ファーストリテイリンググループは現在、アジア、北米、欧州で3500以上の店舗とECを展開し、約11万人の従業員が働いている。多様性豊かな従業員がワンチームとなり事業を拡大していくうえで、ダイバーシティ&インクルージョン(以下:D&I)への取り組みは必須の課題だ。それが評価され、2023年3月には「D&Iアワード2022」において、最高評価の「ベストワークプレイス」に認定された。D&I先進企業は、何をどのように取り組んできたのか。前編では「障がい」「女性活躍」の取り組みについて、ファーストリテイリング社長室ダイバーシティ推進チームリーダーの内田絢子氏(以下、内田氏)を取材した。
ダイバーシティ推進チームは社長室直轄
ファーストリテイリングは2015年、人事部内に女性活躍推進室を設立した。目的は、女性のキャリアとライフイベントの両立支援することだ。そして2019年からは、さらに包括的にダイバーシティ推進を強化するため、女性活躍推進室を発展的に改編し、社長室直轄のダイバーシティ推進チームを設立した。
総合商社、経営コンサルティング会社を経て2013年にファーストリテイリングに転職していた内田氏は、ちょうど育休から復職したタイミングで、新設のダイバーシティ推進チームに異動した。以来、「ジェンダー」「Global One Team」「障がい」「LGBTQ+」の4つの重点領域で、取り組みを進めている。
「前身の女性活躍推進室は、基本的に女性が活躍することをメインに取り組んでいました。しかし、社会で多様性の問題がある中で、女性という一つの領域だけに対応していては会社として不十分だという考えから、ダイバーシティ推進チームとして改編されました。社長室直轄になったのは、やはりダイバーシティを事業の中心コアに位置付けている、という会社としての意思表明でもあります」(内田氏)
一人の障がい者の雇用から始まったダイバーシティへの取り組み
4つの重点項目のうち、とくに「ジェンダー」と「障がい」については、ファーストリテイリングが早い段階から取り組んできたテーマだ。1990年代後半に、地方のあるユニクロ店舗で1名の障がい者スタッフを雇用したことから、ファーストリテイリングのD&Iへの取り組みが始まった。
「その当時は、まだダイバーシティという認識はなかったのかもしれません。しかし、たった一人の障がいのあるスタッフを採用したところ、その店舗のスタッフがコミュニケーションに配慮するようになり、結果として店舗全体が活性化し、チームワークが大きく向上しました。その経験から、社会だけでなく、会社にとっても非常に意味のあることだと考え、その後2001年から1店舗に1名以上という方針で障がいのある方を積極的に雇用するようになったのです。それが私たちのダイバーシティへの取り組みのスタートになっています」(内田氏)
2022年、国内ファーストリテイリンググループの障がい者雇用率は4.92%(※)と、日本の法定雇用率(2.3%)を大幅に超えている。この活動は国内だけでなく、アセアンやEUなどグローバルに広がり、 現在では約1500名の障がいのあるスタッフが働いている。
※比率の算定は毎年6月1日時点で実施、11月に発表している。
ユニバーサルデザインの店舗づくりと、お客の声から生まれた商品
一方、障がいのあるお客に対する取り組みとしては、店舗のユニバーサルデザイン化を進めている。
従業員有志が中心となり、障がいのあるお客だけでなく、高齢者や妊婦なども含め、配慮の必要なお客がより快適に買い物ができる店舗づくりを目指すプロジェクトを立ち上げた。多様なお客の声を活かして商品開発やマーケティング、店舗設計、接客応対、サービスの向上に取り組んでいる。
「お客様のご意見を元に、店舗設計担当部署による検証を経て、店舗の標準フォーマットを変更しました。具体的には、店舗入口の段差の解消、手すりやベンチを備えた広いユニバーサル試着室の導入、障がい者専用駐車場の設置・増設などです。このフォーマットは2019年秋以降にオープンしたすべての新店と、既存店改修時の店舗設計に反映しています。都内では、UNIQLO TOKYOやユニクロ原宿店なども対象になっています」(内田氏)
