時代に適合した価値を生み出し確実に収益をあげるエバラ食品工業(神奈川県)。主力商品である焼肉のたれ「黄金の味」はもちろん、小容量・個食ニーズに対応したポーション調味料も売上を伸ばしている。創立60周年に向けた5カ年の経営ビジョン「Evolution 60」を掲げる同社の成長戦略について宮崎遵社長に聞いた。
家庭に焼肉を定着させた新調味料「焼肉のたれ」
──看板商品である「焼肉のたれ」の開発のきっかけを教えてください。
宮崎 当社は、業務用のソースやケチャップ、ラーメンスープなどを製造・販売する会社として1958年に創業しました。高度経済成長期を迎えた60年代後半頃より、焼肉が外食として人気を集めるようになったことから、創業者である森村國夫が「焼肉を家庭に持ち込めないか」と考え、「焼肉のたれ」を生み出しました。開発にあたり、森村はお客さまに喜ばれる味を求めて、東京・横浜を中心に何十軒もの焼肉店を試食して回ったといいます。試行錯誤の末ついに、肉になじむ醤油ベースの「焼肉のたれ」が完成し、68年に発売しました。
──発売以来、「焼肉のたれ」が順調に売上を伸ばしてきた要因は何ですか。
宮崎 4つのポイントが挙げられます。まず、ホットプレートの登場と普及です。これによって、ご家庭でも手軽に焼肉が楽しめるようになりました。
2つめは、食品スーパー(SM) さまと総合スーパー(GMS)さまの台頭と広域化です。当初、精肉店の店頭で「焼肉のたれ」を発売していましたが、試食販売を積極的に行ったことで評判を呼び、発売翌年の69年にはSMの店頭にも並ぶようになりました。その後、SM とGMSが全国的に広がるにつれ、「焼肉のたれ」の販路も拡大していったのです。
3つめは、「焼肉のたれ」にはエリア性があまりなかったことです。醤油や味噌といった基本調味料にはその土地ならではの味があるため、エリアごとの対応が必要になってきます。しかし、「焼肉」をはじめとする戦後生まれのメニューには、そうした地域性はほとんどないため、全国拡大が比較的容易だったのです。
4つめは、牛肉の普及です。70年代から牛肉の普及が進み、その後も輸入自由化によって価格の安い輸入牛肉が多く出回るようになりました。その結果、焼肉は家庭料理として定着していき、焼肉のたれのニーズも高まりました。
つまり、時代の流れが追い風になったということでしょう。また、テレビCMを集中投下し、一気に認知拡大を図るという施策も後押ししたと言えます。
──主力商品である「黄金の味」は、どのようにして誕生したのですか。
宮崎 「焼肉のたれ」の発売によって、焼肉のたれ市場は急速に拡大し、調味料メーカーが次々と参入してきました。当社の「焼肉のたれ」は圧倒的なシェアを誇っていましたが、全国的に見ると西日本では苦戦を強いられていました。というのも、「焼肉のたれ」はどちらかというと豚肉に合う醤油ベースの味だったため、古くから牛肉文化があり、甘めの味わいを好む西日本ではなかなか受け入れられなかったのです。
そこで78年に開発されたのが、リンゴ・モモ・ウメの3種のフルーツをベースにした「黄金の味」です。果物を使うことで、さわやかな甘さはもちろん、肉との絡みがよい“とろみ”も生まれました。「焼肉のたれ」に比べて高価格だったにもかかわらず、「食」の高級化を迎えた消費者ニーズに合致し、ねらいどおり西日本でも大ヒット商品になりました。その後、東日本にもエリア拡大し、当社の発展を支える基幹商品へと成長しました。
──焼肉のたれ以外にも、さまざまな調味料を発売しています。
宮崎 焼肉のたれのイメージが強い当社ですが、実は鍋まわりの商品の売上も大きな割合を占めています。すき焼きやしゃぶしゃぶ、キムチ鍋などの調味料ですね。「すき焼のたれ」は「焼肉のたれ」を発売した翌年、69年に発売しました。当時、家庭のすき焼きといえば、砂糖・醤油・みりんで味付けするのが一般的で、家ごとに「わが家の味」があったことから、発売当初はなかなか売れ行きが伸びませんでした。
しかし、80年代後半からすき焼き以外にも使えることを訴求し、肉じゃがなどのメニュー提案をしたところ、需要が拡大し、秋・冬の季節商品から年間商品へと変わりました。働く女性が増え、調理の時短・簡便化が進む現在では、和風万能調味料として幅広くお使いいただいております。
たれの進化に着手し「黄金の味」をリニューアル
──2017年3月期業績は2期連続で増収増益でした。好調の要因は何ですか。
宮崎 1つは、昨今の精肉需要の高まりが挙げられます。2000年代にBSE(牛海綿状脳症)問題の影響もあって一時的に需要が停滞し、当社も踊り場のような状況を経験しましたが、10年代に入ると、赤身肉の人気が高まり、肉ブームが到来しました。現在も好調に拡大しています。熟成肉やかたまり肉といった新しい食べ方が注目されるようになり、家庭や外食、バーベキューなどさまざまな場面で肉を楽しむ機会が増えました。それに比例して、たれの需要も高まっています。
もう1つは、「プチッと鍋」に代表されるポーション調味料の成功です。当社の女性開発担当者の発案で商品化したものです。13年の発売初年度に売上高約9億円を記録するヒット商品となり、それから4年で30億円を超えるまで急成長しています。
──「プチッと」シリーズが大ヒットした要因をどのように見ていますか。
宮崎 「調味料は容器・容量でイノベーションする」といいますが、まさにそれを具現化したのが「プチッと」シリーズです。調味料を1人前のポーションに入れることで、新しい価値を提案したと自負しています。
興味深い調査結果があるのですが、パウチタイプの鍋の素は週末によく売れる一方で、「プチッと鍋」シリーズは月曜や火曜など平日に売上が伸びるそうです。おそらく味噌汁がわりの具だくさんスープやおかず鍋として利用したり、個食・使いきりニーズの高い食卓で使用されたりしているのでしょう。この背景には、ライフスタイルの変化や単身世帯の増加などがあります。「プチッと」シリーズが成功したのは、こうした時代の変化にいち早く対応した商品だったからだと思います。
