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元ウーバー社員が、北欧発の新興フードデリバリー「ウォルト」の成長性に賭けた理由

国内のフードデリバリー市場は、「Uber Eats」や「出前館」がコロナ禍で存在感をより大きくする一方、新興勢力も市場開拓の動きを加速している。そうした“新星”の1つとして注目を集めているのが、北欧・フィンランド発の「Wolt(ウォルト)」だ。昨年3月に日本へ上陸、広島や札幌、仙台などの地方都市を皮切りに展開エリアを広げ、昨年10月には満を持して東京に進出した。そんな成長途上のウォルトに、巨人・ウーバーから転じるという異色のキャリアを持つ人物がいる。ウォルト日本法人の東日本事業部ゼネラルマネージャーを務める安井春菜氏だ。ウォルトの強みと成長戦略、小売店など飲食店以外との提携策、そしてフードデリバリー市場の行方などについて聞いた。

※ウォルトのビジネスモデルについてはこちらの記事も参照

米国留学で「食体験の革新」を体感

ウォルト日本法人東日本事業部ゼネラルマネージャーの安井春菜氏。米国留学を経てUber Japanに入社、「ウーバーイーツ」の国内事業拡大に尽力した後、今年3月にWoltに転じた

――まずは、フードデリバリーのビジネスに参画したきっかけについて教えてください。

安井 証券会社勤務を経て、2014年から16年まで米国のカリフォルニア大学バークレー校にMBA留学していました。そのころ米国ではフードデリバリーサービスを含むフードテックの勃興期を迎えており、私自身もデリバリーサービスはよく利用していましたし、そうしたビジネスで起業する人も学内で身近にいたので、自然と関心を持つ環境ではありました。とにかく、「食べる」という体験そのものがどんどん変わっていくのを肌で感じていましたね。

 そうした流れで、帰国後の16年にUber Japanへ入社しました。当時は日本国内で「Uber Eats」を立ち上げてまだ1週間という黎明期で、同事業の専任担当者はまだ4人という状況でした。その後私は配達パートナーの採用に始まり、加盟店のサポート、配送オペレーションの構築などさまざまな領域に携わりました。

 ――そして今年3月、国内では新興勢力の位置づけであるウォルトに転じられました。どのような考えがあったのでしょうか。

安井 ウーバーでできることはやったかなという思いがあった一方で、フードデリバリーを含む「小売のデジタル化」に関してはまだまだやるべきことがあるとも考えていました。

 業界全体のデジタル化を加速するためには、やはり「ユーザー体験」をより向上させていくほかありません。ウーバーに在籍していた時から、デジタルを介したサービスを提供する中で、安心・安全を担保する取り組みや、カスタマーサポートの体制には課題感を持っていました。ウォルトはそうした部分を非常に重視していて共感するところが多く、キャリアチェンジを決断しました。

競合とは一線を画した「ローカライズした品揃え」を実現できる理由

 ――最近まで競合企業にいた安井さんにとって、ウォルトの強みをどのようなところに見ていますか。

安井 大きく3つあって、1つは品揃えです。ウォルトはその地域で愛されている名店にフォーカスしていて、競合他社と比べると、アプリを開いた時の店のラインアップが特徴的です。もちろん、皆が求めるような人気チェーン店も網羅しており、「ローカル」と「全国チェーン」がバランスよくラインアップされています。

 2つ目は99円~という配送料の安さで、これは配送効率をとことん追求した独自のアルゴリズムをはじめとする、技術力の高さに裏打ちされたものです。

 そして3つ目が人の“感情”を大切にしたサービス設計です。とくにカスタマーサポートについてはレスポンスの速さや丁寧な対応などに対して、お客さまから高い評価をいただいています。

 ――1つ目の品揃えについて、地域に根差した個人店をどのように開拓しているのでしょうか。チェーン店であれば本部と交渉すれば一定の店舗数を獲得できるでしょうが、個人店だとハードルは高そうです。

安井 それについては、われわれは地域ごとにオフィスを置いていることが大きいですね。たとえば広島なら広島オフィスに在籍する営業担当者が一店一店を訪問しています。飲食店営業や接客業に従事していた人材を各支社で採用しており、その地域の外食事情に深い知見を持つ担当者が活躍しています。

 そのため、これまでデリバリーサービスには一切対応していなかった地元の名店が、「ウォルトさんなら…」と参加してくれるようになっています。その点、われわれは各地域で独自に営業活動を展開することで、店のラインアップに独自色を出せているわけです。

ウォルトの強みの1つは地域に根差した店を中心とした特徴的なラインアップにある(写真提供:Wolt)

破格の配送料と、”投資領域”に位置付けるカスタマーサポート

独自のアルゴリズムをもとにした効率的な配送システムを構築している(写真提供:Wolt)

――2つ目の配送料の安さも大きな特徴ですが、それを実現できる効率的なシステムをどのように開発しているのですか。

安井 詳しくお話しすることはできませんが、ウォルトがフィンランド発祥であるという点は大きいでしょう。人口密度も飲食店の密度も低く、一方で人件費が非常に高いフィンランドでは、「安い労働力で賄う」ことが不可能であり、それを解決するためのイノベーションを起こす必要があったわけです。決して肥沃とは言えないマーケットでビジネスを成立させるためには、とにかく配送効率を追求する必要があります。

