コロナ禍による不況の到来で、今後消費者はますます節約志向を強めることが予想される。また、コロナ禍では消費行動の変化として、感染リスクを避けて複数の店舗を買い回らず、1店舗でまとめて商品を購入する傾向が続いている。こうしたなか、消費者から「高い」というイメージを持たれてしまうと客離れの恐れがあり、大きく売上を落とすことになりかねない。本特集では、有力企業の価格戦略とそれを下支えするローコスト運営の取り組みについて解説し、「1店まとめ買い時代」を勝ち抜くためのヒントを提示する。
「高い」と思われればお客を一挙に失う
新型コロナウイルス(コロナ)の感染拡大により、食品スーパー(SM)をはじめとする食品小売業は軒並み好調を維持している。感染拡大初期の2020年4~5月は全国的に緊急事態宣言が発令されたこともあり、大半の人が外出を自粛し、飲食店やエンターテインメント施設などは営業時間の短縮や休業を余儀なくされた。仕事においても在宅勤務が広く普及し、働き方もこれまでと大きく変わった。そうしたなか、家庭で過ごす時間が増えたことにより高まった巣ごもり需要やまとめ買い需要を受け、SMやドラッグストア(DgS)など、食品をはじめとする生活必需品を取り扱う企業は大きく業績を伸ばしている。
しかし、この特需は長くは続かないというのが大方の予想だ。消費者が徐々に自粛をやめ、適切な感染予防策を取りながら外出するようになったからである。
確かにワクチンの完成や普及にはまだまだ時間がかかり、感染拡大は収束の時期が見通せない。それでも、これ以上の経済への打撃を回避するため、飲食店やレジャー施設などは感染予防を徹底しながら徐々に営業を再開し始めているほか、政府は「GoToキャンペーン」で外食や旅行を奨励している。その結果、SM店頭ではピーク時のような特需は落ち着きを見せ始めている。
つまり、SMをはじめとする食品小売業はいまこそ、コロナ禍で変化した「新常態(ニューノーマル)」に対応しながら成長を実現していくフェーズに入ったといえるのだ。
コロナ禍の消費行動の変化の1つとして「1店舗でのまとめ買い」が挙げられる。感染リスクの高い3密を避け、できるだけ短時間で買物を済ませるため、複数の店舗を買いまわるのではなく、1店舗でまとめて必要なものを購入する傾向が強まった。
加えて、19年10月の消費増税に続き、コロナ禍による景気の悪化で消費者の節約志向はますます高まっている。20年度第2四半期の決算発表では、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(東京都/藤田元宏社長)や平和堂(滋賀県/平松正嗣社長)など多くの企業が今後の家計状況の悪化への懸念を示したように、今後小売業では価格競争が激しさを増すことは避けられない。
つまり、「安い」というイメージを持つ企業に客が集まり、そこで「まとめ買い」をし、いっそう売上が増える一方、安いイメージのない企業は大きく売上を落としていくことが予想されるのだ。だから、イオン(千葉県/吉田昭夫社長)やヤオコー(埼玉県/川野澄人社長)など有力企業はいち早く価格強化を打ち出し、顧客に「高い」という印象を持たれないように対策を始めている。
EDLPを軸に「安さ」を常態化
では、有力企業各社はどのような価格政策を行っているのか。
多くのSMではチラシを配布し、当日限りの特売を実施して集客を図る「ハイ&ロー」を展開しているが、近年ではハイ&ローと並行して年間を通して同じ低価格で商品を提供する「EDLP(エブリデー・ロー・プライス)」を導入する企業も増えてきた。チラシなどによる販促費を抑えられるほか、いつ来店しても同じ低価格であるため、「安い」というイメージをお客に浸透させやすい。コロナ禍では特売によるお客の密集を防げるほか、お客にとっては自分の都合のよいタイミングで来店できるといった利点もある。
EDLPは年間を通して同じ低価格を実現するというのが基本だが、それより短い期間で実施する場合もある。北信越から北関東にまたがるリージョナルチェーンのアクシアル リテイリング(新潟県/原和彦社長)傘下のSM企業、原信(新潟県/原和彦社長)とナルス(同/森山仁社長)は、19年9月から、約2カ月間対象商品の価格を引き下げる「ロングランプライス」というプログラムを導入した。もともと両社は「パワープライス」という1年ベースでのEDLPを展開していたが、対象商品は加工食品や日配品、プライベートブランド(PB)が中心だった。SMとして価格で集客しやすい生鮮食品は相場の変動を受けやすいため、対象にすることが難しかったためだ。そこで導入されたのがロングランプライスで、約2カ月間ながら一定の期間同価格で生鮮食品を提供できるようになったことで、コロナ禍でも好評を博している。
