今年9月、アークスグループに新たな企業が加わる。岩手県を地盤とするローカルチェーンのベルグループ(遠藤須美夫社長)だ。アークスは2011年10月にユニバース(青森県/三浦紘一社長)を、12年9月にはジョイス(岩手県/小苅米秀樹社長)を経営統合した。これまで「八ヶ岳連峰経営」を掲げてきた同社が今、めざすのは「ムカデ経営」。そのこころは「脚が100本でも200本でも乱れず前に進める仕組み」と横山清社長は話す。東日本、中央、西日本。アークスはそれぞれの地域で1兆円、3エリアで3兆円の食品スーパー(SM)チェーンという青写真を描く。
「アークス化」の流れが全国に飛び火
──全国のSM経営者から「アークスに入りたい」というお話が寄せられているそうですね。3月に発表されたベルグループとの経営統合で、グループ売上高は5000億円を超え、この先は1兆円をめざすことになります。横山社長の昨年の発言にあった「東日本、中央、西日本の3エリアで3兆円」という構想は、食品業界で注目を集めました。
横山清(よこやま・きよし)
1935年5月15日生まれ。60年北海道大学水産学部卒業、野原産業(札幌営業所)入社。61年に大丸スーパー入社、85年代表取締役社長。89年ラルズ代表取締役社長(合併により)。2002年から現職
横山 「3兆円」という数字が独り歩きしている感がありますが、当社がすべてに出資するというわけではありません。東日本と中央、西日本のエリアを合わせて3兆円くらいのSM連合をイメージしています。
当社は年商1億円から始まって、現在は北海道と東北で5000億円の体制ができるので、次は限りなく1兆円に近付きます。
今、CGCグループ(東京都/堀内淳弘代表)の加盟企業は227社、3800店で、年商を合計すると4兆2000億円。こうした企業と共生しながら大手と遜色のないビジネスをし、遜色のない存在感を発揮して、企業を継続(going concern)させていきたいと思っています。
──3月31日の札幌での記者会見中、北関東までエリアを広げるというコメントがありました。
横山 北海道・東北というよりは、東日本という括りで考えています。甲信越や北関東も東日本の範疇です。
北海道の人間から見ると、東北の人と甲信越の人は、気質が近いように感じます。大づかみに見ると、風土が似ていますね。
M&A(Merger & Acquisition)とは、合併と買収という意味ですが、うまくやっていくためには、Mind & Agreement(マインド&アグリーメント)、つまり習慣や相性が合うことが重要です。
アークスは、各社の株式の100%を保有する親会社であり、その傘下に事業会社があります。簡単にやめることはできませんから、決めてやる以上は、何か問題が生じたときには一緒に解決していくというスタンスです。
アークスグループの福原(北海道/福原郁治社長)の福原朋治会長とユニバースの三浦社長とは同年代ということもあり、これまでに強固でコンクリートのような強い関係をつくってきたつもりです。ただし、これはセメント製のコンクリートではなく、固まっているけれども柔軟性のある組織だと考えています。
今は株価が上がって円安になっていますが、この先のことはわかりません。バブルが崩壊した1989年は、年末の大納会まで株価が上がり続けたのに、年が明けた1990年の大発会では一転して大暴落しました。極端なことはないにしても、おそらく来年の秋から再来年にかけての1年半ほどの間に、懸念しているようなことが起こる可能性はあるし、それを想定している人たちは多いと思うのです。
SM業界には、十分ではないけれども不十分でもないという状況の経営者がたくさんいます。さらにそれぞれが後継者問題や、相続税の問題を抱えている。そうした企業と一緒に「アークス化」を進めていきたい。資本関係がなくても、人が違っても、想いは一緒──という組織をつくりたいですね。
協同組合と株式会社の発想を合わせた組織に
──アークスはこれまで「八ヶ岳連峰経営」として、各地の有力チェーンが連なり、尊重し合うかたちでマネジメントしてきました。経営手法は今後、変わっていきますか?
