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ベイクルーズ野田晋作副社長が語る!EC売上500億円突破、勝ち残るアパレル企業の深化形とは 

ECサイトトップ

市場縮小で岐路に立つアパレル企業にあって、自前ECサイトの売上を快調に伸ばすベイクルーズ(東京都/杉村茂CEO)。20208月期のEC売上高は510億円となり、直近3年では1.9倍の成長を遂げた(企業売上高は1240億円)。アパレル企業の売上に占めるEC売上高比率(以下EC化率)が年々高まる中にあっても、その半分近くをEC売上で占める同社の数字は際立っている。EC部門を統括する同社上席取締役副社長の野田晋作氏を直撃し、絶好調のEC事業の裏側に迫った。

アパレル企業トップランクのEC売上の要因

 2020年8月期のベイクルーズ EC部門の売上高は500億円を突破した。国内アパレルではユニクロに次ぐトップランクの数字だ。しかも、510億円の売上のうち、自社ECによる売上は390億円で77%を占める。リアル店舗も持つアパレルメーカーが運営するECサイトとしては、際立って高い数字といえる。

野田晋作上席取締役副社長

野田氏 要因としてコロナでECへのシフトが進んだことはあります。ただ、最初に緊急事態宣言が発令されたとき(2020年4月)、アパレル各社は春夏モノを在庫でもっていました。それを引き取って安売りしたところもあれば全部キャンセルして止めたところもあります。引き取ったところは多くがECサイトで安売りをしました。要は過剰な在庫を安売りして処分し、その結果自らのブランド価値を毀損していったわけです。われわれも一部は値引き販売しましたが、できる限り上代(定価)で消化する努力をしました。もちろんそれは今後も継続します。コロナ禍において在庫を値引きで売ったのか、それとも売る方法を一生懸命考え、魅力的な商品をどうつくるかを考えたのか。それによって、アパレル企業の明暗は分かれるのではないでしょうか。

 同社が自前ECサイトの運営を始めたのは2007年。ZOZOTOWNがアパレルECの風雲児として業界に影響力を持ち始めていた只中だ。まだまだリアル店舗を起点にするアパレル企業の多くがネット販売に懐疑的だった。そんな中でも多くの投資をして開拓を進めてきた部門だけに矜持がある。

野田氏 (ECを始めた当初から)全国の店舗に100万人規模の会員基盤があったので、それを活用して売上拡大しやすい環境にありました。ただそれ以上に、急拡大できた要因として、当社オーナーである窪田祐のビジネス感覚の鋭敏さが一番大きいと思っています。今後確実に世の中が大きく変わっていくだろうということをかぎつけたのは07年ごろ。「ネットなんか試着もできないし誰が買うんだ」という時代でしたが、ZOZOさんが出てきて、世の中が「ファッションって結構ECでもやれる」というイメージがなんとなく見えてきたタイミング。それでも会社は今ほどの規模じゃなく、会社全体の売上が300億、400億円という中で、億単位の投資をしました。いま思い返しても、かなり思い切っていたと思います。

EC部門に専門人材とエース級人材が150人超

 アパレル業界におけるEC黎明期での本格的なEC参入は、決して順調に進んだとはいえなかった。ベイクルーズでは自前ECサイトだけでなく、ZOZOTOWNにも出店しながら試行錯誤を繰り返した。各ブランド、ECでバラバラだった会員基盤を紐づけ、統合する一方で、リアル店舗とECの物流の統合や在庫の一元化にも踏み切った。着々と布石を打ち、自前のEC売上高は急激に拡大していった。現在に至るまでECの主戦場は直営サイトとなっている。

野田氏 他のECモールに出店するとそのモールが行う独自の販促施策が行われることがあります。その結果、お客さまの「体験価値」を棄損することもあります。値引きはその最たる例。同じ商品が値引き販売されていては、プロパーで購入した顧客に申し訳が立たないわけです。われわれはそもそもお店で販売員がフェーストゥーフェースでお客さまとコミュニケーションすることで体験価値を生み出してきたし、それが強み。それと同じぐらいの体験価値をデジタルの中でも提供すべきと考えています。そうなると自社で開発した方がいいのは自明です。

 ベイクルーズのECが伸びている背景には、“デジタル人材”の採用を進め、自前の巨大チームを作り上げたことがある。エンジニア、データアナリスト、ディレクター、マーケッターなどを自前で揃えEC専門の組織を結成。その数は70人におよび、さらに店舗運営事業部門のエース級が100人以上招集され、ブランドを横断する強力なチームが組織された。

 そこで得た知見を広告、メール、ソーシャルメディア、アプリなどに最大限活用することで、購買につなげていく。広告による集客は、直近では週300万人、メール経由が160万人、ソーシャルメディア120万人という圧倒的な規模だ。加えて店舗に来店した顧客にも状況次第ではあえてECでの購買を推奨するなど、トータルでムラのない販売体制を整備した。

 野田氏 EC部門の強化をする以上、付け焼刃ではEC専業会社にはかないません。そこでECサイトを強化すべく、内製化のためにエンジニアからデータサイエンティスト、アナリスト、マーケターなどを専門の採用チームで採用しました。数にして50人以上。加えて、EC事業を統括する部門であるEC統括には店舗運営というセールスチームとして戦略を考える人間も100人以上いるので、全部で240人ほどになります。店舗運営の人間は、ここで得た情報をブランド運営にもフィードバックし、MD戦略や販売戦略に生かしています。