そのほか、顧客に安さをアピールする手法としてイオン傘下の小型ディスカウントストア(DS)、ビッグ・エー(東京都/三浦弘社長)とアコレ(千葉県/同)が取り組んでいるのが、「2 ケタ売価」の強化だ。ビッグ・エーやアコレでは、入口近くの平台やゴンドラエンドで「99円」など2ケタ売価の商品を配置。プライスカードのサイズも大きめで、店舗に入った瞬間にその安さがお客に伝わるようにしている。
仕掛けと仕組みに裏打ちされたディスカウンティングに取り組め
EDLPにしてもハイ&ローにしても、ただマーケットに合わせて価格を引き下げるだけでは収益性が悪化するだけで、持続性のあるものとはならない。そこで重要になるのが本特集のテーマであるディスカウンティング、つまり、作業の効率化によるローコスト運営や、安定して収益を生み出せる仕掛けと仕組みに裏打ちされた低価格を続ける手法のことである。とくにコロナ禍による特需で資金に余裕がある今だからこそ取り組みたい課題である。
広島県を中心に瀬戸内エリアでSMを展開するハローズ(岡山県/佐藤利行社長)は、全店に24時間営業を導入しているが、実はこれこそが効率的な経営体制の秘訣だ。商品の補充や清掃を来店客の少ない深夜帯に行うことで効率的に作業できるほか、物流面でも渋滞が少ない夜間に配送することで、配達時間の短縮が可能だからだ。また、東海エリアのSM企業カネスエ(愛知県/牛田彰代表)は、青果・鮮魚・精肉といった生鮮食品の加工をすべてプロセスセンター(PC)で行うことによって、店内作業を極力減らしている。
店内作業の効率化としては、最新のデジタル設備の活用も進んでいくだろう。ビッグ・エーは20年11月21日に改装オープンする「ビッグ・エー葛飾西亀有店」(東京都葛飾区)で、AIを搭載した自動掃除ロボットを導入する予定だ。そのほか、店内にWebカメラを設置し、本部のパソコンやスマートフォン、タブレット端末などから店内の状況をいつでも確認できる体制を構築することで、スーパーバイザーの生産性向上にも取り組む。
また、低価格を実現するための施策としては、売れ筋を中心に商品を絞り込み、1品を大量に仕入れることで原価を引き下げるという手法がある。イオングループのDS業態「ザ・ビッグ」を運営するマックスバリュ西日本(広島県/平尾健一社長)も同様の施策に取り組んでおり、陳列では1品のフェースを可能な限り広げているほか、ジャンブル什器を活用してボリューム感を演出し、徹底的に売り込んでいる。
こういった手法は多くのDS企業が取り入れている一方で、レギュラータイプの多くのSMは、その商品政策の違いからDSほどアイテム数を絞り込むことには否定的だ。そうしたなかで原価を引き下げるためにはある程度の企業規模が必要となる。アクシアル リテイリングでは原信、ナルスに加え、同じくグループ傘下のフレッセイ(群馬県/植木威行社長)の3社共同で販売計画を立案し、同じ商品を仕入れることで原価を低減している。今後景気悪化が顕著かつ長期化するとしたら、クリティカルマスを求めた再編も起こるかもしれない。
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もちろんSMは価格だけで勝負するのではない。ローコスト運営により得られた原資は価格だけに還元するのではなく、味や品質を高め、顧客の来店動機になるような商品を育てることも重要だ。しかし、ただでさえコロナ禍で客数が減少しているなか、価格が総じて「高い」という印象を持たれてしまえばお客から選ばれず、大きく売上を落とすことになりかねない。「1店まとめ買い時代」を制するためには、ディスカウンティングの手法を駆使して顧客を引き付け、買い上げ点数を上げることの重要性がますます高まっていくだろう。
本特集では、価格訴求力の強いDSをはじめ、有力SMやエリア調査、海外事例も交えながら、各社のディスカウンティングの手法やそれを下支えするローコスト運営の取り組みを解説する。今後の価格政策を考えるうえで、ぜひ参考にしてほしい。
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