商品面では、今年6月に、ユーザーの声を受けて、廃番予定だった前開きの子供用ボディスーツの販売継続を決定した、というエピソードもある。
この商品は、110~160cmのサイズまであり、着脱しやすいことから、障がいを持つ子供を介護する親や施設でも使われていた。商品レビュー欄には、「歩行困難な障害児に使用しています」「要介護5の親に使わせてもらってます」「日頃はTシャツ・タンクトップの股開きのみのロンパースを手作りして着せています(中略) しかし、こちらの商品を知り購入」といった切実な声が寄せられており、毎日「お客様の声」を社員全員が閲覧しているユニクロでも、そのことは知っていた。さらにtwitterでも「この商品を廃番にしないでほしい」という声が拡散されていることを知ったユニクロは、社内で議論のうえ、このツイートのわずか5日後に販売継続を決定し、それをユーザーにも報告した。
「以前から、入院中の方や介護が必要な方からも、ユニクロの服はウエストがゴムで伸縮性があるとか、肌触りがいいなどといったお声をいただいていました。今年7月からはユニクロのオンラインストア内に、そういった商品をまとめて『脱ぎ着しやすく、心地いい。役立つ工夫満載アイテム特集』としてご紹介する特設ページも作りました。商品は、医療・介護・看護のプロの目線で選んでいただいています」(内田氏)
女性管理職比率は20%から43.7%へ
女性活躍推進においては、2014年に女性管理職比率の目標を掲げ、2020年までに30%、2030年までに50%にすると発表した。この目標は前倒しで達成しており、グローバルでの女性管理職比率は、2022年度時点で43.7%に達している。
「2014年当時の女性管理職の比率はまだ20%弱でした。日本企業の中では決して低い方ではありませんが、店舗を含めると私たちの従業員の7割が女性、お客様の半分が女性という中では、女性管理職比率20%弱というのはあまりにも低すぎると判断しました。会社としてきちんと向き合っていくべき課題であると捉え、事業目標と同様に目標値を発表したのです」(内田氏)
以来、女性がキャリアを築きやすい環境を整備するため、様々な支援策を設けている。
たとえば、本部従業員向けにはベビーシッター補助制度、店舗従業員向けには繁忙日の託児支援制度を導入しており、これは性別を問わず利用可能だ。
また、産休・育休を取得した従業員が安心して復帰できるよう、育休復帰者説明会では育児に関する人事制度を紹介するのと同時に、育休取得の経験者を招き、質疑応答も行っている。
「ベビーシッター補助制度もあるのですが、ベビーシッターの活用自体をためらう人もまだ多いので、どういう使い方をしているか。たとえば、ある人は残業する日を月に何回と決めて、その残業の日にベビーシッターにお願いをしているとか、朝の保育園の送りだけお願いしている人もいるなど、具体的な事例をかなり細かく共有しています」(内田氏)
女性活躍を推進するためには、制度面のサポートだけでなく、意識面ではアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を取り除くことが課題だという。
「たとえば、女性は育児や家事をする、男性は一家の大黒柱として外で働いて稼ぐ、といった思い込みは、男性だけでなく女性にも根強く残っています。男性上司の意識改革も必要ですが、当の女性側にも、リーダーシップポジションに就いて責任範疇が広がることに不安を覚えたり、前向きに考えられないことも多いのです」(内田氏)
そのため、ここ1、2年で特に力を入れているのは、女性管理職のロールモデル紹介だ。
「実際の女性管理職は、結婚して子どもがいる人もいれば、独身でバリバリ働いている人もいて、そのコミュニケーションスタイルも多様です。この会社の中で、自分らしいスタイルでリーダーシップを発揮してキャリアアップしていけるんだということを、実例を持って見せていくということです。実際、『初めて、こんな風になりたいと思うロールモデルに会いました』といったフィードバックもありました」(内田氏)
後編では、「多文化共生」への取り組みについて取材する。