世界的にコロナの感染状況が落ち着きを見せているなか、香港で個人消費が活気づいている。香港政府が18歳以上の全員に5000香港ドル(約7万3000円)の「電子消費券」を配布したからだ。
その配布方法に工夫がある。電子消費券の名のとおり、香港でメジャーなスマートフォン決済サービス「Tap&Go」「アリペイHK」「WeChatペイHK」、あるいは交通カード「八達通(オクトパスカード)」のいずれかを介してしか前述の金額を受け取れない。香港の10歳以上のスマホ普及率は91.5%、オクトパスカードは98%の成人が保有している。そのため、ほぼ全員が受け取れる計算だ。また、街中にサポート施設を設置し、そこで受け取り方法のレクチャーを受けることもできるようになっている。
また、配布は2回に分けられ、8月に2000香港ドル、10月に3000香港ドルが付与される仕組み。だが、最初の2000香港ドルを使いきらないと残りの3000香港ドルは受け取れない(オクトパスカードはチャージ上限があるため3回に分割)。加えて、全金額は今年末までが有効期限となっている。
現金給付の電子化で消費が活性化
こうしたシステムにした背景には1度目の“失敗”がある。香港では2020年に1万香港ドルの現金支給を行ったが、その多くが貯蓄に回ってしまい景気浮揚効果は薄かった。配布作業(銀行振り込み)にも膨大な手間がかかっており、その反省から今年は電子消費券の形式となった。
調査会社カンターによると、すでに24%の人が1 回目の2000香港ドルを使い切り、自己資金で追加チャージをしたという。小売店などでもこの電子消費券をあてこんださまざまな販促セールを展開し、利用促進につながったようだ。
香港の各メディアによると、小規模個人商店での日常的な買物から、家族での食事や百貨店などでの高額消費など、さまざまなシーンでの消費面で効果が表れているという。ある試算では香港のGDPを0.7%押し上げるとされているが、それ以上の効果も期待できるという見方が強まっている。
真のねらいはスマホ決済の浸透?
この電子消費券の大きな目的はコロナ後の経済回復にあるが、香港政府はそれと同時にスマホ決済の普及もねらっている。
一口にキャッシュレス決済と言っても、「クレジットカード」「電子マネー」「交通カード」といった物理的なカードによる決済と、「QR コード」「NFC」を利用するスマホ決済では、その波及効果は大きく異なる。前者は現金を電子化したにすぎないが、スマホ決済はスマホの機能と連動させることにより、モバイルオーダー、フードデリバリー、電子チケット、店舗出荷型ECといった新しい消費スタイルを可能にしてくれる。
また、カード決済は銀行口座の保有が前提となる。そのため、銀行口座保有率が高くない東南アジア諸国ではスマホ決済が急速に浸透し、消費スタイルは大きく様変わりしている。とくにインドネシアは約2億7000万人の人口のうち半数が30歳以下と若く、携帯電話普及率は127.5%と、スマホを軸とした消費領域でのデジタル革命が進行中だ。
ところが、アジア圏の中で日本、台湾、香港ではスマホ決済の普及がなかなか進んでいない。これらの地域では早い段階でクレジットカードと交通カードが普及したため、スマホ決済への関心が高くないからだ。しかし香港や台湾は、個人消費のDX(デジタルトランスフォーメーション)という観点で、スマホ決済の普及率の低さに危機感を持っているのだ。
ちなみに香港では、19年に行われた店舗での対面決済のうち、56%がクレジットカードで、26%が現金、スマホ決済は14%。しかし、今回の電子消費券の配布で、スマホ決済の利用者が急増し、24年にはスマホ決済が36%まで伸び、現金決済はわずか1.6%になると予測されている。
香港は、コロナ対策で電子消費券を配布することで、景気の浮揚とスマホ決済をメーンとしたキャッシュレス社会の進展という二兎を追い、成果をあげようとしている。