西友(東京都)のスティーブ・デイカスCEO(最高経営責任者)は「ウォルマートが日本から撤退するのではないかと懐疑的な目で見られたのが、まるで前世のことのようだ」と話す。世界最大の小売業、ウォルマートの完全子会社になった2008年6月から5年。西友は13年度末まで5期連続増益を達成した。ウォルマートは日本で、どのような手を打っていくのか。
5期連続増益を達成!消えた「ウォルマート撤退論」
──ウォルマートの完全子会社になって丸5年が過ぎました。2013年度の西友の業績をどう見ていますか?
デイカス 四半期ごとに業績を振り返ると、第1四半期は厳しい状況でした。12年度は「うるう年」で1日多かったぶん、その反動が顕著でした。第1四半期の既存店売上高は対前年同期比2.3%減でした。しかし、第2四半期は同0.6%減、第3四半期は前年同期と同水準まで持ち直し、第4四半期には同0.7%増とプラスに転じました。
売上高で見ると、第1四半期が対前年同期比1.7%減、第2四半期は前年並みで、第3四半期は同1.2%増とプラスに転じ、第4四半期も同1.6%増で推移しました。
下半期は業績が好転しましたが、通期では既存店売上高は同0.5%減とマイナスに終わりました。一方、売上高は同0.3%伸長しました。13年度を総括すると基本的に第1四半期はとくに苦戦を強いられ、下半期は力強い回復を示したといえます。
それは売上だけではなく、利益面でも同様です。通期の利益は対前期比25%伸びました。これは売上高販管費率が同0.34ポイント(pt)改善したこと、粗利益率が同0.15pt増加したことなどが寄与しました。
当社はこれまでEDLP(エブリデイ・ロー・プライス)を掲げて、商品価格を大きく引き下げてきました。たとえば13年の年初から年末までの間に920品目の食品・日用消耗品の価格を平均約9.6%下げるなど、大規模な低価格訴求に取り組んでいます。価格を下げ、競合との価格差を拡げ、「プライス・リーダーシップ」をある程度拡大することができました。そして、それでも増益を達成したのです。
増益に貢献したもうひとつの重要な要素が、プライベート・ブランド(PB)商品の売上が伸びていることです。私は、PB商品については今後も成長するだろうと考えています。
──西友はPBとして標準価格帯の「みなさまのお墨付き」と、低価格帯の「きほんのき」を展開しています。
デイカス 昨年は「みなさまのお墨付き」で300品目、「きほんのき」で100品目を新たに開発しました。「みなさまのお墨付き」は、品質がNB商品と同等、もしくはより品質がよく、価格はNB商品に対して10~20%安い。「きほんのき」は品質がよく、カテゴリーの中で最安値という位置づけです。
当社は2つのブランドのうち、とくに「みなさまのお墨付き」に注力しています。それは、販売量が大きいからです。しかし最低価格帯の「きほんのき」もとても重要です。これこそが、当社が生活必需品市場で最低価格という地位を確かなものにしているのです。
「みなさまのお墨付き」の売上高は、改廃前の商品と比べて25%伸びました。PB商品は、全体的にいえばナショナルブランド(NB)商品よりも粗利率が高く、価格が安い。そして品質にもこだわっていますので、まさに「WIN-WIN-WIN」の商品なのです。
こうしたことが可能なのは、当社のブランドが圧倒的な価値、すなわち「ブランド・プロポジション」を確立しているからです。それは単に価格が安いからではありません。品質も担保されていなければいけない。価格と品質のバランスも必要です。「みなさまのお墨付き」は、お客さまに食べていただき、少なくとも70%の方から5段階評価で「よい」「とてもよい」と評価されなければ商品化しません。
この商品開発の方法には、いくつかのポイントがあります。1つめは、品質のよさを明らかにすることです。お客さまは商品を購入するとき、どのような商品であるかを理解しています。2つめに、われわれにブランド・プロポジションを意識させ続けることが挙げられます。商品を開発するたびに、お客さまとの約束を意識し、確実に実行することにつながるのです。3つめは、PB全体のブランドとしての一貫性を保つことができるようになります。
「みなさまのお墨付き」は昨年、「グッド・デザイン賞」(公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞しました。これは、ブランド・プロポジションを明確にすることによって、製品の中身だけではなく、外側のパッケージを含めた全体で一貫したメッセージを発信することができたということでしょう。
PB「みなさまのお墨付き」開発に英アズダのノウハウ生かす
──PBはどのようなプロセスで開発していますか?
