日本のメーカーや製造工場はいまなお、世界有数の技術を持っている。それを上手に活用すれば、日本の小売業は圧倒的な差別化が可能なはずなのに、それができていない。むしろその技術を破壊してしまっている。技術を使いこなせない小売業、その構造問題を明らかにしたい。
繊維から陶器まで 何にでもプリントできる工場
今年、私は二社の日本の工場を訪ね、素晴らしい技術に触れた。一つは、イメージ・マジックというプリント技術を持つ、世界のトップメゾンLVMHグループに認められた、日本の隠れた宝ともいえる工場だ。(社名:イメージ・マジック、https://originalprint.jp)。
この工場が持つプリント技術は、繊維のような柔らかいものから陶器のような固形物に至るまで、あらゆる個体にプリントすることができるというものだ。それこそ、アパレル製品だけでなく、マグカップからシャープペンシル、そして、革製品に至るまでプリントが可能だ。
そこに「セル方式」(一つの生産フローで製造が完結する手法)とマス・プロ(大量生産)を組み合わせた独自生産技術によって、BtoBの大ロットオーダーから、消費者ニーズであるパーソナル・オーダーまで対応。コロナ不況の中でも国内工場を拡張し、現在は新工場を国内に建設中という、奇跡の工場だ。僭越にも、当時、パーソナルオーダー時代の到来をあちこちのメディアで書いていた私に白羽の矢が立ち、ご招待を受け工場をお邪魔し、その技術と戦略に腰を抜かしたのが今年の1月のことだ。
無限の可能性をもったRFIDとIoTがセットになると
同様に、私が定期的に行っているシークレット講演(私は定期的に若手経営者を集め、世界の、そして、アパレル産業の見方を討議している)に参加されたナクシス(https://naxis.net)の中村待朋社長にご招待を受け、そこで、再び度肝を抜かれる技術力に出会った。
本論考執筆の1日前、つまり9月25日のことだ。Amazonの書評では、評価が二分化されている私だが、中には中村社長のように私のダイヤモンド・リテイルメディア・オンラインの論考をスクラップし全社員に回覧している経営者に時々巡り会える幸運な時がある。そんな方々との出会いを大事にし、小さくともうねりを作り、日本の産業界に貢献できればという思いで千駄ヶ谷本社に向かった。
詳細は企業秘密もあり割愛するが、昨今のサステナブル潮流から、さまざまな原材料や廃棄物をリサイクルした付属品、また、独自技術をつかった真空パックによる積載率向上に寄与するための袋など、そこにはアイデアの塊のような商品が山のように積まれていた。
私が最も驚いたのは、Iot (Internet of things すべてのもの、業務がネットで繋がるというコンセプト)とセットで語られるRFID技術である。ご存知のとおりRFIDは、ICタグ情報を非接触で読み取る自動認識技術。私が提唱する「デジタルSPA」の中核をなす技術で、絶対単品管理のためにInlay(インレイ)というアンテナに埋め込まれたチップにさまざまな情報を記憶させ、今まで不可能だった細かな管理を可能たらしめる技術だ。
しかし、このままではRFID技術は、残念ながら在庫管理にしか使われることはないだろう。そこには「商品」×「顧客」の組み合わせという当たり前の発想が、小売側にないからである。
どういうことか?
事業の定義は「商品」 × 「顧客」のかけあわせ
ビジネススクールで習う「いろはのい」とは、事業の定義である。事業とは、「商品」×「顧客」の組み合わせのことだ。平たく言えば、「誰に何を売るか」ということなのだが、驚くことに、このような基礎的なことさえ理解していない人が多い。聞けば、その人は有名なビジネススクールを出たというのだから、現場に出ない「座学」に疑問を感じるときがある。
こうした基礎が分かっていれば当然、「商品」側が絶対単品ならば、「顧客」側も絶対個人(=「個」客)という、“つりあい”を考える。特に今後EC化率が高まれば、企業にはビッグデータがあり、その中には絶対個人の情報が山のようにある。ましてや今はECと同じように、店舗内でもカメラ設置によるファネル分析(入店からお買い物に至る一連のプロセスの分析。ECでは常識)が可能だ。つまり、私が「マーケティングという概念が消え、デジタル・マーケティングの終着駅は絶対単品と絶対個人の掛け合わせである」という発想は、ここからでてくるわけだ。
しかし、実際はどうか?
