飲食店を開くならなるべく人通りが多い場所に、というのは常識だ。だが比例して家賃や人件費も割高になるため、出店をためらう企業も多い。パンスイーツ「クニャーネ」の専門店『クニャーネの店』はこの課題を、有名店の「看板商品だけ」を提供するスタイルで解消。行列ができる店として今注目されている。
一体どのように、集客とランニングコストのバランスをとっているのか。同ブランドを仕掛ける柳田武博企画(東京都/柳田武博社長)に戦略を聞いた。
小スペースで作れる希少な商材選び
JR有楽町駅から徒歩3分の場所にある『クニャーネの店』。わずか6坪の菓子店に、2021年11月のオープンから行列が絶えない。人気を追い風に、2024年2月にJR吉祥寺駅前に2店舗が、3月には、JR辻堂駅前の商業施設「湘南テラスモール」内に3店舗目が開店した。
クニャーネとは、バターの折り込み生地にクリームを詰めたパンスイーツだ。店舗で焼き上げ、注文後、生クリームを加えたカスタードを注入する「後入れ方式」のため、ザクザクとした食感が損なわれず、発酵生地の香りとバターの風味が口いっぱいに広がる。メニューはノーマルのほかに、生地にチョコとアーモンドをつけた「チョコクニャーネ」と、季節限定で抹茶クリーム入りが登場する。
クニャーネのルーツは京都のベーカリー『たま木亭』にある。店を運営する柳田武博企画が、看板商品であるクニャーネのレシピを借り、名前の使用許可をとって販売しているのだ。
なぜそんなスタイルをとっているのか。
同社社長の柳田武博氏は、元々JR東日本で駅前の商業施設開発を担っていた人物。この時に開発したのが、有名店の看板商品だけを借りる業態だった。
「駅前の商業施設は人通りが多く売上を立てやすいけれど、家賃と人件費がかかる。これを抑えるには、小さな店舗で簡単に作れる商材がよい。それも、できるだけ長く飽きられない、希少性の高い商品であるほどいい。有名店の看板商品なら、その条件が当てはまると考えた」と柳田氏。
同氏がJR時代に成功させた事例が、東京駅構内にあるカレーパンの店『Zopf(ツォップ)』だ。『Zopf』は千葉県の住宅地にある人気ベーカリーで、看板商品はカレーパン。「パン好きの聖地」として知られるが駅からのアクセスが不便で、2軒目の出店もない。『たま木亭』も『Zopf』に匹敵する名店であり、アクセスは、JR京都駅から在来線で30分、さらに徒歩10分。そして、2軒目を出していない。これらの条件から、まさに適材だったのだ。
名前とレシピだけを継ぐ、「シン事業継承」
柳田氏がクニャーネに出会ったのは2018年に遡る。「たま木亭」の玉木シェフがクニャーネを東京で販売できないかと考えているという話が来た。「たま木亭」は、百貨店や商業施設への出店依頼を一切断ってきた、京都の名店である。
十分に可能性があると思った柳田氏は、「納得いただけるクオリティまで試作するし、人も当社で雇って運営するので、名前とレシピだけ貸して欲しい、ロイヤリティは、売上から規定のパーセンテージを支払う」という約束で開発を始めた。
この方法はさまざまなケースで応用できる、と柳田氏は言う。たとえば、ファンがついているけれど跡継ぎがおらず、店を畳んでしまう場合。「店ごとのM&Aや事業継承をしたい」となるとオーナーには抵抗があるが、名前とレシピのみなら受けやすいのではないか。「失われてしまう味を残していくためにも、新しい事業継承のかたちとして広めていきたい」と力を込める。
生地にOKが出るまで、2年間京都へ
だがクニャーネのレシピ再現は、思った以上に簡単ではなかった。まずクニャーネの冷凍生地を作ってくれる工場がみつからない。
製法が難しく、さらに、生地を紐状に切ってホーン型(金属製のパイプ)に巻きつけるのは、手作業なのだ。このような手間のかかるものを、引き受けてくれる工場は、なかなかない。
なんとか生地の工場がみつかったと思ったら、今度はクリームも難題だった。工場で、原材料として卵を使う場合は「液卵」といって、すでに卵を割ってかき混ぜている状態のものを使うが、シェフから「生卵を使って欲しい」と要望があった。だが卵の殻には菌が付着していているから工場側は持ち込みたくない。柳田氏はいろいろと探して、対応してくれる工場を見つけ出した。
生地は工場が決まってからもサンプルを持って2週間に1回、シェフのOKが出るまで2年間京都に通った。クリームも同様で1年かかっている。
「そこまでやってもお客さまには伝わらない微妙な違いかもしれない。だが、あくまで、シェフが考えたレシピを再現することが私のビジネスの根幹」(柳田氏)
コアなファンの発信で行列の店に
数々の苦労を経て完成したクニャーネ。広告は出さず、工事中、店名と開業日、商品写真を記載したポスターを貼るのみ。それでも開店日には、『たま木亭』を知るパン好きと業界人が並び、彼らの発信から自然に「行列の店」となった。
売上は好調で、2月にオープンした吉祥寺店は当初1日2000本で約70万円、現在も1日1600本で約50万円を売り上げる。吉祥寺店の広さは8坪、坪当たり6万円以上売上げている計算だ。購買層は女性が中心で、最も多いのは、「4本入り1400円」の箱入りを手土産に購入する客だという。
店はアルバイトスタッフが運営し、9~14時頃までは生地の焼成、クリームの仕込み、販売を含めて5人。
午後からは販売のみで、3人で回している。現状、店舗には社員として店長がいるが、ほとんどはアルバイト中心で営業している。
今後については 立地を東西南北に距離を離して、希少性を保つためにも、首都圏で、あと3、4店舗を出店したいと考えている。
一方で同氏は、「レシピと名前だけを借りる」スタイルで、新たな業態開発も進めている。柳田氏が次に何を仕掛けるのか、今後の展開にも注目が集まる。