ユニクロがこれまで自社工場を保有してこなかった根本理由

河合 拓
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 KPIが背反する「生産部」と「販売部」の両方を機能させる方法とは?

 さて話をKPIに戻すと、「商品回転率」は、好きなときに、好きな商品を、好きな量だけ必要とするが、「稼働率」においては、変化は悪、同じ商品を果てしなく作り続けることで単品当たりのCMT (製品加工賃)を下げるのが基本的な考え方だ。したがって、アパレル企業の内部に生産部を入れ、そこに商社出身の強者を高額報酬で雇い、商社の真似をしようとするアパレル企業があるが、うまくいった事例がないというのはここが理由である。

 なぜなら、同じ組織で交差比率と稼働率は絶対に交わらないからだ。ましてや、こうした企業は、その出自からか組織上「売場」の人間を「作り場」の上位職に設置する。そして、「作り場」の人間は、ムリ、ムチャ、ムダな要求を押しつけられるため、本来のパフォーマンスを発揮できなくなるのだ。リテール出身の人間には、なぜ大枚をはたいてつくった生産部門が、商社と同じことができないのか理解できないようだが、私には手に取るように内情が分かる。ビジネスモデルが真逆なものを同じ組織のなかに入れるからだ。

  もしKPIが背反する「生産部」と「販売部」を同一組織内の中でうまく機能させたいのであれば、生産領域の制約条件と販売領域からの必要条件を同時に比較する必要がある。前者は、例えば、素材がないため原材料を前もって押さえなければならない、あるいは工場キャパシティーがパンパンになってきたからラインを確保せねばならないなど、「生産のボトルネック」を差す。一方、販売領域からの必要条件とは、今、世の中はこのようなトレンドにあり、こうした商品をこれだけ必要としているという「売場の都合」のことを意味する。その上で、瞬時に、そして、コンカレント(並列関係)に判断を行い、何を捨て、何を取ることが利益に繋がるかというダイナミックな意思決定が必要になる。その際、制約条件の中から必要条件を見いだすのか、逆に必要条件のためにリスクを冒してでも制約条件を飲み込むのかといったことも含まれる。これがSPAの本質であり、製販統合による競争優位性を生み出すメカニズムなのだ。

  ところが、こうした戦略と組織の関係を理解していない企業は、常に、「お客様のいうことは絶対だ」という錦の御旗の元に、「売場」を主軸にし、必要要件をダイレクトに「作り場」に落とすリニア型意思決定を行ってしまう。結果、商社や工場にムリやムチャを言って、生産現場が混乱するのだ。

  今、「商社外し」がアパレル企業のトレンドとなっており、私が行く先々で、「直貿比率の増加」を掲げる企業が多い。しかし、アパレル市場に目を向けると、トップ10だけで市場の40%を占め、残りの60%を2万社が占めるという、ウルトラロングテールの日本アパレル産業構造の中で、商社は工場の「稼働率」を上げるため、数十、数百という企業と取引をし、「交差比率」と「稼働率」の対立関係をオフセット業務(対立する「売場」と「作り場」の要求を、複数の会社に分散させ、お互いを吸収させ合うことでハブ機能とする業務)を行うことで調整している。したがって、「我が社は直貿をやっています」という企業が増えているが、後述する生産現場の奥地にまで入り込み、どのような商流、物流、情報流で商品が流れているのか分析すれば、彼らの「直貿」が、なんら商品競争力を高めていないことが明らかとなることがほとんどだ。ユニクロの真似をし表面的な直接取引をやっても商品競争力は上がらないのだ。

 

プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

河合拓氏_プロフィールブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)

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