岸田政権が誕生し、「新しい資本主義」が提唱されている。株式会社について言えば、行き過ぎた「株主重視」があればこれを変更することが主眼となる模様だ。さらに、株主以外のステークホルダーにもたらす価値を加味した新しい企業評価の基準を考案することも検討されているという。今回、この「新しい資本主義」によって、企業評価の基準が変わる可能性と、変わるとすればどのように変わるのかについて、「新しい資本主義時代の雛形」となり得るイオンを例に、考えていきたい。
「新しい資本主義」が政治の表舞台に
これまで多くの株式会社は、株主重視の姿勢を崩さないまま、ステークホルダーへの価値提供やSDGsへの対応を進めてきました。これは小売業も例外ではありません。ファーストリテイリングや良品計画を見るまでもなく、事業拡大と資本効率の維持改善を図りながら、従業員・サプライチェーン・環境などの問題に前向きに取り組み、それを顧客にも価値として認識してもらうことで事業基盤のいっそうの強化につなげている企業は少なくありません。
そして、率直な印象を言えば、「儲かる企業ほどステークホルダー対応も深い」と思います。
では、株主重視のみならず、ステークホルダー重視をも既に推進してきた企業が「新しい資本主義」のもとで行動様式を変える必要が生まれるのか、株主へのリターンを犠牲にする一歩が求められていくのか―― これが資本市場から見た「新しい資本主義」に対する第一の問いかけになります。
筆者はその可能性は低いと考えます。いき過ぎたステークホルダー軽視は問題ですが、それは例外的ではないでしょうか。公的年金やNISA、iDeCoを通じて、多くの個人資産が株式に回り、アベノミクス来の株高の恩恵を受けている以上、株価を大幅に押し下げるような激変は政権の強い逆風になると考えるからです。
筆者の関心は別にあります。ステークホルダーへの価値提供に力を入れているものの、株主価値の創出については今ひとつの企業が、「新しい資本主義」をきっかけに評価が改められるのか、というものです。今回はこの点について、「新しい資本主義時代の企業評価の雛形」と筆者が考えるイオンを例に検討していきたいと思います。
イオンはこれまでの株主資本主義のもとでは最優等生ではなかった
イオンは時価総額が約2.3兆円(11月2日終値ベース)を誇り、小売業の時価総額順位はファーストリテイリング、セブン&アイホールディングス、ニトリホールディングスにつぐ第4位の有力企業です。
その株価の評価は当然低くはありませんが、トップクラスとも言えません。
例えば、株価純資産倍率(PBR)。2.3倍で小売企業株式時価総額トップ20社単純平均である5.5倍を下回っています。
例えば、自己資本当期純利益率(ROE)。2012年2月期から2021年2月期までの推移は、7.3%→7.6%→4.2%→3.6%→0.5%→1.0%→2.1%→2.1%→2.5%→-7.0%でした。いわゆる第一次伊藤レポートが2014年に発表され、上場企業のROEの目線として8%が定着してからずいぶん経ちますが、過去10年間のイオンの資本効率は残念ながらこの水準を満たすことはなく、むしろ低下傾向にあります。
一般投資家に「この水準の資本効率が続くのではあれば、PBR2.3倍を維持するのは難しいのではないか」とみなされても不思議はありません。
「新しい資本主義」のもとでイオンは再評価される!?
実は筆者も長年上記のようにイオンを見てきました。
しかし、ステークホルダー重視の昨今の「新しい資本主義」論を眺めて少し考えが変わりつつあります。
例えば、私の家族は数年来のイオンの個人株主で、短期的な株価動向には関心が低く、配当と株主優待のキャッシュバックを楽しみに、週に何度かイオン系列の店舗でショッピングをしています。私も同行しますが、品揃え・品質・価格には概ね満足していますし(品質は数年前に比べて良くなったと感じます)、サステナブルな取り組みで仕上がった商品を納得して購入しています。
つまり生活者目線に立つとイオンにはお世話になっている、もっと頑張って欲しいというのが率直な印象です。
生協に期待する組合員と同質の期待をイオンにも抱いていると言えます。
資本効率はほどほどでも、社会に多面的に貢献する株式会社が上場していてもいいのではないか。資本市場は、資本効率とガバナンスで企業をがんじがらめにするのではなく、上場する株式会社の多様性を積極的に認めてもいいのではないか–– そう考えるようになりました。
イオンは個人株主が73.8万人に上り、所有割合は全体の31%を超えており、一般的な上場企業と比べて異質の株主構成です。この点も、生協に近い存在だと思います。
イオンが「新しい株式会社」の雛形になるために必要な4要件
「新しい資本主義」論が台頭し、「新しい株式会社」のあり方を考える機会が生まれています。
そうした中でイオンは、資本効率は不十分ながらステークホルダーに一定の貢献をし、社会の公器としての役割を果たしています。そうした上場株式会社を積極的に評価するきっかけが生まれるような気がしてなりません。
では、イオンが「新しい株式会社」の雛形になるために必要な要件は何でしょうか。筆者は以下の4つだと考えています。
- 上場株式企業として最低限コミットすべき売上高利益率、資産効率、資本効率を明示する
- 上記のコミットが達成できない場合、資産・投資の見直しを着実に行う
- 上記のコミットを超過達成する場合、余剰利益を誰にどう配分するのかステークホルダーごとに基準を示して明示化する
- 上記の余剰の配分の成果を将来の財務的な収益に結びつけ、その橋渡しとなるKPIを明示する
どんなに素晴らしい活動をしている企業であっても収益が悪化すればそうした活動の継続が難しくなるだけではなく事業の存続も難しくなります。イオンの場合、親子上場の問題やキャッシュフローのあり方、低採算部門の温存といった課題を抱えていますので、資本効率による規律強化は不可欠です。したがって、まずはROE8%を現在のイオンに求めることは望みませんが、例えば3年平均で6%にはコミットする必要はあるはずです(現在の中期計画の着地である2025年にROE7%以上と設定されています)。
その上で、余剰の利益があれば投資と配当と他のステークホルダーへの配分を行い、配分から期待される成果をKPIとして記録していくというのであれば、イオンに生協的期待を持つ株主は納得・安心すると考えます。
「新しい資本主義」論をきっかけに、上場株式会社の多様性を認める、生かす枠組みの議論が進むと良いのではないでしょうか。