中期経営計画(2021~2025年度)で5つの変革を掲げるイオン(千葉県/吉田昭夫社長)。そのうちの1つ「デジタルシフトの加速と進化」を実現するべく、傘下の機能会社イオンスマートテクノロジー(千葉県/羽生有希社長)を中心に、グループ全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推し進めている。具体的にどのようなことに取り組んでいるのか。イオン、そしてイオンスマートテクノロジーのCTO(最高技術責任者)を兼任し、イオンのDXを推進する山﨑賢氏へのインタビューを全2回にわたってお届けする。本稿はその前編。(後編はDCSオンライン+読者専用になります) 聞き手=阿部幸治(本誌)、構成=山口伸
山﨑賢●やまざき・けん
イオンCTO兼イオンスマートテクノロジーCTO。ヤフーで新規サービスの立ち上げ経験を経て、ベンチャー企業で開発組織の立ち上げや新規プロダクトの開発を担当。その後、リクルートに入社して組織マネジメントとビジネスを学び、複数のベンチャー企業でCTOとしての経験を積み重ね、2023年3月から現職。イオンスマートテクノロジーは、イオングループの方針に基づき、各事業会社と協力しながら、グループ全体のDXを推進する機能会社としての役割を果たす。同時に、事業会社の側面も持ち、グループ横断のアプリや情報基盤の提供も行っている
イオンのDXで
日本の小売を変革する
――大企業からベンチャーまで、さまざまな企業でキャリアを積まれています。イオンに参画した経緯を教えてください。
山﨑 もともと将来的に社会に貢献したいという想いを持っていました。そしてリクルート時代に、次はエンジニアとして、資金の少ない企業でゼロからイチを作りあげる仕事を経験し、2社ほどで手応えを得られたら、もう一度、大企業で社会的にもインパクトの大きい仕事に挑戦しようという目標を立て、それを実行し今に至ります。イオンを選んだのは、タイミングを含めてご縁と、プライベートでもイオンのサービスや活動に触れる機会が多く面白そうだと感じたためです。
――イオンのDXの現在地をいかにとらえていますか。
山﨑 イオンは日本における小売の最大手であり、日本の小売の商習慣や文化を変えられる存在だと考えています。イオンのDXの現在地は、そんなイノベーションを起こす存在になる2歩手前くらいの状態です。まずは一歩進むために、イノベーションに向けた環境を整備し、さらなる1歩でそれをイオン全体で使いこなせるようになる必要があります。
――イオンのCTOとイオンスマートテクノロジーのCTOを兼任されています。それぞれどのような役割を担っているのでしょうか。
山﨑 イオンのDXを実現するというミッションは同じで、役割に大きな違いはありません。イオン本体はグループの持ち株会社と言える存在で、実行機能は持っていません。イオンのDXの実行機能はイオンスマートテクノロジーに凝縮されています。現在は、イオンのCTOとして各事業会社の現状や課題など把握して戦略を立て、イオンスマートテクノロジーのCTOとしてDXを実行しています。
――イオンスマートテクノロジーは2020年に設立されました。その背景を教えてください。
山﨑 立ち上げ当初、私はまだ在籍していませんでしたが、イオンはM&A(合併と買収)を積極的に行い成長してきた会社であり、そのため事業会社の基幹システムは、ごちゃまぜとも言えるような状態でした。そこでデジタルシフトを実行するための基盤を整備する機能会社としてイオンスマートテクノロジーが立ち上がっています。
各社の独自性を残しつつ
「IT」「データ」の統合進める
――DX推進のための基盤整備の進捗はいかがですか。
山﨑 現時点では、まずグループの事業会社間で「ITの統合」と「データの統合」という2つを行うことに専念しています。グループ各社の基幹システムを統合するのは壮大で長い時間を要する作業であり、かつ今後もM&Aを行うたびに同様に統合作業が必要になります。そのため、各事業会社である程度の独自性を残しつつ、グループ全体で統合可能な部分から着手している状態です。
その進捗状況は、現在あるグループ300社を分母とすると10%くらいです。顧客IDの数で言えば、中核会社のイオンリテールの所有量が多いことから70%ほどです。主要な事業会社ではある程度、統合作業が進んでいます。
――統合作業ではどのようなことが障害となりますか。
山﨑 生じる障害は非常に多いです。まずはUX(ユーザーエクスペリエンス)の問題です。オンラインの会員ページにログインする際の仕様が急に変われば、会員のお客さまにはストレスとなります。また、ログイン時のパスワードの再発行方法1つをとっても、メールアドレスや電話番号など、顧客IDと紐づけるための情報が各社で違います。お客さまに負担をかけずに統合作業を進めることが重要です。
お客さまに還元できる
データ活用を進める
――イオンスマートテクノロジーが現在、最も注力している領域は何ですか。
山﨑 データの活用です。顧客IDの統合が7割ほど進んだため、データの活用価値が上がってきました。顧客IDがつながると、グループ企業を横断したさまざまな消費行動を可視化できるようになるためです。こうしたなか、顧客データの分析によって新規ビジネスにつなげるというよりは、お客さまに還元できる活用方法を優先的に取り組んでいきます。たとえば、One to Oneマーケティングによって、個々のニーズに即したクーポンの配信や、お客さまにとってより心地の良いターゲティング広告を行うといったものです。
――購買データの分析結果は各事業会社に共有されているのですか。
山﨑 個別の事案によって状況が異なります。事業会社のデータをフラットに共有するかという点については検討段階です。イオンの事業会社もさまざまで、イオンリテールのように相当量のデータを持ち、自社で複雑な分析まで可能な企業がある一方、非常に規模の小さい企業もあります。グループ全体で共有できたほうがよいのですが、win-winの関係構築も必要であり、個別の事業会社ごとに調整が必要だと考えています。
中国の事業会社の
優秀なエンジニアを活用
――こうしたプロジェクトを進めるイオンスマートテクノロジーでは現在、どれくらいのエンジニアが在籍していますか。
山﨑 全体で300人強ほどです。グループ会社からの移籍ではなく、ほぼ外部から採用しています。また業務委託の人材もいます。エンジニアの数自体は足りていますが、正社員の数が足りないので増やしていく方針です。
それ以外に、イオンは19年4月、グループ企業に対するデジタルビジネスソリューションの提供を目的とした機能会社Aeon Digital Management Center(DCM)を中国で立ち上げています。同社の半分ほどのエンジニアも日本の業務を担っています。中国には優秀なエンジニアが多く大きな戦力となっています。
――イオンの各事業会社に在籍しているエンジニアとはどのような連携を図っているのでしょうか。
山﨑 事業会社のシステム部門の担当者とは、現段階では全体に情報交換するような体制をとっていません。IDやデータの統合などのプロジェクトをきっかけに、ゆるやかにつながっていくフェーズとしています。
イオンと事業会社の関係性は、トップダウン方式ではなく独自性を重んじる方針で、だからこそ生まれる各社の自主性はイオンの強みだと感じています。ですので、イオンスマートテクノロジーが一気にガバナンスを発揮するのではなく“連邦制”のようなイメージで、1社ごとに協力できることはないか問いかけて連携のきっかけをつくっていきたいと考えています。(後編に続く)