中小の食品小売企業が定めるべき価格競争と生存戦略の方向性

佐々木 桂一(リテイリングワークス)
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食品小売業のインテリジェンス化_banner

激変する経営環境

 今、日本の食品小売業界は重大な転換期を迎えている。物価上昇による一時的な売上高増加は確かに見られるが、営業利益減少など業界全体としては構造的な課題に直面している。今回は、とくに中小食品小売業に焦点を当て、現在の市場環境における生存戦略について、「価格競争」からの逃避ではなく、「原則」に立ち返り、顧客視点で望まれる小売業に転換する方法を提案する。

食品スーパー、ディスカウントストア イメージ
今回は、とくに中小食品小売業に焦点を当て、現在の市場環境における生存戦略について、「価格競争」からの逃避ではなく、「原則」に立ち返り、顧客視点で望まれる小売業に転換する方法を提案する(i-stock/monticelllo)

 現代の日本経済において、継続的な物価上昇は消費者行動に重大な影響を与えている。とくにガソリンや米といった生活必需品の価格高騰により、消費者の実質所得は低下し、より安価な商品やサービスを求める傾向が顕著になってきている。

 この状況下で、食品小売業界は深刻な課題に直面している。消費者の節約志向は1回の買物での購入点数を減少させ、価格競争力のある大手量販店への顧客流出を加速させている。

 さらに、高齢化の進行と生産年齢人口の急速な減少によって人手不足が深刻化。これに伴う地域最低賃金の上昇による人件費の増加や、光熱費や物流費といったエネルギーコストの上昇は、業界全体のコスト構造を圧迫し、企業経営の継続を困難にしている。この傾向は一時的な問題ではなく、今後さらに加速していくことが予想される。

 しかし、現在の物価高による売上高維持の状況は、中小企業にとってむしろチャンスととらえることもできる。大手チェーンストアが組織の肥大化や官僚化により機動的な改革が困難な今こそ、中小企業がスピードを生かし、市場の隙間を見出すことができる絶好の機会なのだ。ただし、この好機を生かすためには、現段階での迅速な経営改革が不可欠であり、それが企業の存続を左右する重要なカギとなる。

サム・ウォルトンに学ぶ現場感覚での変革

 官僚化や“手続き主義”など、現代の企業が陥りやすい衰退の兆候が多くの企業にある。企業の健全性を損なう最も大きな問題は、必要以上に複雑な組織構造から生まれる高コスト体質だ。過剰な管理職ポストと複雑な承認プロセスにより、意思決定に時間がかかり、結果として顧客に提供する商品やサービスの価格が高くなってしまうのである。

 ウォルマートの創業者サム・ウォルトンは、この官僚化の危険性を強く警戒していた。1980年代、ウォルマートが急成長を遂げるなか、本社スタッフの増加に懸念を示し、「机に座って書類を作成する人間が増えすぎると、現場を見る目が失われる」と警告したのだ。彼は週の大半を店舗視察に費やし、現場主義を貫いた。

 「上司の決定が常に正しい」という考え方が根付くと、現場の声や実際の成果よりも、形式的な手続きや予算が重視されるようになる。このような組織では、社員一人ひとりのコスト意識が薄れ、生産性の低下を招く。サム・ウォルトンはこの弊害を防ぐため、本社スタッフにも定期的な店舗勤務を義務づけ、現場感覚を失わないよう工夫を重ねたのだ。

 とくに、M&A(合併・買収)が多い大手企業の組織では、こうした官僚主義的な体質が強まりやすく、定期的な改革が必要不可欠だ。組織の活力を維持するためには、単なる効率化だけでなく、成果に対する責任の明確化と、迅速な意思決定ができる仕組みづくりが重要となる。つまり、組織の衰退は突然起こるのではなく、日々の業務のなかで少しずつ進行していくのだ。その予防には、経営陣の明確な危機意識と、具体的な改善への取り組みが欠かせない。

 DX(デジタル・トランスフォーメーション)も、未経験の従業員でも安価に、すぐにでも活用できる生成AIやノーコードアプリ「Google AppSheet」ほか、YouTubeなどを見て簡単に使えるものから試してみるべきだ。むしろ高額なソフトウエアを導入すると陳腐化が早い。自らの手を動かす人材を1人でも多くつくることが、今後の企業改革には重要だ。要するに「丸投げ文化」をなくすことだ。

プライス・イメージをどう変えるか

 価格戦略の策定では、自社のプライス・イメージを客観的に確認する必要もある。従業員、とくにパート従業員に聞いてみればいいだけだ。わが社のプライス・イメージはどうか。プライス・イメージが「安価」で実際に買物をする店舗はどこか、などを聞けば簡単にわかる。商品部などは「品質が違う」などと言い訳することだろう。しかし素直に、現場の従業員の声や顧客の声を聞き、プライス・イメージの見直しをただちにすべきだ。

