2011年3月1日、さえき(東京都)はホールディングス(HD)体制に移行した。純粋持ち株会社のさえきHDのもとに、事業会社としてさえきやフーズマーケットホック(島根県/長谷川徹社長)などが連なるかたちとなる。3~4年後の売上高1000億円体制をめざし、新たな成長戦略のステージへと突入した。
10年度業績は堅調に推移
──2010年度決算は、グループ売上高400億円、売上高経常利益率2%を確保する見通しと聞いています。期首には10年度の見通しについて「業界全体が非常に厳しいものになる」と言っていましたが、締めてみれば堅調でした。
佐伯 08年9月のリーマンショック以降、製造業を中心に多くの企業が業績不振に陥りましたが、食品スーパー(SM)業界にはすぐに影響は出ませんでした。しかし、翌09年の夏ごろから、SM各社の売上に異変が起こり始めました。その年末にはある卸売業の幹部の方から「入社以来、こんなに悪い数字は見たことがない」との嘆息が漏れたほどに、SM各社は惨憺たる売上状況だったのです。
そういう状況を鑑みて、09年末の段階では「10年度は厳しくなるだろう」と予測をしたわけです。年度初めは予想どおりの低調に推移しましたが、夏場の猛暑効果により、業界全体が救われたというのが正直なところです。
大手各社さんの10年度第3四半期決算を見ると、売上好調によるものではなく、販売管理費を削減したことによる営業増益という構図です。ただ、そうは言っても、業界全体に蔓延していた消費大不振の「底」は脱したものと見ています。
──となると11年度の業界全体の見通しは、回復基調に向かう?
佐伯 そう思います。変化要因として、原材料価格の高騰が挙げられます。日本では消費不振の影響から、デフレ基調が続いてきましたが、世界全体では食料争奪戦は激化しており、インフレ傾向が強まっています。今年は日本でも商品価格が少しずつ上がってくるものと見ています。
一方で、消費者心理の面にも変化が起こっています。リーマンショック以降2年も消費抑制を続けてきた反動から、「節約疲れ」を起こしているのです。
その結果、「がんばったからご褒美においしいものを食べよう」「今日はお祝いごとだからちょっと贅沢しよう」という具合に、何かしら理由を付けては、こだわりの商品をお買い上げになるという傾向が強まっています。
実際に、当社でも売場づくりに工夫を凝らすことで、「ハレの日」を中心に、ややアッパープライスのこだわり商品が底堅く動いている状況です。そして、当社では昨年末のクリスマス商戦も正月商戦も前年の売上実績をクリアしています。
従業員の試食を通じて、販売のプロを育成する
──具体的には、どのような売場づくりを行っているのですか?
佐伯 たとえばフーズマーケットホックのバレンタインのプロモーションを一例に出します。従来はメーカーさんのチョコレートをメーンに品揃えしていましたが、今年は「手づくりチョコレート」を提案し、関連商品を数多く品揃えしました。このように競合他店とは異なる提案を仕掛けると、お客さまはまるで、眠りから目覚めたかのように、積極的な消費行動を取り始めます。POSデータを分析してみても、単価の高いこだわり商品が売れていますから、「仕掛け」次第で売れるということははっきりしています。
リーマンショック以降、全国のSMは「安ければ何でも売れる」と安易に考えて、エブリデイ・ロー・プライス(EDLP)一辺倒の価格政策を採ってきました。ところが、安い商品をさらに値段を下げて売っていますから一点単価が下がり、その結果、既存店売上高前年割れも起こしてしまうという、悪循環に陥っていました。
今の時代、低価格は当たり前で差別化にはなりません。
むしろ、それに、何をプラスするかがポイントになります。「ロープライスプラス1」という考え方です。その「プラス1」を何にするのかは、各社の戦略次第です。
その「プラス1」について、当社では、昨年から「地域でいちばん試食を出すお店づくり」に取り組んでいます。「百聞は一見にしかず」という言葉がありますが、われわれ食品小売業にとっては「百見は一食にしかず」です。お客さまに試食をお出しして、その商品の味を知っていただき、「おいしい」と感じていただく。そうすることが、購買の意思決定を左右する、最大の「仕掛け」だと考えます。どんなに工夫を凝らした見事なPOPを書いても、残念ながら味まではお客さまに伝わらないのです。
──お客さまだけでなく、従業員にも積極的に試食を促しています。
佐伯 従業員が試食をすることは、最大の従業員教育であり、販売のプロを養成するうえで欠かせないと考えているからです。
