第6回 自分の成功体験の押し付けが部下のやる気を萎えさせる

2019/06/19 05:08
神南文弥(じんなん ぶんや)

このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例を紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に、「こうすれば解決できた」という教訓も取り上げた。今回は、ラーメン店のベテラン店主が、新店主に押しつけがましく指導するところから、ひずみが生じた、悲劇をお届けしよう。

 

第6回の舞台:ラーメン店

都内のラーメン店。25年ほど前に夫婦で開店し、最近、義理の息子に経営をバトンタッチした。

 

過干渉がモチベーションを失わせる

 「短い間でしたが、閉店いたします。ありがとうございました」

 シャッターに貼られた紙に、細く弱々しい文字。わずか、2か月で地域ではよく知られたラーメン店「H」が消えた。

 店主は、30代前半の男性。以前は、隣の駅付近でラーメン店「A」を5年ほど営んでいた。妻の父(義理の父)からの勧めで2か月前に「A」を畳み、「H」の新店主となる。

 「H」は現在、70歳前後の義父が25年近く前にオープンさせた。もともと、大手メーカーの工場作業員として勤務し、そこで妻と知り合い、結婚。30年以上前に退職し、ある店で約5年間、無給に近い状態で修業した。その後、「H」をオープンさせ、夫婦で猛烈に働いた。月に2日の休日で、1日に10数時間も厨房に立った。

 店は、繁盛した。月の平均売上は20年以上にわたり、150万円程をキープした。地域では、名物夫婦だった。現在、ともに70歳近いこともあり、昨年、義理の息子を後継者にした。だが、わずか2か月で閉店。売上は「開店祝儀」もあり上々、150万円を超えていた。

 周辺の居酒屋の店主によると、店主は義父からの干渉にキレてしまったのだという。義父は25年の経験をもとに、「こんな味ではだめだ」「このスープにしないと…」と頻繁に厨房で指示をした。しかも、客の前で大きな声で。

 一国一城の主であった息子は耐えられなかったようだ。以前の店「A」は、義父の支援で開店したわけではない。10年以上前に福祉施設の職員を辞めて、ひとりで開業した。その後、知り合った女性の父が偶然にも、隣駅近くで「H」を経営していた。2人とも自営業であり、広い意味でライバルであったのだ。

 「結局、(義父の指示に)全部、言いなりにならなきゃいけない。これでは、ダメになる。俺は、あの人の部下じゃないんだから…」

 息子は前述の居酒屋の店主に、こんな愚痴をこぼしていたらしい。「H」のシャッターは閉じられたままだ。時折、自転車に乗った義父を商店街で見かける。声をかける人は、ほとんどいない。ラーメン店「H」は、人々の記憶から消えつつあるのかもしれない。

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