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社会構造転換の分水嶺の時代を「価格革命」で勝ち残る!=アークス 横山清 社長

北海道を地盤に食品スーパー(SM)を展開するアークス(北海道/横山清社長)の2009年2月期決算は、売上高 2538億円(対前期比5.2%増)、経常利益93億円(同5.6%)で、8期連続の増収増益だった。今期も引き続き増収増益と、強気の計画を打ち出して いる。消費が失速する今の時代を、横山社長は「社会構造の転換期」と見る。新たな生活体系に対応した圧倒的な価格訴求で勝ち残りを誓う。

「値引き合戦という名の熱病が、流通業界に蔓延している」

横山清(よこやまきよし) 1935年生まれ。北海道出身。60年、北海道大学水産学部卒業。同年、野原産業入社。61年大丸スーパー(現ラルズ)入社。85年、同社代表取締役社長。89年、ラルズ代表取締役社長。2002年、アークス代表取締役社長に就任。07年、ラルズ代表取締役会長に就任。

──消費の不振が続く中で、第1四半期、それ以降も苦戦するSMが大半です。当面の景況感をどう見ていますか?

横山 SM業界は今、もはや打つ手がないから、各社揃って何千品目を10%、20%と値引き合戦を繰り広げている状況です。しかし、値下げしたから同じだけコストが下がるかというと、そんなことはありません。この値引き合戦による損失は、ゾッとするぐらいのものです。

 仮に2000億円の売上規模の企業があるとして、10%の値引きをしたら200億円も吹っ飛んでしまうことになります。それに加えて、相対的に管 理コストが上がりますから、利益へのダメージは相当に大きなものです。これからの半年、1年の間に、企業の存続に関わるようなあらゆる事象が必ず顕在化す るでしょう。

 今、私たちは、社会構造が大きく変わる転換点にいると感じています。少し前までは、年収300万円が「低所得者」でしたが、この先は、さらに下を くぐる世帯も増えてくると、専門家は指摘し始めました。今の延長線上に、みんなが揃って高度成長を喜ぶ時代が再び訪れるというのは、考えにくいことです。 だから、新しい社会構造に変わるという認識に立って、新しい生活体系に応じた商売のあり方を、考えなくてはいけない時期にきていると思います。

 所得水準が下がり、リッチではないけどプアでもなく、満足した食生活をベースにして、健全な人生を真っ当できるような社会づくり。これが、わがアークスグループのめざすところです。

──現在のような厳しい経済環境の中で、アークスが掲げる経営目標の経常利益率3%を維持するためには、どんな施策が考えられますか。

横山 この状況下で、われわれの打つ手は限られます。流通業はもともと従業員に占めるパートタイマーの比率が高い。それだけに、人件費面での画期的なコストダウンはできません。

 ただ、アークスは、北海道の小売業の中でもとくにローコスト経営の企業だと自負しています。一つひとつの効果は小さくても、コスト削減はその積み重ねです。

 その1つの例が当社の「ビッグハウス」業態で、ローコスト体質の店舗で成功してきました。「ビッグハウス」は、粗利益率16%で3%以上の利益を 出しています。アイテム数を従来のSMの3分の1程度に絞り込んだ単品大量販売によって、低価格を実現するというコンセプトです。

 ローコスト経営は、本社部門も例外ではありません。昨年移転したこの新社屋も築14年の建物への居抜き移転で、不動産コストを抑えている。私には専属の運転手もいないし、社用車もない。電車やタクシーで移動していますよ(笑)。

 こうしたローコスト経営で価格訴求の原資をつくり、薄利多売で安く売って競合を制し、その分のシェアを獲得して利益をさらに高めていく。そのための歴然とした価格訴求ができる仕組みをつくろうと考えています。

粗利益の確保と、強烈な価格訴求を
両立できるのが「価格革命」

──今年の年頭所感で、横山社長は今の時代への危機感を「恐慌前夜」と表現し、これを「革命的な価格とサー ビスで乗り切る」というスローガンを打ち出していますね。かつて、ダイエー(東京都/西見徹社長)の創業者の故・中内氏が繰り返した「価格破壊」という 言葉が広く知られています。これに対して「価格革命」とは、何を意味するのでしょうか。

横山 中内氏の言う「価格破壊」は、平たく言えば、小売企業がメーカーとの取引の中で、いかに有利な仕入れ条件を引き出し、売価に還元できるかという話です。

 一方の「価格革命」というのは、お客さまに対して歴然とした価格訴求ができ、なおかつ小売業側も粗利益を確保できる仕組みづくりが前提にありま す。具体例をあげるなら、ユニクロ(山口県/柳井正社長)がわかりやすいですね。今まで消費者が1万円、2万円で当然だと思っていたものが、3000円で 買えるようになったのだから、これは画期的なことです。

 今の時代、ユニクロで3000円の商品と同素材、同機能だけれども、「デザインに凝ったから付加価値分を含めて3万円」というのは、通用しなくなってきたわけでしょう?

