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若い年齢層を獲得する新たな商品を投入し日本酒市場の活性化を進める=菊正宗酒造 嘉納治郎右衞門 社長

辛口を特徴とする日本酒メーカーの菊正宗酒造(兵庫県)。商いの起こりは江戸時代初期に遡り、2019年、創業360年を迎えた。伝統的な製法「生酛(きもと)造り」を守り続ける一方、新たな製品にも積極的にチャレンジ、今も新たなファンを獲得する。嘉納治郎右衞門社長に現在の取り組み、今後の展望などについて聞いた。

聞き手=阿部幸治(本誌) 構成=森本守人(サテライトスコープ)

守り続ける「生酛造り」

かのう・じろえもん(嘉納逸人 改め)1975年、兵庫県神戸市生まれ。44歳。97年甲南大学卒。同年、イトーヨーカ堂入社。2001年4月菊正宗酒造入社、04年同社取締役就任。13年代表取締役副社長。16年菊正宗酒造代表取締役社長就任(現任)。05年日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了

──菊正宗酒造の創業は江戸時代初期の1659年で、2019年、創業360年を迎えました。

嘉納 ひとえに当社製品のご愛飲者の方々、またお取引先さま、納入業者さま、農家の方々など、みなさまのおかげだと感じております。実は19年、当社にとり創業360周年であるとともに、会社設立100周年にもあたります。これまで以上に、各方面へ感謝の気持ちを持つ機会にしようと、社員ともども話しているところです。

──360年という長い歴史のなか、日本酒の造り方もずいぶん変化してきたのでしょうか。

嘉納 いいえ、江戸時代から今日にいたるまで、当社が酒造りの中心に据えてきたのは「生酛造り」。菊正宗がこだわる、淡麗辛口の酒質を実現するために不可欠な製法です。アルコールを生成する酵母を育てる「酛」(酒母)を、水と米と米麹から、昔ながらの手作業で約4週間かける、日本酒の原点ともいえる造り方です。

 ただ時間がかかり、また品質を安定させることが難しいため、全国で1000以上ある酒蔵のなかで伝承しているのは菊正宗を含めてわずか数蔵に過ぎないのが現状。当社では今後も、この伝統的な製法を守り続けていく考えです。

──さて、大きな節目を迎えた2019年、何に取り組んでいますか。

嘉納 従来、当社が掲げてきたのは「辛口ひとすじ」。さらに19年、大きな節目を迎えたのを受け、次の時代を見据えて「灘から世界へ。」という新しいコーポレートスローガンを制定しました。このもとで、灘の酒の復権、さらに飛躍をめざします。

 酒のほか、新しい分野にも積極的に挑戦していきます。日本酒メーカーの当社が持つ発酵技術を活用し、近年、需要が高まっている美容や健康関連の製品も広げていきたい。「酒」「美容」「健康」という3つのテーマを追求、次代に向け進んでいこうと志を新たにしているところです。

世界的コンテストで最優秀賞

──あらためて日本酒を取り巻く環境についての認識を聞かせてください。

嘉納 国内は少子高齢化が進行、人口減少によりマーケットが縮小しています。これまで日本酒はヘビーユーザーに支えられてきたカテゴリー。その主たる顧客層が高齢化し、消費量が減少、日本酒市場は厳しいといわれています。

 ただ、変化も見られるようになってきました。純米酒や吟醸酒といった、高品質なお酒への注目度が高まり、女性や若年者といった新しい層の購買者が増えつつあります。また近年、インバウンド需要のほか、海外での評価も高まっています。

──その状況のなかどういった施策で市場拡大を図りますか。

嘉納 国内では今、お話しした純米酒や吟醸酒、また製品形態では中小容量の製品の需要が高まっています。それら伸長している部分を、さらに拡大することで日本酒市場を伸ばしていきたい。

 一方、落ち込んでいるのはボリュームゾーンである大容量のパック製品です。日本酒業界全体の売上構成比が約7割あり、いわば業界の根幹といってよいカテゴリーです。紙パックのお酒は、瓶よりも軽く、割れない、遮光性にも優れております。何よりも流通で手軽に入手できます。もっと日本酒を日常酒的に楽しんでいただけるようなパック商品の開発は重要だと考えています。