マーチャンダイジングを教えている先生の中には30年前の教科書を未だに使い、某神戸の名門アパレルでさえ使わなくなった隠語である「たこやき」(たこやきの鋳型に商品を入れ込むがごとく、体系化されたMD計画の仕組みである)などという言葉を自慢げに生徒に教えている人もいると聞く。
昔の教科書では、マーチャンダイジングとは、ざっくりとした商品調達計画をつくることだ。そこには「個客」という概念どころか「顧客」という概念さえ存在しない。当然、絶対単品など無きに等しく、過去の商品動向分析も「人間が管理できるレベルの大括りな業務」を今でもやっているわけだから、数万というSKUは絶対単品とはほど遠い。計画がこのレベルだから「絶対単品管理を可能にする技術」を導入することなど不可能だろうし、発想もない。だから、RFIDという神の領域に近づける技術も、所詮は棚卸しにしか使えない。
私が、講演でこうした話をしたとき、びっくりするような反論を投げてくる人が後を絶たない。曰く、「顧客を中心にマーチャンダイジングを組めば、アパレルブランドが同質化するではないか」という反論だ。
この人の頭の中には、ボタンを押せば、自動的にシステムがマーチャンダイジング計画をすべて組み立ててくれるという暗黙的常識がある。論理的な人なら、「ならば、顧客が何を買っているのかという動向を可視化しなければ、差別化されるのか」と聞くだろうが、そうしたディベート能力もない。
1)世の中で流行っているものが分かっていて、それをもとに自分たちで判断するのと、
2)何が流行っているのか「大御所」と呼ばれる「先生」の感覚に頼るのと、
どちらが合理的かという問いを投げているだけなのだ。
デジタル技術を使えば、顧客の動き、世の中の動きが客観的に可視化される。その可視化された客観情報を使って、煮るなり焼くなり好きなようにすればよいのだ。場合によっては、世の中と逆の方向にあえての戦略としてブランドの方向性を振り切ることだって可能だ。それこそブランド戦略なのである。
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メーカーの技術を応用して
差別化を実現するのが小売業の役目
次に言いたいことは、私が実務をやっていた20年前と全く変わらぬことが今でも繰り返されているという驚くべき実態だ。それが展示会のやりとりである。
メーカーが展示会を開催し、アパレル、リテーラーが訪問する。そこで、メーカー側が一通り説明すると、それを受けてアパレル、リテーラーが「このボタンを押すとどうなるのですか?」(あえて、分かりやすく単純化したことをお許し頂きたい)と尋ね、それだけで「使える」「使えない」をリテーラー側は判断している。
よく考えてもらいたい。メーカーは「ものづくりのプロ」だ。そこにあるのは、その企業しか持ち得ない中核技術であり基礎技術である。モノが売れて仕方なかったバブル前の時代ならいざ知らず、モノが売れず、マーケットが細分化された今、顧客と最も接点を持ち顧客の動きや変化を最も知っているのは小売業ではないか?
ならば、正しい対話とは、メーカーが基礎技術と単純化された構造を開示し、例えばこういうことができるということを説明する。それを見て、アパレル・リテーラーが「その技術であれば、こうした応用が可能なのではないか」と問いかけることだろう。
しかし、20年以上経った今でも、手法は何も変わっていない。小売業は展示会巡りをしながら、「使える」「使えない」を繰り返している。本来、「応用技術」で差別化するためのプロセスとは、アパレル・リテーラー側が、顧客動向を見て発想を展開させ、メーカー側が収束させる共同作業で行われるべきだ。
私は、20年以上前にイタリアの工場である光景を目にした。工場内に独自のlabo(研究所)を持ち、製造業とは最も遠いところにいる「デザイナー」と試紡機(テストで小ロットのサンプルをつくる機械)を使って、ああだ、こうだと、スワッチ(編み地)を見ながらやりとりを繰り広げていたのである。
しかし、日本のアパレル・リテーラーは、こうした発想さえもたず、展示会からの岐路で、「あれじゃ、使えないな」など、ひそひそ話で会話をする。基礎技術から差別化の応用技術へと昇華させる「夢と希望でワクワクするような」リテーラーにはなかなかお目にかかれない。
発想豊かな世界のトップメゾンは、応用力の塊だ。日本人が気づかない活用法やブランディングを構想し、ブランドを創り自社の差別化を考える。競争相手と同じことをすることは死を意味すると彼らはよくわかっているからだ。日本の小売業の方達よ、もっと技術の本質的なところに目を配り、顧客と市場から応用力を考えて頂きたい。それこそ、あなたたちの仕事である。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)