横山 経営手法については、資本主義の単純な力や量の原理だけでは済まないことです。
資本に関しては、個々の経営者が所有する「マイ(My)・カンパニー」から、「アワ(Our)・カンパニー」へ──つまり、特殊なスキルを持った人でなくても経営できる体制をつくり、企業が未来永劫、存続できるようにしていこうと考えています。
モデルとしては、株式会社と協同組合を足して2で割るイメージです。協同組合的な「一人はみんなのために、万人は一人のために」という思想は、素晴らしいと思います。しかし、そうした競争のない組織で腐敗が起きがちであることを考えると、効率主義もきちんと取り入れなくてはいけません。株式会社として極めて厳しい生存競争の中で磨き上げたヒト、モノ、カネ、情報は、企業にとって不可欠な経営資源だからです。
ただ、これだって行き過ぎれば過度な効率主義に陥ります。コストではあるけれども従業員をコスト扱いしない。労働力はコストではない、という考え方を実現できて、なおかつ将来に向けた投資のための収益を挙げられるような仕組みが必要です。足りないものは補い、不要なものは上手に処理しながら、未来につなげていきたいですね。
──これまでアークスは、自らM&Aを仕掛けるというよりは、受け身な姿勢だったと思います。新たなチェーンをグループに受け入れる際の条件などはあるのでしょうか。
横山 具体的にはありません。たとえばユニバースとの経営統合は、北海道と青森ですから地理的には「飛び地」のケースです。12年にグループ入りした篠原商店(北海道/篠原肇社長)のSMの店舗数は2店舗で、年商は50億円。ユニバースの年商が1000億円規模ですから、両社は全く違います。
ただ、篠原商店の年商50億というのは、規模自体は小さいですが、1店舗で25億円を売上げていることになります。しかも店舗があるのは、北海道の網走ですから、力のある企業だと思います。
一方、中堅都市には、店舗数は多いけれども1店舗当たりの売上高が10億円程度という企業がたくさんあります。そうした企業には収益性が低い企業が少なくありません。それをどう整理するのかが、これからの課題です。
リストラをせずに新しい体制をつくる方法はあると思うし、アークスにはその実績があります。今は同じような売上、利益でも、10年も経てばガラリと変わる。そこで働いている従業員にとっての働く意義や彼らの生活実態が、望んでいる方向に向かっていくようにしたいと考えています。
人間の行動を決めるのは大抵、欲求ですから、人は自分の利益に従って動きます。「会社のために」と言ってする行動が、結果的に自分の満足感につながるような会社にいられたら幸せですよね。何とかそういう環境をつくっていきたいですね。
CGCグループ4兆2000億円の規模を生かす
──共同仕入れ機構CGCグループ内でのM&Aが続き、アークスが5000億円、アクシアルリテイリング(新潟県/原和彦社長)が2000億円というように、大規模化するチェーンが出てきました。CGCグループは本来、大手に対抗するための中小企業連合という位置づけでしたが、今後はCGCのあり方も変わっていくのでしょうか?
