上場食品スーパーの2024年度決算 物価高がもたらした「増収減益」の実態とは

中井 彰人 (株式会社nakaja labnakaja lab代表取締役/流通アナリスト)
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2024年度の上場食品スーパー決算では、コロナ後の物価上昇とコスト高騰を受けて、増収を確保した企業が多数を占めた。しかし、利益率に目を向けると、そのほとんどが悪化しており、単純な売上増だけでは厳しい経営環境が続いている。その背景には、価格転嫁の難しさや消費者の節約志向、企業規模による格差拡大、さらにはフード&ドラッグ業態との競争激化がある。スーパー業界の勢力図が大きく塗り替わりつつあるいま、各社の成長を左右するカギはどこにあるのだろうか。

増収の陰で深刻化する利益率の低下

 24年度(2月期・3月期)の上場食品スーパー各社の決算は、コロナ禍後の物価上昇とコスト高騰という“二重苦”を反映し、全体としては予想通りの結果となった。(図表①

図表①上場食品スーパーの業績動向

企業名 地域 2023年度 2024年度 動向
営業収益 営業利益 粗利率 販管費率 営業利益率 営業収益 営業利益 粗利率 販管費率 営業利益率 営業収益 営業利益 粗利率 販管費率 営業利益率
ライフコーポレーション 首都圏、近畿 809,709 24,118 33.9% 30.9% 3.0% 850,496 25,270 33.7% 30.7% 3.0% 増収 増益 -0.21% -0.21% -0.01%
バロー 中部、近畿 807,795 22,844 29.0% 26.2% 2.8% 854,435 23,191 29.1% 26.4% 2.7% 増収 増益 0.09% 0.09% -0.11%
U.S.M.H 首都圏 706,657 6,907 30.4% 29.4% 1.0% 811,273 5,978 30.5% 29.7% 0.7% 増収 減益 0.11% 0.11% -0.24%
フジ 中・四国 801,022 15,110 29.6% 27.7% 1.9% 809,928 12,953 30.8% 29.2% 1.6% 増収 減益 1.21% 1.21% -0.29%
ヤオコー 首都圏 619,587 29,328 27.9% 23.2% 4.7% 736,400 33,402 27.4% 22.9% 4.5% 増収 増益 -0.45% -0.45% -0.20%
アークス 北海道、東北 591,557 16,831 25.3% 22.4% 2.8% 608,284 15,936 25.1% 22.5% 2.6% 増収 減益 -0.12% -0.12% -0.23%
ヨークベニマル 東北 491,515 18,701 30.8% 27.0% 3.8% 507,797 16,810 30.3% 27.0% 3.3% 増収 減益 -0.53% -0.53% -0.49%
ベルク 首都圏 351,856 14,495 28.4% 24.3% 4.1% 387,779 17,011 28.2% 23.8% 4.4% 増収 増益 -0.19% -0.19% 0.27%
マックスバリュ東海 東海 366,742 13,482 29.0% 25.4% 3.7% 377,416 14,061 28.8% 25.1% 3.7% 増収 増益 -0.20% -0.20% 0.05%
リテールパートナーズ 九州、中国 252,161 6,740 26.9% 24.3% 2.7% 266,741 6,923 26.6% 24.0% 2.6% 増収 増益 -0.34% -0.34% -0.08%
オークワ 近畿 247,378 2,888 31.6% 30.4% 1.2% 250,150 1,328 31.2% 30.7% 0.5% 増収 減益 -0.39% -0.39% -0.64%
ハローズ 中・四国 195,444 10,870 27.8% 22.2% 5.6% 210,752 12,270 27.8% 21.9% 5.8% 増収 増益 -0.05% -0.05% 0.26%
エコス 首都圏 130,039 5,714 28.6% 24.2% 4.4% 137,176 6,020 29.0% 24.6% 4.4% 増収 増益 0.35% 0.35% -0.01%
ヤマザワ 東北 101,891 625 27.6% 27.0% 0.6% 102,558 -621 27.9% 28.7% -0.6% 増収 赤字化 0.26% 0.26% -1.22%
ヤマナカ 東海 86,088 804 30.9% 30.0% 0.9% 84,505 585 31.1% 30.4% 0.7% 減収 減益 0.13% 0.13% -0.24%
マルヨシセンター 四国 39,823 411 26.5% 25.5% 1.0% 41,738 132 27.1% 26.8% 0.3% 増収 減益 0.52% 0.52% -0.72%
北雄ラッキー 北海道 37,919 509 28.9% 27.6% 1.3% 36,912 243 28.2% 27.5% 0.7% 減収 減益 -0.74% -0.74% -0.68%

