新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の問題が世界中を騒がせており、刻々と変わる状況で、小売企業は臨機応変な対応が求められている。こうした中、昨日公開した前編では小売業界の「本質的価値」と役割を我々がどれだけ実現できているのかを検証した。後編である本稿では、筆者が実際に暮らしながらリサーチを進めてきたグローバル視点での小売の視点をシェアすることで、多面的視点でVUCA※(ブーカ)時代の「小売と消費のカタチ」について考察を進めていきたい。
※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの頭文字から取られた「先が見えない時代」を象徴するキーワード
「 無駄に頑張らない」から生産性が高い
オランダの小売
現在筆者が暮らすオランダは、年間平均労働時間が1433時間と短い一方、「時間当たり労働生産性」も69.3ドル(6900円)でOECD加盟36カ国中第8位と高い水準(*1)を実現している。対する日本の「時間当たり労働生産性」は46.8ドル(4,744円)であり、OECD加盟36カ国中21位だ。さらに主要先進7カ国でみると、日本は1970年以降ずっと最下位の状況が続く。
*1「労働生産性の国際比較:日本生産性本部の2018年版」https://www.jpc-net.jp/research/list/pdf/comparison_2018_trends.pdf
ではなぜオランダの小売は、そんなに生産性が高いのか。それは合理的に考えることを徹底し、提供するサービスの「選択と集中」を徹底しているからだ。誤解を恐れずに言えば、あれもこれもと「無駄に頑張りすぎない」ことで高い生産性を実現しているのがオランダの小売だ。
例えばオランダに住んで驚いたのは、小売店の営業時間の短さである。平日も昼頃にならないとオープンしない店も多いし、土日はそもそも営業しない店も多い。日本だと買い物している消費者がいると営業時間を伸ばしてもサービス残業で店員が接客している場面を見かけるが、オランダの場合は閉店の30分前には店員がもう帰り支度を始めている。
さらに小売店側も「テクノロジーを活用して楽できるところは楽しよう」と言う視点が明確だ。実際セルフレジが非常に普及している。大型のスーパーだと10数台のセルフレジに、1名の店員がヘルプ係として対応する光景も見られる。またバーコードを読みとる機械を店内に設置している店もある。ここでは、客が店員の代わりに直接バーコードを読み取り自分のエコバックに入れ、最後にレシートだけを発行し、ゲートから出ていくという仕組みだ。つまりAmazon GOのような高額なセンサーやカメラなどを導入せずとも、直接バーコード読み取り機を渡すことで、直接消費者にレジ係の役割を担ってもらうといった発想でも生産性は高められるのだ。
いかに少ないインプットでアウトプットを最大化できるか
また数少ない有人のレジでも、店員が袋につめることはなく、客が自分でエコバックに詰め込んでいく様子も見られる。そのため日本と比べて疲弊している店員が少ない印象だ。労働時間が短く、仕事内容に余白と余裕があるため、店員が一言「Happy Friday!」などと声をかけてくれることもしばしばだ。そのため、セルフサービス的な部分は多いはずなのに殺伐とした印象はなく、接客の付加価値を感じられたりもする。さらに過剰包装をしないことで、作業を減らし生産性を高めるだけでなく、地球環境にも優しい小売が実現できているのだ。
「生産性」と言う指標は、提供する価値というアウトプットに対して、投入した時間などのインプットで割ることで計算できる。そもそもオランダの消費者は、営業時間が短いことに対して文句を言う人は少ない。それは家族や友人と過ごすプライベートの時間を大事にするオランダの価値観が前提にあるためだ。小売で働く人々にも大切にしたい人生がある、ということを誰もが当たり前に受け入れている。このようにオランダの小売は、デジタルの活用やサービス内容に関する選択と集中によって、いかに少ないインプット(労働時間・サービス内容)で、アウトプット(小売としての提供価値)を最大化することにフォーカスしているのだ。
一方、日本の場合は「お客様は神様」いう価値観が強すぎるため、ほんの少しの追加のアウトプット(売上)のために、長すぎる営業時間や過剰包装・過剰サービスなどで、インプットを増やしすぎてしまっていないだろうか。日本が誇る「おもてなし精神」も確かに大切だが、小売各社は今こそ立ち止まって、デジタルを活用して削減できる無駄を見つけ、どのような価値に選択と集中するのか、内省する機会にしても良いのではないだろうか。
多様性への配慮でグローバルな店頭を実現する、マレーシアの小売
続いて、私が近年まで住んでいたマレーシアの小売の事例を紹介したい。マレーシアはそもそも、マレー系、中華系、インド系を中心に、日本、韓国、欧米まで様々な人種が混在する多国籍国家である。つまりマレーシアの小売店は、イスラム教(61%)、仏教(20%)、キリスト教(9%)、ヒンドゥー教(6%)、儒教・道教(1%)など、実に多様な文化的背景を持つ人々を相手にした店舗を構える必要があるのだ。