デイカス PB開発は、社内で組織した専門チームが「みなさまのお墨付き」の開発を担当しています。チームには経験豊かなブランド・マーケターもおり、通常の消費財メーカーのブランドと同じように、このブランドを開発し進化させていくことができます。
商品化のプロセスは、ステージごとに評価を行い、基準に合ったものだけが次のステージに進むように組み立てられています。戦略立案から出発し、商品開発、製品テスト、そして供給サイクルという風にいくつかのステージに分かれています。この方法によって当社は、ゼロから数100アイテムものPBを比較的短期間に導入することができました。もちろん最も重要な評価の関門は、お客さまが認めてくださることです。70%のお客さまに評価されない限り、もう一度開発をやり直さねばなりません。そこに妥協はないのです。
──今後、PBはどのようなペースで開発していきますか?
デイカス 今年は13年度とほぼ同じペースです。「みなさまのお墨付き」に300品目の新商品、「きほんのき」に100品目の新商品を投入する予定です。
スピードを加速していきたいと考えていますが、重要なことは、品質を担保できるスピードでしか、新商品を導入しないこと。開発には時間がかかり、どの開発段階にも妥協はできないからです。
また、人々の嗜好は時間とともに変化します。人々が期待することも時間が経つにつれて変わります。当社は1年半~2年ごとに、すべての品目を再テストします。2年前には十分よい商品であっても、一定期間ごとに見直すことで、お客さまのニーズを確実に満たし続けることができるのです。今年は約200品目のPB商品を再テストする予定です。
──PB開発のノウハウは、ウォルマート流ですか?
デイカス とくに「ウォルマート流」や「西友流」があるわけではありません。
ただ、「みなさまのお墨付き」はコンセプトにおいてもプロセスにおいても、ウォルマート傘下の英アズダ(ASDA)のPB「チョーズン・バイ・ユー(Chosen By You)」と同じです。
当社が「みなさまのお墨付き」を開発するに当たり、アズダはたどるべきプロセスを教えてくれました。アズダからの強力なサポートがなければ、「みなさまのお墨付き」を成功させることはできませんでした。これはウォルマートの一員であることの利点のひとつだと思います。
ウォルマートはグローバル企業の強みを生かし、常に各国間で情報を共有しています。たとえば当社の子会社である総菜メーカーの若菜(埼玉県/中村真紀社長)は、ウォルマート内ではユニークな存在です。世界的に見ても、消費者は総菜のような即食性の高い商品を購入する傾向が高まっています。より効率的に、より高品質でより低コストな総菜をつくるにはどうしたらよいのか。若菜は、他国でも生かせるヒントを持っているのです。
こうした各国の成功事例やノウハウを、ウォルマートが重視する「生産性ループ」に組み込むことによって、品質を犠牲にすることなく継続的なコスト削減を実現できるようになるのです。知識の共有化といったソフト面の取り組みは、最も重要です。ハードウェアならば単に購入すればいいですが、ソフトウェアは購入することはできません。
──昨年から米国産牛肉などの直輸入を始めました。英アズダからワインを仕入れたり、輸入菓子や調味料を導入したりと、グローバル調達網を生かした商品が売場で目立ち始めています。
デイカス 昨年は直輸入商品も、売上や粗利に寄与しました。とくに食品の直輸入商品の2013年の売上高は、対前年比10%増加しました。牛肉はその最たる成功事例です。100g/92円(税抜き)という価格は、他社の追随を許しません。牛肉のほかにもポテトチップスや缶詰、オリーブオイル、チョコレート、ワインなどが好調に推移しています。直輸入商品は、売上や利益に貢献するだけでなく、売場にワクワク感を加えてくれる、当社の強みといえますね。
どの商品もウォルマートのグローバル調達網をとおして仕入れていますが、牛肉はウォルマートUSAから直接購入しています。西友の牛肉の仕入れ価格は、ウォルマートUSAと同じです。配送コストや関税がかかるぶん、日本では少し高額になりますが、それでも競合他社と比べれば非常に安価です。今後、そのほかのカテゴリーにもできるだけ早く拡大していきたいと考えています。
西友ドットコム始動でオンライン売上が1.5倍に拡大
──従来から展開していたネットスーパーに加えて昨年6月、オンラインサイトの「西友ドットコム」を立ち上げました。
デイカス 西友ドットコムをスタートするに当たり、千葉県柏市内に専用センターを開設しました。お客さまは3万品目にアクセス可能になっています。西友ドットコムでは、リアル店舗と同じEDLP価格で提供しています。
西友ドットコムのプラットフォームは、スマートフォン(スマホ)からの注文を想定しています。そのためお客さまがウェブ上で買物をする操作が非常に容易です。スマホでの利用を可能にしたこともあり、ドットコム事業の売上は対前期比50%伸長し、会員数は同40%増加しました。
実は、ウォルマートのグローバル全体でもドットコム事業は伸びており、2013年はグローバルで年商100億ドルを突破しました。
──ドットコム事業の品揃えは3万アイテムあるのですね。オンラインでは無限に近い品揃えができますが、適切なラインとはどこでしょうか?