圧倒的なクロスユース率の高さをどうやって実現したのか

一度完売した人気アイテムやおすすめアイテムが並ぶ

 アパレル業界のなかで突出した強大なEC専門組織が核となり、同社はネット専業企業に負けないナレッジとノウハウを蓄積。表には見えない緻密なデータ分析で、顧客一人ひとりに価値あるショッピング体験を提供する「ユニファイドコマース」(統合された買い物体験を提供する商取引手法)を追求。大きな成果につなげている。その顕著な事例が、店舗とECのクロスユース率の高さだ。これは、1人のお客が店舗とECの両方で購入するケースを言う。2020年8月期のクロスユース率は52%で、クロスユースユーザーの平均年間購入金額は店舗のみのユーザー比で3.7倍にもおよぶ。

野田氏 蓄積したナレッジで、売上予測や販促の精度が高まっています。例としてマーケティングオートメーション(MA)のシナリオをいくつかご紹介します。まず一番効くのは、お気に入り登録をしている商品の残り在庫がわずかだとお知らせすること。また、直近1週間で3回同じ商品を見て購入しなかったお客さまに対しての在庫通知やお気に入り登録している商品の値下げ情報など、どれも数億円の売上効果が見込めます。そうしたシナリオを現在、100本くらい同時に走らせていて、それぞれの効果検証をしています。やはり、お客さまが気になっている商品や欲しいと思っている商品に対する、在庫関連の通知は効果が高いですね。また去年の秋冬から再入荷リクエストをしているお客さまに対して、画像認識AIで分析を行い、類似商品をレコメンドするということも始めていますが、これも効果が出ています。

 ベイクルーズでは、テクノロジーを最大限に活用することで、売上予測と実際の売上の乖離を限りなく減らすことに成功している。今後はECでの販売予測を元に生産数量を決めることで、在庫、プロパー消化率の最適化も実現していきたい考えだ。一方で、リアル店舗を持つ小売業の強みをさらに活かすことに余念がない。

野田氏 ネット専業企業とわれわれのいちばんの違いは、店舗で販売員がフェーストゥーフェースでお客さまと対話しながら販売するという体験価値にあります。その意味では、リアル店舗と同等の体験価値をサイト内でウエブを介しても提供すべきと考えています。そうした意識を社員全員で共有できていることが、「クロスユース率」の高さに寄与していると思います。

 それを裏付けるといえるかはわかりませんが、コロナ禍でロイヤルカスタマーの購買額が2倍ぐらいになりました。今後もこうしたデジタル部門の接客は、チャットやオンライン、ライブコマースの活用などで強化していきます。並行して、オンライン経由の売上の可視化をすることで、従業員のモチベーションに連動する制度面も整備していきます。

EC化率の向上はあくまで副産物

 アパレル業界においてEC化率の高さが突出するベイクルーズだが、あくまでもめざすのは店舗とのバランスの最適化。EC化率の向上はあくまで副産物としかとらえていない。しかし、逆説的だが、この考え方こそ同社のEC売上が伸び続ける最大の要因とも言えるのだ。

野田氏 EC化率とかECの売上をどうするという考え方は会社都合でしかない。そうした狭い視野でビジネスをみるとセクショナリズムが生まれてしまいます。私は、社員全員が協業することで生まれる「何か」があれば、こうしたセクショナリズムの壁や弊害はなくなると思っています。そのヒントが再入荷リクエストにあります。

 お客さまのアンケートに目を通すと、「買いたいものが買えない」「再入荷連絡があってもすぐ売り切れてしまう」という意見を数多くいただきます。

 お客さまは、欲しいタイミングで商品が確実に手に入ることを望んでいるのです。われわれはその実現をめざさなければならないし、その解決プロセスの過程で事業全体を見直し、縦割りのセクショナリズムをなくしていけると思っています。そのために、ITをフル活用しながらいろいろな施策に取り組んでいる最中です。

 市場が縮む、商品が売れない、在庫があふれる、値引き販売する、ネットで安売りする…。さまざま要因が絡み合い、アパレル企業の多くが悪循環に陥っている。だが、そうした企業の視線は、顧客でなく自身の会社に向けられがちだ。野田氏が繰り返し口にするように、いかに顧客に最善のサービスを提供するか。そこをスルーして、持続的な経営といっても絵に描いた餅に過ぎない。

野田氏 当社の場合、トップから「値引きはするな、価値あるものをつくれ」という大号令がかかっています。とりわけコロナ禍では、かつてない危機感を背景に、ECを大胆に大きく伸ばし、価値あるものを価値ある値段でご提供することができたという自負があります。こうした一気呵成の大変革は、平常時では社内から大きな反発が出がちです。この機会を逃したら何も変えられないという危機感が社内を連帯させたのです。

 EC部門のいまがあるのは、現場のスタッフが積み上げてきたもので、私はそこにチョイ乗りしているだけ。ここまで築き上げるのにみなさんが血のにじむ努力をしてきたのです。それは魔法などではなくて、努力の賜物でしかありません。