計算式不要!アパレル の資金繰りを助けるOTBの使い方実践講座

河合 拓
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OTBによる動態的制御

 業績が悪化したアパレル企業の実態は、十中八・九がこうして生まれた余剰在庫が資産の流動性をなくし、現金を減少させて行きキャッシュフローを悪化させる。さらに、財務に弱いアパレルは「商社に抜かれているせいだ」と、頓珍漢な論理を振りかざして直貿を増やし、前述の如く、キャッシュフローのキャッシュ・アウトが仕入時点から発注時点となり、キャッシュフローがいっそう悪化する酷いケースになると、「売上でカバーしてやれ」と、出店を繰り返す、あるいは、「デジタルの魔法の杖の一振りで起死回生だ」と、デジタルに投資する。当たり前だが、出店やデジタルというのは初期投資が重く、回収までに一定の期間が掛かる。つまり、トータルの損益はプラスであっても、キャッシュフロー・ネガティブは拡大する一方となり現金が回らなくなるのだ。

  本来、在庫により資産の流動性が奪われた企業がすべきことは、資産の換金率を高めることだ。その資産(在庫)が鮮度品であればあるほど、早い段階で現金化すべきなのだ。例えPLが赤字になっても、流動資産があれば企業は潰れない。しかし、資産の流動性が低くなる(売れない在庫が溜まる、出店、デジタル投資など初期投資がかさむものに手を出す)と、企業は黒字でも倒産する。ファイナンスに詳しい人は、「なにを幼稚なことをいっているのだ」というかもしれないが、アパレルが破綻する原因は、まず間違いなくこれが原因である。これを天気とトレンドのせいにし、また、アナリストは企業分析にそれを書く。全く滑稽な話だが、これがリアルな現実だ。

  こうしたMDの身勝手な売上達成のオペレーションを制御するのがOTBである。OTBとは、売上計画が未達の時、売れ残った在庫をいち早く換金させるため、売上計画はそのままにして、仕入れを止める(MDが仕入れをできないようにする)仕掛けなのである。まさに、水道の蛇口のように、ぎゅっと仕入の枠を絞りMDの仕入れを止めるのだ。私も、商社マン時代、アパレルに「河合さん、あと一週間納品をずらしてくれません?」と幾度も頼まれたことがある。ようは、そのアパレルは、OTBによって当月仕入れができなくなっているのである。

  勘の良い人は、セールシーズンでもないのに、どうやって売れ残った在庫を換金するのだ、と思うだろう。しかし、私からいわせれば、なぜ、アパレル業界は口裏を合わせたように一斉にセールをやらねばならないのか、と聞き返したい。結局、百貨店やSC(ショッピングセンター)などが、セールを行うシーズンにあわせている名残なのだろう。

 しかし、今は、SPA(製造小売業)の時代だ。SPAとは、売場と作り場を一つのブランドが持つことをいう。自分の売場なら、自分の好きなようにやればよい。実際、ユニクロは毎週末に値段を下げて売れ残った商品をできるだけ早く換金しているではないか。

  夏のボーナス狙いで8月、冬のボーナスとお年玉狙いで1月に、大セールを業界をあげ一斉に行うことは、日本の文化と密接な関係があることは否定しないが時代遅れだ。グローバルSPAが日本市場に参入してきた今、とにかく、早く換金しなければ、売れない商品はテコでも動かない。理由は、消費者のクローゼットは服で満タンになっているからだ。 

販売はアクセル、OTBとはブレーキ、ハンドルはQR

 OTBの本質を理解するためには、クルマの運転を思い出せば良い。企業は、商社経由、あるいは、直貿で商品を仕入れる。仕入れた在庫は営業活動によって売られるのだが、これがアクセルだ。しかし、50%程度しか売れなかった(プロパー消化率50%)ため、このまま計画通り仕入れを行えば、余剰在庫によって企業は危険水域に入る。このとき、システムをロックし、新規の仕入を止め、「まずは、残っている玉をなんとかしろ」という制御をするのがOTBなのだ。だから、OTBとは、動態的仕入れ制御機能(その時の状況によって、水道の蛇口を開け閉めする)なのであり、多くの説明にあるような静態的仕入れ計画(数式)のことではない。成熟経済か、一部の勝ち組企業以外は、OTBブレーキ役を果たすわけだ。また、一寸先は闇の中、競合がひしめく競争環境下で仕入を細かく刻み、可能な限り商品計画の変更に自由度を持たせるQR (Quick response)は、ハンドル役といえるだろう。店舗やECよる販売、OTBによる仕入制御、QRによる計画変更の柔軟性の三つが揃い、企業はカーブが多い山道を安全に運転することができるのである。

  私は、仕入れ最小化、売上最大化、利益最大化をするための動態的制御をExcelをつかって、何度もつくった経験があり、業績が悪化しているMDに、「まずは、私のExcelをつかってMD計画と仕入れ、販売をやってください」という。時に、MD本人の中で、Excelワークが得意な人間がいたら、彼ら、彼女らに、私がロジックを語って作らせる。Excelをつかって自分たちでロジックを組むと、例えば売上計画については、仕入から正規上代販売見合いに、プロパー消化率を掛ける(例えば、自社のP消化率が50%だった場合、そもそもの投入計画は理論上2倍にならねばならない)など、リアルな実態から数式をどんどん自己学習し「河合さん、そういうことなんですね」と理解するわけだ。こういうことはどこにも書かれていない。そして、彼ら、彼女らをエバンジェリストとして、現場の生産担当者を集め、彼ら自身にMDの考え方を語らせる。企業は独特の「あうん」と隠語があるため、彼ら自身に語らせるのが最も伝わるのだ。

  どうだろう。OTBの説明として、「期初在庫 + …」という公式を期待していた方達に、あえて、OTBの原理、原則を語ってみた。薄っぺらい公式を覚えても企業のオペレーションは何も変わらない。物事には、必ず「原理、原則」というものがある。アパレル事業に携わる人達は、この原理・原則まで遡らず、薄っぺらいところだけを覚えて分かった気になっている。だから、競争環境が変化すると一気に「暗記ビジネス」が露呈し、応用が利かなくなり、「天気が」とか「トレンドが」とかいって、お茶を濁すのだ。

  無駄な公式を覚える暇があれば、このような原理・原則をまず理解し、自らExcelをつかってOTBの仕組みをつくってみてはいかがだろうか。

 

 

プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)

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