 そこでウォルトは独自のアルゴリズムを介した配送システムを開発し、人口数万人程度の中小都市でもサービスを展開することができるようになったのです。日本でも広島や仙台などの県庁所在地だけでなく、呉や旭川といった地方都市で競合に先駆けてサービスをローンチしていますが、それもウォルトだからこそできたことなのです。

ウォルトのカスタマーサポート部門は各エリアに設置しており、きめ細かな対応を行っている(写真提供:Wolt)

 ―3つ目のカスタマーサポートの領域については、具体的にどういった取り組みを行っていますか。

安井 フードデリバリーはオンデマンドサービスですので、“ボタンの掛け違い”から生まれるミスやトラブルも少なくありません。もともとのサービスの特性として、品質の維持・管理は非常に難しい業種なのです。

 そこで重要になるのが、とにかく「すぐに対応する」ということです。起きた問題に対して素早く対応し、解決策を提示し、同時にその後の予防策まで考えを巡らす。これはオンデマンドサービスにおける顧客体験を向上させるために欠かせないプロセスです。

 ウォルトでは、カスタマーサポートを投資領域と考えて、スキルの高い社員を登用するという戦略をとっています。コストセンターととらえ、少ない人員でできるだけ多くの問い合わせを“捌く”ことを重視する企業もある一方、ウォルトはサポート領域に一定額を投じ、“ファン”をうみだしていくことに力を入れています。短期的に見れば効率は悪いかもしれませんが、中長期で考えたときに、ファンの存在というのは大きな意味を持ちます。

 

ネットスーパーとのコラボも視野に? 飲食店以外との提携を拡大する理由

今年春には「ナチュラルローソン」とも提携した(写真提供:Wolt)

――さて、ウォルトでは昨今、飲食店以外との提携も増えています。今年春には「ナチュラルローソン」(東京都内が対象)、「ポプラ」(広島市内が対象)、「北野エース」(仙台市内が対象)、さらに直近では「ツルハドラッグ」「セイコーマート」(いずれも北海道内が対象)と相次いで手を組みました。

安井 グローバルではもともと、小売店との取り組みも積極的に行ってきました。フードデリバリーという枠ではなく、「欲しいものがすぐに届く」というプラットフォームをつくることがウォルトのめざす方向です。日本でも進出以来、小売店の商品を届けてほしいという声を多くいただいていましたし、企業側から問い合わせをいただくことも少なくありませんでした。この春に提携した企業さまとは、経営陣の皆さまと今後の小売の在り方も議論しながら、稼働にこぎつけたところです。

 ――ただ、生鮮食品や日用品など、飲食店とは大きく異なる商品を扱うことになります。その点で参入ハードルは高くないのでしょうか。

安井 たしかに、在庫管理一つとってもまったく別の仕組みですし、広大な売場から注文品をピックアップして梱包するというプロセスも手間の大きいものです。

 そうした課題に対し、ウォルトは小売店向けのピッキングアプリも独自開発しており、現場での作業効率向上をサポートしています。デリバリーサービスによって売場に負担がかからないようにすることは、我々も大きく重視しています。

 ――日本ではコロナ禍でネットスーパーへの需要も急増しています。この領域に今後積極的に打って出る考えはありますか。

 安井 ぜひやりたいですし、実際にいくつか話は進んでいます。売場の大きさや生鮮食品の配送といったオペレーション面で解決すべき課題はありますが、それ自体が導入を大きく妨げるほどのことではありません。欧州ではすでに仏カルフール(Carrefour)と食品の配送で提携しています。

 もっとも、既存のネットスーパーと、我々が提供するオンデマンド型の即時配送サービスはまったく異なる性質のものです。前者については小売側でも対応可能でしょうが、後者については我々のような専門業者と組んだほうが早いでしょう。

 いずれにしても、コロナ禍で食品配送サービスへの需要が高まるなか、ウォルトが配送インフラの一部分を担うことは、大きな意義があると考えています。

 短期的なシェア拡大を急がず、“愛されるブランドづくり”に注力

”愛されるブランド”づくりで中長期的なシェア向上を図る(写真提供:Wolt)

 ――今後の成長戦略をどのように描いていますか。

安井 前提として、ウォルトは日本市場に関しては中長期でコミットしていく考えです。そのなかで短期的にはサービスエリアを拡大し、今年中に50都市、来年末までに100都市での展開をめざします。これは決してストレッチした目標ではなく、実現可能な目標として掲げている数字です。

 そして中長期では、毎日使うサービスになれるよう、「ショッピングモールをポケットに」という世界観の実現をめざし、取り扱いカテゴリーの拡大に注力していきます。新しいインフラであるデリバリーサービスとして、国内のリーディングカンパニーになることをめざします。

 ――コロナ禍で国内のフードデリバリー市場は乱戦模様です。今後この勢力図はどう変化すると予測し、そのなかでウォルトはどう戦っていく考えですか。

安井 他国と同じように、最終的には数える程度のプレーヤーがマーケットを寡占していくかたちになるでしょう。そうした状況を迎える前に、ウォルトとしては“愛されるブランド”になっていくことがカギになります。そのためには、短期的なシェアアップをねらった非効率な投資をするつもりはありません。サステナブル(持続可能)な経営を続けつつ、そのなかでリピーターやファンを創出していきながら、中長期的なシェア向上を図っていきます。