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第11回  社長の独りよがりな「社会貢献活動」で社員が大量退職

このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例をもとに紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に、「こうすれば解決できた」という教訓も取り上げた。今回は、広告会社の3代目社長が「社会貢献活動」と称して様々な活動に取り組むのだが、それが社員の意識をなえさせていく事例を紹介しよう。

 

第11回の舞台:広告会社

社員数(パート含む)60人ほどの広告会社


独りよがりの社会貢献活動をSNSでアピール

 午後10時、フェイスブックのウォールに画像がアップロードされた。

 40代後半の社長の顔が、画面をはみ出すほどに写っている。濃い眉毛にメガネ。大きな口をあっーと空けている。おそらく、自撮りなのだろう。「私立大学の経営学部で200人程の学生を前に講演をした」と自らが書き込んでいる。10分以内に、数人から「いいね」ボタンがつく。社員たちが押しているようだ。

 この広告会社の社長は、いわゆる3代目。祖父が創業者で、業績を拡大し、20年程で社員数が50人程にした。一時期、国会議員に立候補したことがある。その息子が2代目となり、さらに業績を拡大。売上は50億円に迫るほどになった。社員は、100人近くにまで増えた。

 この父子は地元の経済団体の役員を歴任した。それぞれが市内中心部に「〇〇御殿」とも言われる家を構築し、「名士」として名が知られていた。2人ともすでに他界している。

 現在の社長は3代目で、2代目の長男だ。5年ほど前、病床に伏し死が迫っていた父の後を継いだ。大学を卒業した後、信用金庫に就職し、約20年間、支店などで融資や営業に携わっていた。役職に就くことはできなかった。

 社長就任時の5年前から一貫しているのが、「社会貢献活動」への参加である。

 毎月、10∼15日は何らかの形で活動をしている。例えば、地元の小中学校、高校で出前の講義をする。自ら教育委員会や各学校へ売り込んだのだという。講義では、「会社で働くこと」をテーマに1時間程話す。首都圏の大学や専門学校などにも、同様の売り込みをする。

 5年間で、学校などの講演は200回を超える。ほぼ毎回、本人がそれをフェイスブックにアップする。数十人の社員が義理なのか、業務命令を受けているのか、深夜でも「いいね」ボタンを押す。職場では、社長が「社会に貢献しよう!」としつこく説くが、多くの社員は冷ややかだ。

 地元の大きな公園に月に1∼2回、社員60人程を集め、掃除もする。「社会貢献活動」の一環だ。わざわざ、社長自ら、地元紙やローカルのテレビ局の記者に「取材をしてほしい」と電話までしているという。

 「社会貢献活動」が本業に何らかの形で結び付けばいいのだが、業績はこの5年間、横ばい状態。社員の賃金も、わずかに年1度の昇給で増えるのみ。賞与は年間で基本給の2か月分。定着率は特に20∼30代で低く、年に10∼15人は退職する。入社式は毎月行う。人の出入りは激しい。それでも、社長は何ら対策を取るわけでなく、ひたすら活動を続ける。

 地元の経済団体の事務局員や同世代の中小企業経営者たちからは、やっかみとも皮肉ともとれる声を聞く。

 「祖父、父に負けない経営者になるために、必死にあんな活動をしている。だけど、社員数60人程の会社では無理だよ。社員たちが冷めた思いで見ているだけ…」 

 「経営能力では追いつけないから、パフォーマンスでなんとかしようとしているんだろうけど…。なんだか、哀れに見える」

 昨年は、側近の役員や本部長も辞めた。意固地になっているのか、「社会貢献活動」への売り込みはますます激しくなっているという。

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こうすればよかった!解決策

社会貢献を逃げ道に使ってはいけない

 偉大な祖父や父に負けたくないー。そんな思いが災いしているのかもしれない。私は、次のような教訓を導きたい。

こうすればよかった①
「部下は何を求めているのか」をまず把握せよ

 人間先立つものはお金であり、生活費だ。少なくとも会社員はそのために職場に来ている。経営者は、ここを起点に考えないといけない。中小企業ならばなおさらだ。経営状態が低迷し、賃金が増えない場合は何よりも賃上げこそ、急務だ。

 ところが、三代目社長はそこを疎かにしている。それでいて、活動に猛進する。しかも、社員を強引に参加させる。さしたる説明もなく、だ。ここに、社員たちは胡散臭いものや不誠実さを感じ取る。

 部下を育成する時に、まず、何を求めているのか、何が今、最も大切なのか、をきちんと考えたうえで接する必要がある。それができる人を「部下掌握力がある」と呼ぶのだ。

こうすればよかった②
まずは経営状態が芳しくない現実を受け入れるべき

 会社や部署には、成長のステージがある。今回でいえば、祖父と父が経営していた頃と、現在は状況が大きく異なる。おのずとマネジメントの手法も変わらなければならない。だが3代目社長は、そのことを本当の意味では心得ていない。祖父や父を意識するのは仕方がないとしても、やはり、時代も置かれた環境も違うのだ。

 3代目は、まずは経営状態が芳しくない現実を受け入れるべきだ。そこから、スタートをしないといけない。部下の育成をする時に、「こうありたい」と願うあまり、現実離れした目標などを求める場合がある。あるいは、通常あり得ないような仕事の進め方でさせるケースもある。上司が持つある種の妄想や思い込みが、部下を路頭に迷わせる可能性があるのだ。リーダーの心のあり方で、会社や部署はどうにでもなっていくことを、理解したい。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

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