AD 日本総合研究所 藻谷浩介氏に聞く「日本酪農の重要性」

2018/09/01 00:00
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    決して高くない、むしろ安すぎる日本の牛乳

     いま、生産基盤の縮小に歯止めがかからない日本の酪農。苦境に立たされている日本酪農の現状と課題について、酪農の果たしている役割や国際情勢、牛乳の小売価格などの面から、日本総合研究所 主席研究員 藻谷浩介さんにお話を伺いました。

    酪農を継ぐ人がいなくなっている

    ―― 日本の酪農家の廃業が進んでいますが、その原因について教えてください。

    酪農家戸数の推移

     一言でいうと、後を継ぐ人がどんどんいなくなっているということですね。いま、日本には約16,000戸の酪農家がいますが、ここ数年、毎年約1,000戸が廃業しています。

     酪農は生きものを相手にする仕事で、とてもやりがいがあるし、生産される生乳は生活に不可欠な牛乳乳製品の原料です。ただ、労働時間が長くなりがちで、「きつい割に儲からない」と、お子さんが継がないとか、あるいは親のほうで継ぐのをやめなさいという、代替わりせずにやめるケースが圧倒的に多いのです。

     

    朝夕の給餌風景
    24頭ダブル・パラレルのパーラー(搾乳施設)

    酪農家は循環型農業の中核

    ―― 酪農家の廃業はどのような損失をもたらしますか。

    酪農家1戸当たり飼料作物作付面積の推移

     地域の人はそもそも牧場があることに気付いていません。「酪農って何作ってるの? 牛乳? チーズ? そういうのはどこでも買えるよね」というように思っているかもしれません。

     酪農は牛を飼い、糞が出ますよね。これが堆肥の原料になり、地域の農業を支えています。私が最近行ったある村は、とてもおいしい野菜を作ってブランド化し、大成功しているのですが、それを支えているのは地域に3軒しかない酪農家からの牛糞なんです。ところがその酪農家3軒のうち1軒しか後継ぎがいないのです。「あと10年して酪農家がいなくなったら、おいしい野菜が作れなくなりますね」と農家の人に言うと「あ、そうか!」って。考えないようにしてるんですね。

    自家製の堆肥を牧草地にまく循環型酪農

     また、牛乳は生鮮品で、新鮮なまま届けなければいけないので、多くの設備や技術が必要で、それを担うために多くの雇用が生まれています。関連産業が大変大きいのです。

     それに加えて、日本でも北海道などで増えていますが、牛糞でエネルギーを作る取り組みがあります。ドイツなど、村全体の熱や電気などのエネルギーを、全部牛糞で賄っているケースもあります。酪農は、自然エネルギーに大変有効なのです。

     さらに、酪農家は持ち主が耕せなくなった土地を借り受け、草地として活用したり、飼料栽培を行うなど、耕作放棄地の解消にも役立っています。

     まさに、酪農は循環型農業の中核部分を担っているんですね。

     

    バイオガス発電は、各種有機ゴミを発酵させて可燃性のバイオガスを取り出し、そのガスで、ガスエンジン発電機を回す仕組み。ガスを作った原料の残りは、安全な肥料として二次利用できる。

    大規模だけでは高リスク。小規模多数で供給安定

    ―― 効率を良くするために、大規模な酪農家だけ存在すれば良いという話については、どう思われますか?

    牛乳(1リットル)価格の推移

     「大規模な農家だけが残れば、効率化が進むからいいんじゃないの?」という考えですね。

     では、大規模にしなければならない理由は何でしょう?

     大規模化が進めば、牛乳の価格が安くなるかもしれません。でも、小規模で、家族で牛とともに暮らしているような酪農家の牛乳って魅力がありませんか?食品の生産で、過剰な合理化や効率化を求めるのは、違和感を覚えます。

     さらに、安定供給という面から考えても、例えば大きな牧場で病気の牛が出た場合、その生乳は出荷できないので、牛乳が品薄になるかもしれません。農家の数が多ければ多いほど、リスクは減り、供給が安定します。

     唯一の問題は値段が高くなるのではないかということですが、そもそも牛乳は作る人の手間や栄養価の割に、安い価格で売られていると思います。

    価格のみを優先して輸入に頼る危険性

    ―― 安定した量の牛乳が日本で供給できなくなるのなら、海外からの輸入ということも考えられますか?

    牛乳乳製品の消費量の推移

    世界の生乳需要量などの見通し

     輸入については二つ問題があります。

     一つは、牛乳が生鮮品だということです。現在、牛乳は国産100%です。鮮度が重要な牛乳を空輸しようとすれば、相当なコストがかかります。また、船で運ぼうとしても、例えば港が使えなくなったり、国際情勢の影響を大きく受けることは避けられないでしょう。価格も常に変動し、安定的な輸入が続く確証はありません。さらに、安全性の問題もあります。

     もう一つは、生活に欠かせない食料を輸入に頼る危険性です。世界の牛乳乳製品はほとんどが自国で消費されており、輸出に回る量は多くありません。日本の生乳の需要量は増加傾向にありますが、人口の増加により、世界的にも今後需要が増えると予測されています。日本が買いたいと思っても、簡単には買えない可能性だって高いのです。

    牛乳が安く売られているのが問題

    ―― 現在の牛乳の価格について、どう思われますか?

     最初に、きつくて儲からないから酪農家がやめると言いました。ではどうして儲からないのか?一言で言うと牛乳の値段が安いからです。

     ペットボトルのお茶やミネラルウォーターは500ミリリットルで160円程度、1リットルだと320円ですが、スーパーで売られている牛乳は、1リットルで320円しますか?水と牛乳のどちらに手がかかっているのか考えれば、これはおかしいですよね。牛乳のように手間暇かけて作られた栄養価の高い物が、リットル100円台で売られていることは問題です。

     牛乳は子どもの成長に不可欠ですから、「あまり高くなっては困る」という意見もあるでしょう。それについては、例えば子育て家庭には牛乳を安く買えるチケットを支給する仕組みを作るなど、いろいろと考えることはできます。

     1リットル300円以上の水やお茶を飲んでいるわたしたちが、牛乳をその半分の値段で飲んでいたら、生産している酪農家がやめるのは当たり前です。せめて水やお茶と同じくらいの料金は、日本の一生懸命頑張っている牛乳に払うべきではないでしょうか。

     

    (株)日本総合研究所 主席研究員
    藻谷 浩介さん

    1964年山口県生まれ。平成合併前、3,200市町村のすべて、海外94カ国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興や人口成熟問題に関し精力的に研究・著作・講演を行う。2012年より現職。近著に『デフレの正体』『里山資本主義 』『金融緩和の罠』『しなやかな日本列島のつくりかた』『和の国富論』『観光立国の正体』『世界まちかど地政学』など。

    記事執筆者

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