ファーストリテイリンググループは現在、アジア、北米、欧州で3500以上の店舗とECを展開し、約11万人の従業員が働いている。多様性豊かな従業員がワンチームとなり事業を拡大していくうえで、ダイバーシティ&インクルージョン(以下:D&I)への取り組みは必須の課題だ。それが評価され、2023年3月には「D&Iアワード2022」において、最高評価の「ベストワークプレイス」に認定された。D&I先進企業は、何をどのように取り組んできたのか。後編では、性的多様性や人種問題など「多文化共生」の取り組みについて、ファーストリテイリング社長室ダイバーシティ推進チームリーダーの内田絢子氏(以下、内田氏)を取材した。
性的多様性を尊重したユニクロのCM
2021年にユニクロが発表した「エアリズムインナー」のTVCMは、見ている人をハッとさせた。
それは一緒に暮らす女性2人の、日常の幸せな風景を映し出した映像だった。2人が花屋を訪れると、店員が、「もしかして記念日ですか?」と尋ねてふさわしい花を選んでくれ、「二人がしたいことは、みんなが普段着でしていること。ただそれだけなのだ」というナレーションが入る。そして最後のシーンでは、2人の女性が手をつないでいるシーンに「風通しのいい世界へ。」というテロップが重なって終わる。
同性カップルの姿を、ことさらに目立たせて主張するのでもなく、とても自然でリアルに描かれた映像で、そうとは気づかなかった人も多いのではないかと思う。しかし、マイノリティの当事者たちにとって、ユニクロといういまや国民的ブランドとなった企業がマスメディアでこのようなCMを流すということ自体、性的多様性を尊重するという心強いメッセージに感じたのではないだろうか。
同性パートナー向けにパートナーシップ登録制度を導入
性的指向や性自認における多様性を尊重するのは、広告として多くの人にリーチするためだけではない。社内でも、あらゆる従業員が安心して快適に働けるよう環境が整えられつつある。
ファーストリテイリングは2019年「パートナーシップ登録制度」を導入した。同性パートナーがいる場合、パートナーシップ登録を行うことで、慶弔休暇や慶弔見舞金などの婚姻に関する福利厚生を受けることが可能となった。
また、2018年には従業員有志からなるLGBTQ+ネットワーク組織「Symphony」が結成された。2021年からは全従業員に対し、LGBTQ+に関する基礎知識やコミュニケーション上考慮すべき点をマンガでわかりやすく説明した「Symphony通信」を発信している。
「店舗の接客では、LGBTQ+のお客様や従業員とのコミュニケーションにおいて、どういう点に配慮すべきか、という研修も行っています。もともと、すべてのお客様に対して、お困りごとやご不満があるのであれば、全力でそれを解決したいという考え方が店舗にもあります。そういう意味では、性的多様性だけでなく、あらゆるマイノリティの方を受け入れやすい土壌はあったのかもしれません」(内田氏)
ダイバーシティの基本は、声を聴くこと
2023年3月、ファーストリテイリングは、企業のダイバーシティ&インクルージョン(以下:D&I)推進の取り組みを評価する「D&Iアワード2022」において、ダイバーシティスコア96点(100点満点)を獲得し、最高評価の「ベストワークプレイス」に認定された。
D&Iの取り組みを100項目に渡る独自の評価指標「ダイバーシティスコア」で採点し、スコアに応じて認定が授与されるもので、80点以上のスコアを獲得した企業が「ベストワークプレイス」として認定を受ける。「ベストワークプレイス2022」は128社(グループ連盟含めて313社)が認定を受けているが、初めての参加で95点以上を獲得する企業はごく限られている。
「決して目新しいことをしたわけではありませんが、これまで私たちが取り組んできた領域が、D&Iアワードの100の項目を網羅的にカバーしていたということだと思います。ただ、私たちが大事にしているのは、常に当事者の声をしっかりと聴くということ。マイノリティの従業員には個別の面談を徹底して、どういったところで困っているのか生の声を聞いています。マイノリティのお客様の声は拾いにくいので、外部の当事者団体と連携して、お客様が我々に対してどういうことを感じられているのかを聞いています。それらの声の一つひとつを解決してきた、その結果が96点というスコアにつながったと思っています」(内田氏)
グローバル企業ならではの難しさ
一方で、現在世界20以上の国や地域に進出しているグローバル企業だからこその難しさも経験している。
たとえば、日本で作った、LGBTQ+の基礎知識や店舗でのお客対応および従業員間のコミュニケーションで配慮すべき点をまとめた「ダイバーシティガイド」を海外に適用しようとしても、すでに同性婚が合法化しているような国では、ハラスメントやコミュニケーションに対する尺度も違う。会社で取り組んでいることも、すべての国や地域で同じように足並みを揃えて推進できるわけでもない。
「ダイバーシティの課題は、現地の歴史、文化、慣習、宗教、法制度などと非常に密接に絡んでいて、国ごとにかなり状況が違います。ですから、会社としてこれをやってくださいと言えばできるというものではありません。その国や地域の課題が何なのかということを、理解するところから始めないといけないので、そういった面では、まだまだというところです。今後力を入れていかなければ、と思っています」(内田氏)
「柳井社長からは、ダイバーシティ推進チームに対して、会社の成長をドライブしていく多様なビジネスリーダーを多く生み出していってほしいということを強く求められています。最終的には、そういったビジネスリーダーによってイノベーションを生み出し、様々なお客様のニーズに応えていくことが目標です」(内田氏)
企業がD&Iに取り組む一番の目的は、グローバルで優秀な人材を確保し、働き続けてもらうためだ。人材獲得競争がますます激化する中、多様性を尊重する文化があり、実際に多様な人材が生き生きと活躍している会社でなければ、競争力はない。現在の取り組みが、何年か後には大きな差となって表れるのかもしれない。