横山 これについては、グループ内での提携があっていいと考えています。今でも「弱きを助け、強きをくじく」というコンセプトはありますが、現実にそれだけでは明日がないということはみんなわかっているはずです。そのことに早く気付いたところが手を組み始めています。
いいとこ取りで各社が好き勝手にやっていては、前に進めません。二人三脚では前に進めていたものが、三人四脚になった途端に身動きが取れないという状況になりかねません。
アークスがめざしているのは、いわば「ムカデ経営」。脚が100本あっても200本あっても前に進める仕組みです。ホールディングスとしてヒト、モノ、カネ、情報や運営技術などを含めて一つになり、同じ方向に向かって進んでいく。ムカデは絶対にひっくりかえらないことから、中国では縁起のいい虫だそうですよ。
──アークスグループに参加する企業が増えれば、グループ内競合も出てきます。
横山 ホールディングスの子会社を核とし、それを膨らませていけば、場合によっては出店エリアが重なり、グループ内で競合することもあるでしょう。ただ、自社競合自体は、従来からあることです。
いずれ、地域の城下町を築いていたような企業がなくなり、エリアの情勢が一気に変わるということも起こり得ます。この先は否応なしに各地で需給バランスの調整が起こると思うのです。
従来は閉店するのが良くないことのように見られましたが、今は違います。出店も、閉店も、状況に応じてできる企業のほうが時代に適応していると言える。出店の際に大きな投資をしているので、閉店はなかなかできません。それでも不採算店舗を閉めることができる企業は、生き残ります。そして、生き残るということが、消費者のニーズに適応しているということなのです。
──大手各社のプライベートブランド(PB)商品が、市場で存在感を増しています。アークスは年商5000億円規模になりますが、独自にPBを開発する可能性はありますか。
横山 PB開発を独自にやることも可能な規模ではあります。ただ、CGCは単純な卸売業でも勉強サークルでもありません。もう30年もやっていますし、CGCには腰までどっぷりと浸かって、大事にしたいと考えています。
PB開発を当社が一からやる必要はありません。CGCにできないもので、ローカルのニーズに対応したものが必要なら、PBというよりは、アークスブランドで売るもよし、アークス限定でやるもよしです。単独でやるよりも、4兆2000億円というCGCグループの力を利用したほうがいいと考えています。
次の目標は1兆円
──地方では早いスピードで少子高齢化が進み、小売業にとっては厳しい状況が続きます。さらに、コンビニエンスストア(CVS)やドラッグストア(DgS)といった異業態との競合も課題です。
横山 当社は北海道、東北で事業展開していますので、経済も停滞しているし、将来の展望はそれほど明るくありません。
日本全体で見ても、少子高齢化や人口減少は避けることができない問題。どんなに掛け声をかけたところで、かつてのような高度成長は望めないし、現状維持さえ厳しい状況です。
私たちはこうした環境の変化や、さまざまな自然現象に順応しながら、今ある問題点を解決し、より豊かな生活を追求していく必要があります。そのベースとなるのが、食生活を中心とした個々人の日常です。
人口が減少し、従来の商品構成では売上を確保できないから、どこもかしこも食品に参入する。高度な管理技術を必要としない加工食品を安く売って、売上をつくろうとしているのです。そして安売りで利益が厳しくなると、次は生鮮食品や総菜を袋に入れてパッケージ化した「お“袋”の味」をたくさんつくる(笑)。
とりあえず口に糊するだけなら、CVSでいいでしょう。DgSも食品の売上を増やしています。ただ、CVSだけでは食生活のすべてをまかなうことはできません。
生活者の豊かな食生活を守るのは、SMの役割です。だからそれをしっかり確立しなければいけません。
最近、『貧困大国アメリカ』(堤未果・著/岩波新書)という本を読んで大変、ショックを受けました。アメリカの大規模農業と巨大資本についてまとめたルポルタージュです。
アメリカでは人口の25%が「フードスタンプ」(※低所得者向けに政府が実施している食料費補助)を受け取っていると言います。そうした低所得層が、安くて、簡単に空腹を満たすことができるジャンクフードを食べており、それが肥満の原因になっているのです。貧困であることが、メタボリックシンドロームにつながるのです。
それに加えて、予算の関係で学校給食までジャンクフードのようなものを出しているとありました。アメリカでは5年で地方自治体の80%が破綻するとも言われています。これは大変なことです。
そう考えたら、われわれ小売業にはもっとやるべきことがあります。健康や安全、安心だけでなく、食品の安定供給も確保しなくてはいけない。経営効率のためには在庫の削減が必要ですが、場合によってはある程度、効率を犠牲にしても在庫を持つ必要があるのかも知れません。
国内市場はこの先、確実に縮小していき、その中で企業規模と企業間格差は拡大していきます。企業単体では一つの点にすぎないけれど、アークスは各社の点がつながって線になり、それが面になり、そして年商1兆円をめざす立体形になる。
3つのエリアのアークスが、同一資本である必要はありません。今ある大企業や、生協とは別の思想で、一般の生活者のための小売業をつくりあげたいですね。