デイカス 何が必要かは、個々のお客さまの選択です。ほかの多くのEコマース企業は、当社以上に多くのアイテムを提供しています。
ただ、われわれの務めは、お客さまの買物体験を可能な限りポジティブなものにすることです。つまり、お客さまが何かを欲したときに、それを見つけることができるということ。そういう意味では、3万アイテムで十分かもしれないし、300万アイテム必要なのかもしれません。
技術的には、お客さまがどのような買物体験をされるかを最も重視しています。バックシステムやテクノロジーについては、お客さまは気にしません。簡単に操作できるか、必要な商品が手に入るか、時間どおりに配達されるかが大切なのです。
従業員満足度の高さが企業成長の礎
──最後に、今期の出店計画を教えてください。
デイカス 13年度は4店舗をオープンしました。今年に入ってからは1月に蓮根坂下店(東京都)を開業しました。そのほかにもいくつかの物件を検討していますが、まだ発表する段階ではありません。
当面は既存店の業績を好転させることに注力していきます。事業の核を強化し、引き続き好業績を上げていくためには、既存店の改装は重要です。
M&Aの可能性については、いろいろな企業の方々と話してきましたし、今後もそうし続けます。買収して合併する場合もあれば、パートナーとして協業するかたちもあるでしょう。
明確にしておきたいのは、当社は買収自体を目的化していないし、規模拡大のためだけに買収を行うつもりもないということです。最大の企業になることが目的ではありません。ウォルマートが世界最大になったのは、最高になろうとしたからです。最高になろうとすれば、規模はおのずと大きくなります。ただし、当社が最高であるとは現在も思っていません。
お客さまには企業買収は関係ありません。お客さまの関心は、われわれがお客さまにどのように奉仕するかです。よりお客さまに奉仕すれば、ビジネスはよりよくなり、核となるビジネスが成長するでしょう。そして、パートナーシップの機会も得られるはずです。
私が今までに出会った優れた小売企業は、総じて小さな小売企業でした。そうした企業を見るたびに、「どうやって大きくなろうか」ではなく「どうすれば彼らのように最高になれるだろうか」と自問自答しています。
お客さまや社会にとってよい企業になることに加え、従業員にとってもよい企業になりたいと考えています。当社は毎年、従業員に対する意識調査を実施しています。同種の調査を行っている日本の平均的な企業の場合、従業員の貢献意欲スコアの水準は35%程度だと聞いています。当社の場合、12年度の調査では全社の貢献意欲スコアが50%でしたが、昨年1年間で55%へと上昇しました。これは誇らしいことです。経営幹部だけでなく、全社のマネージャーたちのすばらしいリーダーシップの成果だと思います。
従業員の貢献意欲と業績には、直接的な相関関係があります。ビジネスに対する従業員の関与が高まれば、事業の業績もより高まります。従業員一人ひとりの貢献意欲は、事業の成長の基礎なのです。
翻訳協力=太田美和子(フードマーケット・クリエイティブ)