 私たちはSPA(製造小売業)ではないけれども、この考え方は、食品にも当てはまるものだと考えています。

──食品業界でいうと、流通各社のプライベートブランド(PB)が、昨年あたりから消費者に急速に浸透しましたね。

横山 そうですね。最近の単品データを分析してみると、トップブランドとPBのシェアが逆転してしまう現象が起きてきました。カテゴリーの30%、40%のシェ アを握るPBまで出てきたほどです。その影響で、一度は値下げしたナショナルブランド(NB)商品の価格も、さらに下がっています。これは、ひとつの「価 格革命」だと感じました。

──横山社長の考える「価格革命」の、現段階の達成度はどのくらいですか。

横山 緒に就いたばかりです。

 マルコム・グラッドウェルの著書に「ティッピング・ポイント」という言葉があります。要するに、何かのスキルを高めるために集中して継続していくと、あるとき、爆発的に成果が表れるというものです。

 小売業も、日々学びながら愚直に積み重ねていく。「大根売って30年」というのは、私が気に入っている言葉ですが、大根の特性とマーチャンダイジングについてはすべて熟知するというような、「大根売って30年」にならなくてはいけないと思っています。

キリンとサントリーの統合は驚き
「いいことだと思います」

──小売業が「価格革命」をめざす一方で、キリンホールディングス(東京都/加藤壹康社長)とサントリーホールディングス(大阪府/佐治信忠社長)の統合が発表され、大手メーカーの再編に、さらに拍車がかかりそうです。

横山 キリンとサントリーの再編には、驚きました。誰が見たって難しそうな統合を、やってしまおうというのですから、すごいことだと思います。

 メーカー再編の動きについては、景況感に加えて、バイイングパワーの問題もあると思います。メーカーと小売業の力関係というのは、かつてとは一変 していて、大手小売業が断然、価格決定権を持ち始めています。こうしたことも、メーカー再編を促進する要因だと思います。しかし、メーカーの再編は、いい ことだと思います。必ずやそのメリットが出てくるはずだからです。無駄を排除した効率のよい経営ができれば、その分、必ず社会に還元されるわけですから、 極めるとこまで極めてもらえばいいと思います。

──その一方で、小売業側の再編については、どう見ていますか。

横山 小売業界の10年前の決算を見ると、売上ナンバーワンはダイエーでした。そして、イオンとイトーヨーカ堂の3社で「3強」だったわけです。今は、上位5社 のうち、西友はウォルマートになってしまい、マイカルはイオン。ダイエーも実質的にはイオングループですから、イオンとセブン&アイの2社に集中している 格好です。しかしながら、これが業界のすべてであるとか、業界が大きく飛躍するためのベースをつくったとは思いません。

──アークスグループとして、北海道の10社で「八ヶ岳連峰経営」に取り組んでいます。

横山 SMについて言えば、一つひとつの企業規模が小さくても、商圏内の圧倒的なマーケットシェア、いわゆる「クリティカル・マス」を握ることで、大手にも十分対抗できると考えています。

 たとえば、1店舗当たり100億円売るような大型店が出てきたとしても、その周辺を1店舗で30億円売り上げる10店がまわりを取り巻いて、 300億円のシェアを持つほうが、強いと思います。さらに、300億円の企業が10社集まれば、3000億円になります。こうして集まれば、3兆円に並ぶ わけです。

 今、SM企業はわが国に千数百社ほどありますが、「みんなで手をつないで幸せに」という時代ではありません。所得が減る、人口も減る、高齢化する、ゆえにマーケットは縮小する。それによって当然競争は激しくなります。

 しかし、マーケットは縮小するけれども、プレーヤーも場合によっては脱落する可能性があるわけですから、生産性を高め、的確に顧客ニーズを押さえて、革命的な価格とサービスを実現できる優れた企業であれば、拡大していけるチャンスだと思います。

 こうした状況下で生き延びるための手段は、大企業にならなくても、情報や人の交流が新しい生態系を生んでいくというような、たとえばこれは羽化のようなイメージであったり、新しいタイプのボランタリーであったり、新しいタイプの企業体であったりしていいと考えています。

──今後、マーケットが縮小していく中で、M&A(合併・買収)の機会は増えると思います。アークスとしてはどのような方針ですか。

横山 積極的な方針としてM&Aを掲げることはありませんが、北海道マーケットで磐石な体制をつくるには、3000億円の規模は必要だろうと考えてやってきまし た。この計画の進捗は、若干遅れています。ただ、今のような大嵐の時期にどう船を出すかというのは、風待ちみたいなところがありますので、状況を見ながら 進んでいこうと思います。

 当社は今、1年間投資をしなければ無借金経営になります。まったく投資しないわけにはいきませんが、財務基盤を固めながら、船出のときに備えています。