単位:百万円 悪化 改善 25年2月期決算(一部3月期) 各社IR資料より

 上場17社のうち15社が増収となり、8社は増収増益を達成している。これだけを見れば、業界環境はさほど悪くなかったようにも映る。しかし、収益率でみると明暗は大きく分かれた。収益率が改善したのはわずか3社にとどまり、実に14社で収益率が悪化している。売上は物価上昇の影響で押し上げられたものの、価格転嫁が思うように進まず、利益率は押し下げられたという構図である。

 ちなみに、この厳しい環境下で増収かつ収益率改善を達成したのは、ベルク(埼玉県)、マックスバリュ東海(静岡県)、ハローズ(岡山県)の3社のみだった。

 収益悪化の要因を細かくみると、「粗利率低下」が10社、「コストアップ(販管費率上昇)」が7社に分かれている。ここから価格転嫁が十分にできなかった企業では利益率が低下し、逆に価格転嫁に成功した企業でもコスト高騰の影響で収益の悪化を免れることはできなかったことが読み取れる。

 23年度も同様の環境だったが、今期はより価格転嫁が難しくなったとの指摘が業界内で増えている。なぜ、価格転嫁が難しくなったのか。その背景にあるのは、3年近く続く「実質賃金マイナス」、すなわち物価上昇を上回るペースで賃金が増えていない現実だ(図表②)。

図表②実質賃金指数の推移
厚生労働省「毎月勤労統計」より

 消費者の財布の紐は確実に固くなりつつあり、かつては「価格転嫁もやむを得ない」と受け止めていた層も、いまや“節約モード”が全開となってきたようなのだ。値上げをすると客数が減るといった反応が顕著になり、価格転嫁をすることが難しくなってきたのである。

大企業と中小企業の賃上げ格差――広がる生活防衛の波

 ここ最近は、大企業による賃上げや新卒初任給の引き上げといった明るいニュースが目立った。しかし、サラリーマンの多くが働く中小企業では、賃上げ原資を確保する前段階で「価格転嫁」すらままならない状況が続いている。企業規模別に実質賃金指数をみると、5人以上規模および30人以上規模では、小規模企業の方がより強い“収入の目減り”に直面しているのが実態だ。

図表③24年の実質賃金指数の動き
厚生労働省「毎月勤労統計調査 実質賃金指数」より

 大企業と中小企業で可処分所得の差が広がるなか、日々の買物においても価格への感度がより強まっている(図表③)。 加えて、中小企業は大企業に対して、価格転嫁の交渉すらできず、実質的な賃上げにはまだ時間がかかりそうだ。一方で物価上昇は続き、格差解消の糸口も見えてこない。

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記事執筆者

中井 彰人 / 株式会社nakaja lab nakaja lab代表取締役/流通アナリスト

みずほ銀行産業調査部シニアアナリスト(12年間)を経て、2016年より流通アナリストとして独立。

2018年3月、株式会社nakaja labを設立、代表取締役に就任、コンサル、執筆、講演等で活動中。

2020年9月Yahoo!ニュース公式コメンテーター就任(2022年よりオーサー兼任)。

主な著書「小売ビジネス」(クロスメディア・パブリッシング社)「図解即戦力 小売業界」(技術評論社)。現在、DCSオンライン他、月刊連載6本、及び、マスコミへの知見提供を実施中。東洋経済オンラインアワード2023(ニューウエイヴ賞)受賞。起業支援、地方創生支援もライフワークとしている。

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