週末を中心に繁華街に出て感じることは、人流の回復です。ようやくコロナ禍から脱し、経済活動が正常化し、街には人手が、そしてインバウンドの旅行客が大幅に増えています。6月末になり、早くも5月末締めの四半期決算の開示が始まっています。中身を紐解くとアパレルや百貨店の堅調な業績回復が確認でき、まずは一安心です。そうした人流回復、インバウンド復活を受けて、最も恩恵を受けた注目すべき企業について、その先行きも含め解説します。まずは小売業全般の足元の状況から確認していきたいと思います。
経済活動正常化が進み、業績に顕在化
インフレ基調がすっかり定着してきていますが、これ自体決してポジティブとは言い切れません。賃金が物価上昇に追随しないとマクロ的には芳しくないといえます。
しかし、地価が安定し株価が高いこと、円安で邦人の海外渡航よりもインバウンドが期待できることなど、さらにはコロナ禍で蓄積された消費ニーズがようやく実現できるようになったことなど、局所的かもしれませんが、明るい材料が続き良い環境に回帰しました。
百貨店のJ.フロントリテイリング、
追い風満帆の百貨店に期待される次のストーリー
一方、主要百貨店の昨年末からの株価の騰落を見ると少し残念な印象も否めません。三越伊勢丹ホールディングスは+2%、J.フロントリテイリング+15%、髙島屋+9%にとどまっており、これだけの追い風を受けていながら、東証株価指数の上昇率+21%を下回っていることは残念です。
三越伊勢丹と髙島屋は2022年に株価がかなり上昇したため、今年は実績が良くても株価の反応が限られているといえます。ただし、ここで取り上げた3社の株価は、2010年代の株価レンジを上抜けているわけではありません。向かい風から追い風に変わった今、新しいストーリーが待たれるところです。
人流回復の恩恵をフルに受けた企業が他にあった!
以上、つらつら能書きを述べましたが、要は百貨店株はそろそろ「売り時」なのか悩ましくなってきたという話です。
そこで小売業とその周辺の企業業績と株価動向を点検し直して気がついたのが、今回テーマにあげる寿スピリッツ(鳥取県)です。正直なところ、ここまで業績が回復するとは思っておらず、マークが甘かったと大いに反省しています。
寿スピリッツの株価は昨年末から2023年6月末までの期間に+36%上昇し、上場来最高値圏にあります。つまり、コロナ禍前のインバウンドブームの際の株価水準をしっかり上抜けて推移しています。また、その株式時価総額は現在3270億円程度で、J.フロントリテイリングと髙島屋をわずかに下回る水準にあり、スシローを運営するFOOD & LIFE COMPANIESやハウス食品グループと同規模になります。同社を見る目が変わった読者の方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
お土産、ギフト用菓子の製造小売、寿スピリッツ
寿スピリッツの概要について述べておきましょう。
寿スピリッツは菓子大手で、お土産・ギフト用の複数の菓子ブランドを運営し、製造・卸売・小売を国内中心に展開しています。創業は古く1952年、上場は1994年です。1968年に製造販売を始めた饅頭「因幡の白うさぎ」で事業の楚を固め、その後、地域地域の特性を活かせる和菓子・洋菓子の製造を目指し全国に展開、さらに他社からのブランドの譲受も行って、現在に至っています。
現在展開するショップブランドは「ザ・メープルマニア」「東京ミルクチーズ工場」「フランセ」「ルタオ」「グラッシェル」「お菓子の壽城」「カノザ」「コンディトライ神戸」「赤い風船」「アイボリッシュ」などになります。
店舗立地についてざっと確認したところ、大都市圏については、JRの駅ビルと空港など集客の良い好立地を積極的におさえている印象で、実際に筆者の利用する駅でも列車の乗り換えの一番良い場所に出店していました。
価格帯については、高すぎる訳ではないものの、ちょっとした贈答用やお土産用には過不足ない品質を適正な価格で販売している印象です。ただしこれは私見ですので異論もあることでしょう。
以上のように、集客が容易な好立地に、贈答用ないしお土産用として見れば過不足ない品質の製品を取り揃えており、さらに消費者としては「買って」「持ち歩く」という面倒さが、駅の乗り換え場所などでサクッと買って済ませられるという意味で最小限になります。このような非価格面でのメリットがあるため、逆に価格設定には自由度が広がっているはずです。この結果、原材料や人件費などが上昇しても、適切な製造管理と比較的自由な売価設定を活かして着実に利益を出すことができることになります。さらに、この結果、立地を提供する鉄道や空港にとっても賃貸坪効率の向上につなげられることになります。
こうしたビジネスモデルの特性を下敷きに、人流の正常化の追い風が吹いたことが株価を上昇させている、このように現状を解釈できます。
寿スピリッツ、株価快進撃の要因は?
数値を確認しておくと、2023年3月の売上高は501億円(前年度比+55%増)、経常利益102億円(同+252%増)、親会社株主に帰属する当期純利益70億円(同+266%増)で、2020年3月期を上回りいずれも過去最高になりました。2024年3月期の会社予想も売上高558億円、経常利益117億円、親会社株主に帰属する当期純利益78億円とされており、最高益更新が期待されています。
さらに注目したいのが収益性です。2023年3月期の売上高営業利益率は19.8%で日本の上場食品企業の中でも傑出した利益率を出しています。自己資本比率が71%で財務安全性が高く、しかも自己資本当期純利益率は29%と海外企業並みの資本効率です。しかもキャッシュフローが潤沢でフリーキャッシュフローを生み出やすい体質です。
この種の事業にはどうしても流行り廃りの影響を考えざるを得ませんが、ブランドポートフォリオがこれまで拡充されてきたことも軽視できません。これだけの収益性であれば、株式市場はさらに目を向けざるを得ないでしょう。ワークマンがワークマンプラスなどカジュアル展開を進めて脚光を浴びた時に似た印象を筆者は感じざるを得ません。
今回寿スピリッツをご紹介しながら立地の重要性、ポテンシャルを再認識しました。特にJRはリモートワークの定着で定期券及び出張需要の完全回復を期待することが難しくなり、少なくなった旅客者の一人当たり収益を運賃以外で最大化することが必須です。エキナカ、駅ビルの強化がさらに進むとなれば、駅外にある百貨店などは一層の対策が必要になると思われます。百貨店にはこれをして欲しいという個人的なお願いがあるのですが、その話はまたいずれさせていただきたいと思います。
プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、