 本来は、商品本部長などが自社の商品政策で決めた「プライス・イメージ=あるべき商品構成グラフ」に基づいて、品揃えをしていればいいのだが、食品小売業で実行している企業は少なく、バイヤー各人が「なんとなく」で決めている企業が多数だろう。

 バイヤーに「わが社の〇〇の商品のプライスレンジはいくらからいくらか。また、プライス・ポイント(よく売れる価格)はいくらか」と聞いてみれば、いかに自社に仕入れ技術がないか痛感できる。結果として、プライス・イメージづくりができていないことが、競争力低下につながっているのだ。

 基本に戻り、トップマネジメントが「商品政策」を明確にし、バイヤーがその政策に基づいて取り扱い品目と価格を決め、仕入れ数量を決定する。最初は売上構成比が高い品目、品種から始める。全取扱商品の売価の上限を超える高価格帯をカットする。たとえば、在庫日数が食品であれば「45日(45日で1回転)」以内と決め、それを超える品目をカットする。現在扱っている品目の低価格化には、取引先の変更、取引方法、仕様書の変更も必要になる。

 さらに品揃えの努力方向としては「減らすもの(たとえばプライス・ライン、同一価格の品目数)、増やすもの(たとえば単品数、売価の違うもの)」を明確にし、他社との差別化を図るセグメント(絞る)は、価格の上限と下限の間の間隔幅を狭くすることだ。

 次に価格ラインの数を少なくする。多くなる理由はバイヤーの売価決定の方法が決まっておらず、多くのバイヤーは、原価に値入れ率何%を掛けて売価を決定しているケースが多いからだ。そして、プライス・ポイントに品目数と陳列量を集中する。このようにすることでプライス・イメージづくりができるのだ。

コストの絶対的削減が命運を分ける

 中小食品小売業が現在のきわめて厳しい競争環境を生き抜いていくためには、まず何よりもコスト構造の徹底的な見直しが必要不可欠だ。すべての経費科目を見直し、不要な経費を減らすことや、外部への資金流失を最小限に抑える。大手企業も中小企業も、小さな経費であっても見直しの積み重ねで、10%近いコストを削ることが十分可能であり、仕分伝票単位で確認することを実行すべきだ。

図表●「やめることを決める」ことが、抜本的なコスト削減の最短ルートだ

 ただし、社内人件費を安易に減らしてはいけない。とくに現場人材の人件費は増やすべきケースが多い。改革する前に、現場や現場の数字で調査、実験などに人を投入すべきだ。限られた人的資源を最大限に活用し、生産性を向上させることに主眼を置くべきである。

 現状の問題点を可視化させ、1円単位で人件費以外(作業単位、職務単位の人時数は減らす)のコスト削減を進めるのだ。筆者は赤字企業の黒字化や高収益体質への改革において、人件費には可能な限り手をつけない。逆に待遇の改善を進める。危機を回避するためには、従業員の協力が必要なのだ。

 ただし、本部は可能な限りスリム化する必要がある。いちばん簡単なコスト削減は、今すぐ必要ないこと、効果が明確ではない業務を「やめる」だけだ。ITの活用はその後である。

 また、同時に在庫の見直し、とくに在庫回転率の向上による資金効率の改善は、キャッシュフローの観点から見てもきわめて重要な要素だ。発注精度の向上によるロス削減も、収益性改善において看過できない要素となってくるのは明らかである。これらの取り組みはすぐに着手可能であり、かつ確実な効果が期待できる施策として位置づけられる。そのためには、取引先、取引方法の変更も必要だ。

 最後に断言しておきたいのは、価格競争力の維持・強化は、決して単なる「安売り」を意味するものではないということだ。適切なコスト管理と効率的なオペレーションを確固たる基盤として、地域のニーズに完璧に応える価値提供を実現することこそが、今後の食品小売業における成功の絶対的なカギとなる。ここまで示した羅針盤を参考に、それぞれの企業が独自の航路を開拓し、激動の海を乗り越えていくことを期待する。

佐々木桂一(ささき・けいいち)
●ダイエー入社後、ジェーソン代表取締役として大証ヘラクレス(現ジャスダック)上場、大黒天物産取締役副社長として東証一部上場、富士薬品専務取締役ドラッグストア事業本部長としてグループドラッグストア10社のマネジメントの統合など3000億円突破、業績向上に貢献と一貫して小売業に従事。「インテリジェンス」のあるチェーンストアづくりをめざしている

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