連載 小売業とM&A 第5回:家電量販におけるM&A活用の方向性

前島有吾(PwCコンサルティング 執行役員)
前田真史(PwCコンサルティング シニアアソシエイト)

今後起こり得るM&Aの4つの方向性

 前節までの市場変化を踏まえ、今後起こり得るM&Aの方向性として次の4つが挙げられる。

①実店舗を体験空間に

 従来の家電量販店では、多くの販売員がメーカーから派遣されており、店舗として自社が提供する付加価値は十分ではないと見られてきた。今後は、消費者が店舗に求める価値観の変化を背景に、実店舗ならではの体験を追求する空間づくりが進むと想定される。

 具体的には、特定のコンセプトに基づくショールーム体験、製品カテゴリを横断したワンストップ購買体験、次世代技術を搭載した製品デモ体験、新製品発売キャンペーンへの参加ばどが考えられる。これらを実現するためには、製品が提供する価値や世界観を十分に引き出し、最大化することが重要である。

 ドイツの大手家電量販店メディア・サターン・ホールディング(MediaMarktSaturn)は、店舗区画を「SaaS(Space-as-a-Service:サービスとしての空間)」として活用する取り組みを全社的に展開している。店舗を単なる販売の場から体験型の空間へと進化させることで、顧客の魅力度を高めると同時に、その空間をメーカー向けに提供することで新たな収益源を確保し、事業の多角化にもつなげているのだ。

 体験空間を創出するには、空間デザインや体験型コンテンツの企画・運営、デジタル体験の設計といったケイパビリティの強化が欠かせない。その手段として、M&Aの活用も一つの可能性として考えられる。

②リユース事業への参入

 循環型社会へのニーズの高まりやリユース市場の拡大を背景に、家電量販業界ではM&Aを活用したリユース事業への参入が加速すると予想される。新品を中心に展開してきた家電量販店がリユース品を扱うことは、消費者にとって選択肢の拡大となり、価格と品質を比較しながら合理的に購買を判断できる点で大きな価値を持つ。

 リユース事業へ参入している先行例として挙げられるのがビックカメラである。同社は10年にソフマップを買収し、23年にはエーワンを傘下に収めることで、製品カテゴリの拡充や修理機能の獲得を進めてきた。さらに25年からは高級腕時計のリユース販売を開始し、事業強化の動きを一段と鮮明にしている。

③在宅医療への参入

 商品の親和性の高さに加え、慢性疾病者や障害者の増加による医療ニーズ拡大、さらに厚生労働省が医療計画の方針「疾病・事業及び在宅医療に係る医療体制について」で在宅医療強化を打ち出していることを踏まえると、中長期的には家電量販店がM&Aを通じて在宅医療分野に参入する動きが見込まれる。具体的なサービスとしては、医療機器の販売・設置、遠隔モニタリングやケアサービスの提供などが想定される。

 また、在宅医療への参入は家電量販店にとって大きなメリットがある。顧客の最もプライベートな空間である自宅に入り込むことで、健康やライフスタイルに深く関わり、潜在ニーズを的確に把握できるからだ。この動きは、エディオンのリフォーム事業強化やヤマダホールディングスの住宅・家具事業展開にも通じるものである。

 実際に、アメリカの大手家電量販店であるベストバイ(Best Buy)は、医療機器の販売や設置、在宅ケアサービス、地域医療機関への有事連携サービスなどを実現するために複数の企業を買収している。その起点となったのが19年のグレートコール(GreatCall)買収である。グレートコールは高齢者向け在宅ケアおよび緊急通報サービスを手掛けており、この買収を通じてベストバイは、携帯電話やコネクテッドデバイスを介し、高齢者が簡易にコンシェルジュサービスの利用や救急隊員の派遣を要請できる仕組みを獲得した。

④海外市場をターゲットにしたロールアップ

 国内市場の飽和や競争激化、アジアを中心としたグローバル市場の伸長を背景に、M&Aを通じて海外市場に進出する流れがいっそう進んでいくだろう。とくに東南アジアは、人口増加や中産階級の拡大によって大きな可能性を秘めた地域である。

 実際に、ノジマはマレーシアの情報通信系小売業であるTMTを買収し、マレーシアへの進出を加速させている。また、ヤマダホールディングスは、すでにインドネシアへの出店を実現しているが、成長市場としてさらに出店拡大する旨を30年までの中期経営計画の中で表明している。日本企業にとって、東南アジアは魅力的なフロンティアとなるのではないだろうか。

 日本の家電量販業界は寡占化が進み、他業態と比較して早期にM&Aが進展している。繰り返しになるが、今後の成長を探る際には、既存事業の差別化、周辺事業の強化、新たな市場への参入といった視点を持つことが鍵となるだろう。本稿で考察した4つの方向性を踏まえ、引き続き各社のM&A動向に注目したい。

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