例えばイスラム教であれば、豚は汚らわしく触ることも許されないタブーである。そのため豚肉を買える場所は店内の奥まった場所に設置された特設コーナーに配置され、購入するレジも別。またヒンドゥー教において牛は神聖な存在なため、食することができない。そのためマレーシアの店頭では宗教的なタブーがない鶏肉がメーンに陳列されている。それに対して日本の食品売場は、豚・牛・鳥が配慮なく一緒に並べられている状況だ。宗教的背景を持つ人々が見たら、この光景をどう感じるだろうか。
また国ごとに使う食材や調味料も大きく違うため、日本の調味料からお菓子、日用品までを集めたコーナーをはじめ、韓国料理向けの棚、インド料理向けの棚など、各国の文化に配慮された特設の棚を置いている小売も多い。またイスラム教ではハラル認証と言う宗教的に食べて良い食べ物が細かく規定されていることも多い。現地のマレーシア人の友人からは「日本は旅行してとても清潔だったが、イスラム教の私にとっては色々と不便な点も多かった」との声も聞く。少子高齢化で人口が減る日本において、外国からの消費者もますます重要になってくる。各国の宗教的背景を持った外国人に対して、グローバル視点でのダイバーシティに配慮した店頭を実現することができれば、更なる売り上げアップは確実だろう。さらにこの視点は、今後日本の小売が世界に出ていくためにも欠かせないはずだ。
VUCA時代、小売とメーカーは
消費と地域を元気にするヒーローになれるか
今回はコロナショックを契機に、リテイルと言う言葉の語源、そして本質的な役割を見てきた。さらに今後の小売と消費を考える上で、選択と集中で生産性を高めるオランダの事例と、多様性への配慮でグローバルな店頭を作り上げたマレーシアの事例を取り上げたが、いかがだっただろうか。
実はこの記事を書いている間でも、現在はヨーロッパの方がコロナショックの影響は日増しに大きくなってきている。外出禁止の徹底や飲食店の営業禁止、小売店も一部区画だけしか開けないなど、ある点ではコロナ対策の徹底ぶりは日本よりも進んでいるように感じる。
一方では、ヨーロッパの場合は元々マスクをする習慣がなかったため、買いたくてもマスクが売られていないという状況もあり、店頭でもマスクをして接客している人が少ないなど、遅れていると感じる部分もある。本稿では、一方的に海外の小売を礼讃したい訳ではない。ただ客観的に日本の小売と海外の小売を比較することで、どちらにも優れている点と克服すべき点があり、双方学べるヒントがあると思っている。
それではここで、前編・後編に渡って述べてきた、私の結論をまとめたい。
それは先が見えない今回のコロナショックだからこそ、思考停止に陥ることなく、「必要な人に、必要な分だけ届ける」という本質的な小売の価値と向きあうこと。そして、これからの消費のカタチをに想いを巡らし、小売業界の働き方やビジネスモデルを抜本的に変えていく『変革の機会』と捉えること。そして小売とメーカーの皆様には、アフターコロナの世界で、消費と地域を積極的に牽引していくヒーローの役割を担って欲しいということだ。
消費に関わる私たちが「コロナショックにどう向き合うか」という考え方、捉え方次第なのだ。今回の問題を一時的なトラブルとして捉え、付け焼き刃の対処療法を打つだけなのか、それとも小売の本質的な価値に立ち返り、変革の機会と捉えるか。目の前の消費の落ち込みを嘆いてるだけでは、問題は長期化するだけだ。営業時間の短縮や在宅勤務を強いられる今の現状は、小売の新しい働き方やビジネスのあり方にトライする絶好の機会とも言えよう。コロナウイルスが収束した先の未来、つまりアフターコロナにおける日本の明暗を分けるのは、そのマインドセット次第なのだ。
さらに小売が変革の姿勢を示すことは、売り上げが落ち込む同じリアル店舗型ビジネスである飲食業界などにも勇気を与えるだろう。お店に人が来ない時期は、これまでじっくり取り組めていなかったデジタル集客や業務効率化など、腰を据えて取り組む絶好の機会であると言えるからだ。
今回のコロナショックは、小売、メーカー、そして消費者が、それぞれの立場で行動を見直し、新たな理想を見つけていく契機である。立場を超えて協力することができれば、きっと日本は元気になれる。後から振り返って今回のコロナショックが、小売の新しい道を切り開いた最大の転換点であったと言えたら最高だ。
最後にリテイル業界に関わる私達は「消費、そして地域を元気にする」という視点を忘れてはいけない。コロナショックの一番の特効薬は、日本の消費が元気でいることそれ自体にある。現在の日本では外出が減ったり、地域に暮らす人々の顔もどことなく暗い。このまま小売店、メーカーそして、消費者がネガティブに捉えてしまうと、消費に元気がなくなってしまい、日本経済の不況が長期化してしまう。今こそ、小売とメーカーが手を取り合って、日本のピンチを救うヒーローになるべき時である。アフターコロナを見据え、今こそ次の小売の変革に向けて動き出そう。そして、出かけたくなる、買いたくなる世界を、一緒に実現していければと思う。
つつみ・ふじなり