今、社会は大きく変わりつつあります。超高齢化、世帯人数の減少、共働き世帯の増加、人口減、社会の成熟化によるお客さまニーズの多様化という5つの社会変化に対して、もはや小手先の商品政策では対応しきれなくなっています。会社自体を抜本的に革新していかなくてはなりません。そうした考えから、5カ年の経営ビジョン「Evolution 60」を策定しました。
──「Evolution 60」について具体的に教えてください。
宮崎 創立60周年に向けた中長期戦略で、15年3月期からスタートしました。基本とする戦略方針は「エバラブランドの価値向上」と、当社にしかできないことを積み上げてトップポジションを確立する「ニッチ&トップポジションの確立」と定め、「たれの進化」と「コミュニケーションの進化」を経営の軸としています。これにより、国内市場での安定的収益と海外市場での成長基盤の確保を図ることで、継続的な成長の実現をめざします。
「Evolution 60」第2ステージの1年目である17年3月期は増収増益となりました。これまで積み重ねてきた施策が着実に結実していることを実感しています。
──18年3月期は、どのような施策に力をいれますか。
宮崎 たれを進化させることに大きく踏み出します。その最たるものが「黄金の味」の刷新です。年間出荷本数約4000万本という焼肉のたれのトップブランドですが、当社が調べたところ、ユーザーの満足度は非常に高いものの、まだ7割以上のご家庭でお使いいただけていないことがわかりました。
そこで、ご愛顧をいただいている味のベースは大きく変えずに、主原料の製法、容器・容量・デザインを含めて、さまざまな角度から見直しを図りました。発売以来初の大幅リニューアルで、開発期間は2年にも及びました。今回進化した点は4つあります。まず、「黄金の味」のおいしさのポイントであるフルーツピューレを、新製法によって、コクととろみをこれまで以上に実感できるようにしました。主原料であるリンゴはすべて国産品に変更し、生産工程を見直したのです。
次に、「甘口」「中辛」「辛口」の特徴を明確にしました。味にはっきりと差をつけたことで、使用シーンはさらに広がると思われます。
そして、多様化するライフスタイルやニーズに対応するため、個食タイプから大容量までラインアップを拡充しました。また、新開発のペットボトル容器を採用したことで、従来品より軽量化を実現しました。これによりお客さまが使いやすくなると同時に、店頭で商品を陳列している方の負担軽減にもつながるはずです。
さらに、「果実がたっぷり使われているフルーツベースの焼肉のたれ」という魅力をアピールするために、フルーツのイラストを入れたパッケージデザインに一新しました。また、ユニバーサルデザインフォントを採用し、より見やすく、わかりやすい表示へと変更しました。
新しく生まれ変わった「黄金の味」は7月10日より発売しておりますが、これこそが「Evolution 60」の目標である安定的な収益基盤強化への確かな道筋であると確信しています。
経営ビジョンを象徴する本社のワンフロア化
──もう1つの軸であるコミュニケーションの進化という点についてはいかがですか。
宮崎 お客さまのインサイトをしっかり獲得して発信していくことが重要と考えています。これまでもテレビCMは当社にとって主要な媒体でしたし、現在もそれは変わりません。もしかすると、今まで以上にマス広告が効果を持つ時代になってきているのではないでしょうか。テレビCMを見て、「おもしろい!」と思ったり「何だろう?」と気になると、多くの人はスマホで検索します。そこでエバラブランドに触れ、興味をもてばSNSで発信したり、拡散したりします。結果として、広告的に効果が期待できるというわけです。最近では、パソコンよりもスマホで検索する人が増えているため、この4年でWeb・SNSなどを含めたデジタルマーケティングのシステムを抜本的に改革しました。こうしたシステムが購買行動につながることは確かなので、今後も力を入れていきたいと考えています。
どんなコミュニケーションであれ、どこかにエバラらしいユニークさや独自性が発揮できるように取り組んでいます。「おもしろくなければ気づかれない!」というのが持論です。
──ほかにコミュニケーションに関する取り組みはありますか。
宮崎 社内のコミュニケーションについては、3年前に本社を移転した際、ワンフロア化しました。それまでは本社で5フロアを使い、グループ企業も近隣に点在していたのですが、現在の本社に移転し、サッカー場ほどの1700坪のフロアに社員が集結したことで、打ち合わせなどがスムーズに行えるようになりました。同時に物流会社やハウスエージェンシーなどの関連会社にも同じフロアに入ってもらったことで、これまでのように出向くことなく、すぐに打ち合わせができ、早く決めて、早く動くことが可能となりました。月に一度はグループ全体で朝礼も行っています。
この本社移転は「Evolution 60」を象徴するものだといえます。エバラの独自価値をつくるのは、「ブランド」であり「グループ社員」です。グループのコミュニケーションを活性化していくことで、「ニッチ&トップポジションの確立」が可能になると考えています。
──小売業への提供価値をどのように考えていますか。
宮崎 創業者の言葉に「肉があるからたれがある」というのがあります。まさしくその言葉どおりで、いろいろな調味料を提供することで生鮮食品の需要拡大に貢献したい。それが当社のミッションであると考えています。これからも需要拡大と売場の活性化に向けて、エバラらしいユニークな商品やサービスを提供していきたいと思っています。