造業・サービス業に携わる人が非常に多く、雇用の90%を占めている。こうした人々の間では、物価上昇と需要低迷という二重苦への不満がくすぶっている。

小売インフレ率は今年に入り、中央銀行が設定する前年比6%の上限を数回にわたって上回った。ただ8月には5.3%まで低下した。

アジア3位の経済大国であるインドは昨年度、過去最大となる7.3%のマイナス成長を記録。ようやく始まった景気回復に物価上昇がリスクとなっている。

4─6月期のGDPは前年同期より20.1%増えた。インド政府の首席経済顧問を務めるK・V・スブラマニアン氏は「より力強い成長が見込まれる」と述べた。

しかし、ベンガルール・アムベドカル・スクール・オブ・エコノミクス大学のN・R・バヌムルティ副総長は、グローバル規模のサプライチェーンが抱える問題により押し上げられたインフレ圧力と国内需要の低迷が、インド製造業に長期的な打撃を与える可能性があると指摘した。

「短期的には高インフレのリスクが高まっており、大量の失業が生じたのはつい最近の話だ。完全な経済回復が近々に見られるとは思えない」と語った。

振るわぬ消費需要

生産者物価との連動性が高い卸売物価指数は、8月は前年比11.4%上昇し、5カ月連続で2桁台を記録した。企業がコスト上昇を消費者に転嫁するのではないかとの懸念が高まっている。

一部の先進国では政府が大規模な景気刺激策を講じているが、インドにおけるパンデミック救済措置は、銀行融資に対する信用保証と貧困層を対象とした無料の食料配給が中心だ。

約800社の卸売業者が加盟するバラナシの衣料販売事業者組合のラジャン・ベハール氏は、政府が融資保証を約束しているにもかかわらず、大半の事業者は新たな銀行融資を受けることに消極的だと述べた。

「消費需要さえあれば、不動産を抵当に入れてでも喜んで融資を受けるのだが」とロイターに語った。

手織機・動力織機を使ったサリー製造業は、バラナシおよび周辺地域で150万人を雇用しており、年間売上高は7000億ルピー規模を誇るが、ベハール氏は「宣言なしの危機」にひんしているとの見方を示した。

動力織機を操作する労働者のモハマド・シラジさん(45)は、家族は無料の食料配給で何とか命をつないでいると話した。パンデミック救済措置として、連邦政府が13億人の国民の3分の2に提供しているものだ。それでも、家計のやりくりは苦しいという。「これ以上学費を払えないから、娘たちを退学させた」

ヒンドゥー教の代表的な巡礼地でもあるバラナシのサリー販売業者は、流入する観光客の増加、また今月から始まる祭礼・婚姻のシーズンでサリーの需要が高まることを祈っている。

「生き延びるために、老後に備えた貯金を取り崩したり、借金したりしている」と語るのは、約100の事業者が加盟する業界団体である地元の観光福祉協会で会長を務めるラフル・メータ氏。

メータ氏によれば、パンデミック前の2019/20年度には、約650万人の観光客がバラナシを訪れ、推定500億ルピーの観光収入をもたらしていた。新たな感染急拡大が生じなければ、今年度は100─150億ルピーには回復する可能性があるという。

だが、どれだけ需要の増大を予測しようと、物価上昇という悩みは消えない。

メータ氏は「コロナ禍を生き延びることはできたかもしれないが、物価の上昇と需要の低下という重荷には耐えられないだろう」と述べた。その上で、今年の祭礼シーズンに観光客とサリー需要が戻らなければ、数千ものサリー製造業者と販売業者が恒久的に店を畳まざるをえなくなる、と付け加えた。

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