──それを実現するため力を入れる製品は何ですか。

嘉納 ひとつは16年9月に発売した「菊正宗 しぼりたて ギンパック」。新たに開発した特許酵母を使っており、大吟醸をも凌ぐ香り、新酒のような風味です。しぼりたてのお酒を生のまま低温貯蔵し、パック詰めする時のみ加熱処理しており、華やかな味わいが特徴です。発売後、売上が着実に伸びており、とくに30~40歳代の購買者が増えています。従来とは異なる若い年齢層の獲得につながっており、手応えを得ています。

 また19年7月、世界最大のワインコンテスト「IWC(International Wine Challenge)2019」のSAKE部門で、このギンパックが最優秀賞「グレートバリュー・チャンピオンサケ」を受賞しました。紙パック商品では初受賞。19年9月には、その上位ブランド「菊正宗 しぼりたて純米 キンパック」も新発売しました。

酒樽づくりを一般に公開

──新開発の特許酵母を使用した、新しいタイプの製品にもチャレンジし、着実に成果を出しています。貴社の動きからは、伝統とは革新の連続という表現が想起されます。

嘉納 新たな挑戦をしつつも、生酛造りをはじめ、守るべき伝統は伝承していきます。テーマに掲げているのは「伝統と革新による価値創造」。そのなかで主力商品である「樽酒」は伝統を引き継いでいかねばならない分野だと考えています。

 樽酒とは、木製の樽に貯蔵することで、木の香りがついた清酒のことです。生酛造りによる酒の旨味に、当社がこだわっている奈良県吉野杉の芳潤な木香が加わることで、濃密ながら、さわやかな香りとなります。まさに樽酒にしか出せない味わいです。

──樽酒は菊正宗に欠かせない存在と言えそうですね。

嘉納 ただ近年「酒樽」の生産業者が年々、減少しているという問題があります。これに対処すべく、当社では6年前から酒樽づくりを内製化しています。具体的には、3人の酒樽職人さんを受け入れ、自前で酒樽づくりを行っています。

 16年には、樽酒を瓶詰めした「瓶詰樽酒(樽びん)」が発売から50年を迎えたのを機に、工房「樽酒マイスターファクトリー」を設立、酒樽づくりの様子を一般のお客さまに公開しています。酒樽づくりに使用する道具を展示するほか、当社が吉野杉にこだわる理由を紹介する動画など、コンテンツの充実も図り、多くの方に興味を持ってもらえるよう工夫しています。

テーマは「食とのマリアージュ」

──今後、日本酒がさらに消費者に飲用されるためには、何が必要だと考えますか。

嘉納 日本酒は日本料理によく合いますが、そこだけに固執していては限りがあると思うのです。16年4月に立ち上げた新ブランド「百黙」は、食の多様化する時代にあり「料理と共に高め合う個性をもったお酒」をコンセプトとしています。このブランドは当初、兵庫県で限定販売していましたが、徐々にエリアを拡大し、百貨店やレストランでも飲んでもらうための営業活動にも力をいれています。

 テーマは「食とのマリアージュ」。ワインのように、料理の垣根を越え、日本酒も広く飲まれるようになればと思っています。国内だけでなく海外市場も視野に入れており、昨年はフランスのパリ、19年6月には米国のニューヨークでお披露目会を開催しました。

──食品スーパー(SM)へのメッセージをお願いします。

嘉納 日本酒は非常に多様性のある商材です。蔵元は、北は北海道、南は九州、沖縄まであり、月見酒、雪見酒など季節感も打ち出せます。飲む温度帯にしても、冷酒、常温、さらに燗と幅広く、生活シーンに寄り添った提案が可能です。ぜひ売場を特徴づける商材として活用していただきたいと思いますし、当社がその提案をさせていただきます。

──最後にこれからの展望を教えてください。

 当社は19年、創業360周年を迎えました。1年を1度とすると、360度一周し、新たな一歩を踏み出す節目に、地元神戸のJリーグチーム、ヴィッセル神戸のアンドレス・イニエスタ選手と出会いました。先日、当社のアンバサダーに就任していただき、その記者発表会でも大きな反響がありました。すでに若い年齢層からの注目度も高まっています。

 これからもより多くの方に日本酒を飲んでいただくため、さまざまな取り組みに挑戦してまいります。

菊正宗酒造企業概要

創業 万治2年(1659年)
設立 大正8年(1919年)
社長 嘉納治郎右衞門
本社 兵庫県神戸市東灘区