小売業とM&A 第2回:百貨店におけるM&A戦略の方向性
3.今後起こり得るM&Aの3つの方向性
前節までの考察を踏まえ、今後起こり得るM&Aの方向性として次の3つが考えられる。

①コンテンツ獲得の強化(垂直的統合による差別化)
消費者ニーズの多様化と競争環境の激化を背景に、コンテンツ獲得を意識したM&Aが進展している。
たとえば、J.フロント リテイリングは、日本が誇る食や工芸をはじめ、地域の特色を活かしたコンテンツに投資を行う事業承継ファンド「Pride Fund」を設立し、25年3月に第一号案件として、宮崎県の菓子製造販売会社である、お菓子の昭栄堂(宮崎県)への出資を実行し、今後も投資を通じて、グループとしての魅力的なコンテンツを獲得していくものと想定される
百貨店にとって、富裕層顧客のみならず、Z世代や訪日客といった新たな消費者層を魅了し続けるためには、自ら価値を提供できるコンテンツを獲得し、柔軟に生産・販売を可能とすることが重要となる。これにより、百貨店の枠組みの中でクロスセルを促進することも期待できる。
②川下での水平展開の加速(小売業態の多様化)
富裕層顧客を取り込み、継続的に惹きつけるためには、百貨店の枠を超えて、富裕層顧客のライフスタイルやライフイベントに応える多様な価値提供の“引き出し”を持つことが重要となる。ここでのポイントは、従来の富裕層顧客個人だけでなく、その家族を含めたファミリー層のライフイベントまでカバーできるカバレッジの広さである。
たとえば、高級品購入が贅沢の象徴であるベビーブーマー世代、体験価値を重視するX世代、自己研鑽や社会貢献に価値を見出すミレニアル世代、百貨店での購買体験が少ないZ世代、そして訪日外国人旅行者(インバウンド)といった、それぞれ異なる価値観や消費行動を持つ層に対応するために、従来の業態のみならず、専門店やショッピングモール、ショッピングセンターといった業態の水平拡張によって、多様な消費シーンを取り込む必要がある。こうした異業態のM&Aはさらに広範にウォレットシェアの獲得をねらえる手法となり得る。
こうした中、24年には高島屋(大阪府)が富裕層向けの資産運用提案などを行うプライベートバンクサービスのヴァスト・キュルチュール(大阪府)を子会社化した。単なる業態拡張ではなく、富裕層顧客の多様なニーズに対応可能な“引き出し”を獲得することを目的としたM&Aである。本事例では、富裕層の関心が高いパーソナライズされた金融サービスの提供を通じ、顧客とのエンゲージメント強化を図っている
③テクノロジーの獲得(地方富裕層取り込みと、インバウンド強化)
最後に、「2. 百貨店業態の着眼すべき市場の変化」で触れたように地方富裕層と成長を続けるインバウンド市場に目を向けてみたい。
地方においては百貨店の撤退が続き、消費の場自体が減少している。一方で、地方富裕層の消費意欲や購買力は依然として高く、購買機会が十分に提供されていない状況もみられる。また、訪日外国人旅行者が百貨店業界の再成長を牽引していることは明らかであり、今後も重要な顧客層となる。
こうした市場を取り込むためには、これまで取りこぼしていた地方富裕層や潜在的な訪日顧客、さらには帰国後の顧客にまでリーチし、継続的な関係性を構築することが重要となる。遠隔地でも百貨店の購買体験が可能となるプラットフォームの構築によって、一度きりの“爆買い”にとどまらず、継続的な購買行動の促進が期待できる。
異業種の事例では、アシックス(兵庫県)傘下のオニツカタイガーが、越境ECサイトを通じて海外130の国と地域に商品を販売・発送している。また、銀座には体験型ストアを展開し、海外ファンの“聖地”となっている。単なる商品販売にとどまらず、長期的な関係構築や顧客ロイヤルティの醸成にも注力しており、百貨店業界にも参考となる事例である。
J.フロント リテイリングも、22年に設立したコーポレートベンチャーキャピタル「JFR MIRAI CREATORS Fund」(東京都)を通じて、23年にはリアルメタバースプラットフォーム「STYLY」を展開するSTYLY(東京都)に出資を実行した。現実と仮想空間を融合させるXR技術(Extended Reality/Cross Reality技術を指す)の活用によって、地方富裕層や潜在的な訪日顧客とリアルに近い体験を共有し、新たな顧客接点を創出するねらいがある。
今後も、このような機能獲得を企図するアライアンス・買収が増えていくと考えられる。
●
本稿では、国内百貨店の変遷と、今後想定されるM&Aの方向性について考察した。今後、百貨店はブランド力や好立地を活かし、多様な顧客体験を提供できるリアル店舗という強みを最大限に発揮することが求められる。グローバルな集客や新たな富裕層の取り込みといった成長機会を捉えるうえで、M&Aの積極的な活用が一層重要となるだろう。
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