コロナ禍で、ビジネス環境が様変わりしたチェーンストア業界。飲食、食品小売、非食品小売と業種によって、その影響度も影響の中身も大きく異なるが、小売業は今回のコロナ禍をどう受け止め、今後のビジネスに生かすべきだろうか。日本リテイリングセンターが7月8日〜9日にかけてオンライン形式で開催したペガサス政策セミナーの講義から知見をまとめた。
お客も従業員も、ずっと不安だった・・・
2020年1月11日に、中国が新型コロナウイルスの検出を発表して以降、日本では集団感染があったダイヤモンドプリンセス号の帰港、国内での初の死者、北海道の緊急事態宣言という具合に段階的に感染が広がっていった。
そうしたなか、スーパーマーケットなど食品小売店の店頭では買いだめが起こり、一部で混乱も見られた。日本リテイリングセンターリサーチディレクターの渥美六雄氏は「チェーンストアは、いかに安心して買い物できる環境を作るかが最も重要なテーマであるはずなのに、そこに大きな課題があった」と説明する。
どういうことか?
スーパーマーケットなどで集団感染が起こったのはごくわずか、一部で混乱も見られたものの、先行き不透明な非常事態時に、よく対応したではないか。そう考える人も多いかもしれない。
渥美氏は指摘する。「不特定多数が集まるチェーンストアにおいてどんなリスクがあるのかわからないなかで、逼迫した危機として感じられない人が業界に多かった。その間、お客はずっと不安を感じながら買い物をしていたし、従業者も不安なまま働いていたのだ」
実際、多くのチェーンストアが本格的な対策に乗り出したのは、4月23日に国から都道府県に対して「商店街やスーパーマーケット等における新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止について」というお達しが出てからだという。その文書では、事業者に対して「密集する事態になった時は、適切に入場制限を行う」「対面時にはパーテーションを設置」といった対策を講じるよう、都道府県に要請がなされた。
「日本よりも早く抜本的な対策を打ち出していた欧米チェーンの事例がすでにあったのに、そこに気づけなかった。チェーンストア産業として、どういう対策を取るべきかという話に広がらなかった点も残念」と渥美氏はほぞを噛む。
確かに多くの小売企業は、その対策会議は、かなり早期から、そして頻繁に行っていた。だが、その内容は、多くは他社の事例を調べ、他社がまだ動いていないから静観しようというものだったという。「前例がないのだから、頭を捻ったところでわかるわけがない。その間もずっと店側もお客も困っていた。現場の課題を解決する視点で本部が動けなかったのは、本部と現場の距離が離れすぎているからだ」
お客が怒りを覚えるほどの「情報発信」の下手さ
その後のお客に対するホームページ上での情報発信でも、首を傾げざるを得ない行動が目立ったという。
スーパーマーケット各社が配信・掲示した「コロナウイルス感染拡大に伴う店舗の営業状況」に関する文書を例に挙げる。「まず、『平素より〜ありがとうございます』から始まる、形式的なことがつらつらと書いてある。読み手側が必死になって、情報を探している時に、この文言は不要」と渥美氏はバッサリ。
お客は「自分がいつも行くこの店は何時から何時まで営業するのか?」「どんなことに気をつければ、店で安心して買い物できるのか?」を知りたいはずだ。そのための文書であるべきなのに、結局「営業状況の詳細は各店舗に確認してください」という文面で終わっている文書も多かった。
「お客にとって、遠回りで不便極まりない。一番困るのは店。ただでさえ忙しいのに、各店で電話が鳴り止まないことになってしまう」(渥美氏)。
もう1つ、多くの企業が良かれと思って実施した「呼び掛け」に対しても渥美氏は苦言を呈する。
「『食品や生活必需品の買い求めは必要な量だけで』『買い物マナーを守りましょう』『混雑する時間帯の来店を避けてください』といったお願いを真っ先にする企業が多かった。言わなければならないのはわかるが、緊急事態に商人としてお客に真っ先に言うべきことは、これではないはずだ。『皆さんの暮らしは私が守りますから安心してお買い物してください』でしょう。
お客は買いだめをしたくてするわけじゃない。店がはっきりとアナウンスしていないから、お客は「将来この店のパスタや食料品などはきっと供給が絶たれてしまうだろう」と考え、仕方なく買いだめしているのだ。チェーンストアが信頼されていない証拠だし、現実的に欠品させてしまった」
情報発信の方法にも問題があるという。欧米のチェーンはホームページのトップに大きく配置し、自分たちが行っている対応をすべて挙げ、安全に買い物するための方法も動画形式にするなど工夫がしてある。ところが日本の企業の場合、「IR情報」の「ニュースリリース」欄の「月次売上情報」の項目内の月別実績の書かれたpdfデータの一番下にひっそり記載している例もあったという。
一方、良い事例として挙げたのはマルエツ(東京都/古瀬良多社長)の情報発信だ。全店の営業時間の一覧表を作り、変更のない店も含め、変更前・変更後の営業時間が一覧でわかるようにしている。
次に販売方法を思い切って見直した好例として渥美氏があげたのがサッポロドラッグストアー(北海道/富山浩樹社長)。同社の店舗では、開店前にマスクを求めて長い行列ができるのが慢性化し、オープン時の混乱や苦情が相次いでいた。そこで、他社の事例を見て仮説検証し、マスクの販売方法を「開店時」から「納品後ただちに」へと変更。ツイッターで大きな話題になるとともに、朝の待機客もゼロとなり、お客からも現場からも好評を得たという。
コロナ禍で明らかになった真のチェーンストアの課題とは、①ロジカルな問題解決が苦手、②横並び・前例主義の踏襲、③現場が見えていない、の3つ。ある意味でコロナ禍以上に深刻と言えるかもしれない。