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10年で時価総額を10倍以上にした小売業と大きく減らした小売業とは

企業の価値は何で決まるのか……最も客観的なものさしとしてアナリストや経済メディアが利用しているのが「時価総額」だ。今回はその時価総額を10倍以上に増やした小売業と下落した小売業を点検してみたいと思う。

MicroStockHub/istock

時価総額とは

 冒頭で「企業の価値」という言葉を使ったが、正確には「時価総額」は「企業価値」そのものを表すわけではない。企業価値は、株主資本の価値である「時価総額」と負債価値の2つを足したもので、時価総額は企業価値の一部にすぎないからだ。時価総額は、企業価値のうちの、株主全体から見た価値ということになる。

 そう考えると、有利子負債の額を考慮しなければいけないものの、基本的には時価総額が大きいほどその会社の企業価値は高いといえるわけだ。そして、時価総額は、株価×発行済み株式総数で計算されるため、投資家によるその企業に対する評価が時価総額に反映されていると考えられている。

  さて、23317日終値ベースの世界ランキングのトップ3はアップル、マイクロソフト、サウジアラムコと、GAFAMの一角を占めるITグローバル企業や原油高騰で潤うアラブ資本が並ぶ。日本のトップ3も、トヨタ・NTT・ソニーとエクセレント企業が並ぶ。

  今回の記事では小売業界に的を絞り、10倍以上に時価総額を伸ばした企業、逆に減らした企業について、ビジネスモデルや創業者の実像・経営ビジョンを掘り下げ、小売ビジネスにおける成功・失敗の本質を考察したい。

平均で2.8倍…この10年間で順調に時価総額を伸ばした小売業界

  この10年間、小売業界は順調に時価総額を伸ばしてきた。東京証券取引所が公表している業種別TOPIX株価指数によると、小売業は約2.8倍に増加している。

 理由は、好調な相場環境だ。

 およそ10年前、長期にわたる経済低迷に東日本大震災のダメージが加わり、日経平均株価はバブル崩壊後最低の水準まで落ち込んでいた。転機は201212月の第2次安倍政権誕生だ。日銀による未曽有の金融緩和もあり、日経平均株価は1万円割れの水準から急上昇、本稿執筆(23年3月)時点では2万円7000強と3倍近い水準まで上昇している。つまり直近10年間で、相場には強い追い風が吹いていたわけだ。

 この間において、小売業界全体が好調だったわけではない。経産省の統計によると、小売業売上高は2022年時点で154兆円と、2012年対比で12%しか伸びていない。

 小売のパイが大きくならないのに上場企業の時価総額が膨れ上がったのは、企業間における優勝劣敗がよりはっきりし、強い企業がますます成長する一方で弱い企業が縮小、あるいは淘汰されたからだ。

10年間で10倍以上に伸ばした企業のビジネスモデルとは

 まず、この10年間で時価総額を10倍以上に伸ばした企業について取り上げる。

 目立つのはドラッグストア業界だ。業界トップのウエルシアホールディングス(東京都/松本忠久)は、10年前には490億円にすぎなかった時価総額を直近では12倍相当の6128億円にまで伸ばしている。参考値だが、株価がピークだった212月期には、14倍相当の7083億円に達した。

  ドラッグストアは、小売業界の中でも異例に成長している業態だ。統計を取り始めた2014年には4.9兆円だった販売額が、2022年には1.5倍となる7.7兆円に増えた。なお店舗数は10年間で17000店から2万店への増加にとどまっているので、店舗の大型化などに伴い1店舗当たり売上高も増えていることがわかる。一方で企業数は、525社から400社に減少している。上位企業へのM&Aが進んだのだ。

  そのドラッグストアの中でも、ウエルシアの躍進ぶりは著しい。同HDの発足は2008年、当時の売上高ランキングでは業界6位で、売上高も1900億円とマツモトキヨシの半分程度にすぎなかった。その後は寺島薬局・イレブンを皮切りに次々と買収を繰り返し、2022年度には1兆円の大台に乗せた。市場シェアも1社で12%に達する。

 もちろんやみくもに実行したのではなく、自社が弱いエリアを買収によりカバーしてきたからこそ、ウエルシアはここまで成長できたのだ。

 圧倒的なシェアを握れば、商圏全体を面で抑えることもたやすくなる。サプライヤーに対する発言力も強まる。だからこそ投資家も、寡占企業としてのウエルシアを高く評価したのだ。

 その他小売業界では、クスリのアオキ(ドラッグストア)、MonotaRO(工業用間接資材EC)などが時価総額10倍を達成した。

 なお、業務スーパーなどを展開する神戸物産は、業種分類では卸売業に分類されるためここでは参考数値とするが、その時価総額はこの10年で50倍以上に膨れ上がっている。

この10年で時価総額が減少した企業に共通すること

 次に、この10年間で時価総額が落ち込んだ企業について取り上げる。相場が相場だけに数が少ないが、業種によってバラツキがみられる。

  ユナイテッドアローズの時価総額は、10年間で7割(743億円→519億円)にまで落ち込んだ。ピーク時(2016年3月期:1406億円)と比較すると、1/3の水準だ。コロナ禍で売上高はダウンしたが、10年前と比べれば売上はむしろ上回っている(1021億円→1184億円)。落ち込んだのは、利益だ。かつて2ケタに乗せていた売上高営業利益率は1.42%にまで低下、純利益の絶対額も50億円から7億円まで落ち込んだ。手厚かった一株当たり配当も53円から19円と急減、投資家が離れていくのも無理はない。

  その他、青山商事(紳士服)、タカキュー(カジュアル衣料)、オンワードHD(衣料全般)など、アパレル関係で時価総額割れが目立つ。

  今までシェア争いに終始してきた流通業界も、時価総額を意識した株主還元や利益率重視の経営にシフトしてきた。次はどこが時価総額を伸ばしてくるのか、注目したい。