今SM各社の現場には、販売のプロがどんどんいなくなっています。そのプロを養成する第一歩は、従業員が食べて、その商品について学ぶことなのです。たとえば、売っている側が食べたことがなかったら、せっかくお客さまに「これおいしい?」と尋ねられても「おいしいですよ」と瞬時に応えられません。
逆に、商品の特性や味、料理法などもその場でお伝えできたら、お客さまは喜んでその商品を買うようになるでしょう。そのような販売のプロを養成できているSMは少ないですから、当社が徹底的に行うことで、競合他社とはものすごい差別化になると考えています。
──売る仕掛けづくりと、販売のプロを育成することで、現場力を高めるということですね。
佐伯 ええ。ただ空腹を満たすためだけの食ではなく、エンターテインメント性を感じられる、食を楽しむ提案を売場で実現していきたいです。
当社では今年、食を楽しむ売場づくりのキーワードとして「祭り」を挙げています。たとえば2月の節分の際のセールスプロモーションでは、「節分祭」と銘打って売場づくりを行いました。それを基に、どんなイベントを行うのか、どんな商品や食べ方を提案するのか、というように具体的な売場づくりの提案に落とし込んでいくわけです。
売場に活気をつくりだし、つねにお客さまにエンターテインメント性を感じていただくためには、このような行事や祭りをいくつつくれるかが勝負です。もちろん、こうしたご時世ですから、地域の相場に価格を合わせながら、その店だけの独自性を提案するというのが基本的な考え方です。
11年3月、さえきホールディングス誕生!
──さて、今年3月よりホールディングス(HD)体制に移行します。
佐伯 食品小売業はチェーンの売上規模が大きくなればなるほど、経営状態がおかしくなるという歴史を繰り返してきました。なぜそうなるかと言えば、食品小売業は地域ごとの食文化や生活に深く根差した地場産業であるにもかかわらず、大手チェーンは本部で「右向け右」の大号令のもとに、全国統一のMD(商品政策)を仕掛けていたからです。地域によって食べるものも食べ方も風習もまったく異なります。それにきめ細かく対応できなければ、その土地のお客さまにご支持いただけるはずがないのです。
つまり、HD体制に移行するねらいは、エリアでお客さまの高い支持を得られる強い店づくりを実現するためです。エリアごとにそれぞれ社長を立てて、その社長のもとに一丸となって頑張ってもらいます。私は、基本的には口はださずに、そのエリアの社長にお任せします。そうすることで、自分たちの城は自分たちで守るという意識が芽生えますから、モチベーションも高くなるものと思います。
──もう一つのねらいとして、M&A(合併・買収)の受け皿にするという戦略的な意味合いもあるのではないですか。
佐伯 そうです。HD体制は成長戦略のための布石であり、新たな仲間づくりをするための受け皿です。
さえきHDのもとには、事業会社としてさえきやフーズマーケットホック、茨城さえき(茨城県/岡本弘社長)、山梨さえき(山梨県)の全4社が連なるかたちになりますが、それと同様にHDに連なる事業会社をどんどん増やしていくイメージです。
なお事業会社はさえきHDの100%子会社となるのが、理想的なかたちだとは思います。ただ、オーナーさんの意向もありますから、必ずしもすべてがそうなるとは限らないでしょう。したがって、最高決定機関はあくまでもHDにある、というルールを明確化したうえで、個別に協議していきます。
現在、全国のSM各社では、オーナーさんがご高齢となり、世代交代の時期に差し掛かっています。このような厳しい消費環境と競争環境ですから、後継者問題に思い悩む経営者は数多くいらっしゃいます。そうした企業の受け皿になりたいのです。
仮に各都道府県で年商200億円規模の企業が1社ずつHDに参加してくれれば、1兆円という規模になります。それも中央集権型の鈍重な組織ではありません。エリアごとに最適な売場づくり、MDを行うフレキシブルで強い勝ち組のSM集団が出来上がるのです。
まずは3~4年後に、グループ売上高1000億円体制をめざしていきます。
ヒトの強さで勝ち残る
──HD体制への移行は、新たな成長戦略を描くうえでの大事なステップになります。ところで、佐伯社長はHDのトップと事業会社さえきのトップも兼ねるのでしょうか?
佐伯 いいえ、私はHDのトップだけに専念し、事業会社さえきのトップは別の優秀な人間に任せます。
ある有力SMの経営者さんが、こんなことを言っていました。「50歳ぐらいまでは、現場を直接指揮してガンガン意見を言ったけれども、意に反してちっとも現場は改善されなかった。そこで、思い切って自分以外の信頼できる人間に任せたところ、みるみる現場がよくなっていった」と──。
このように、いつまでもトップが1人で引っ張るのではなく、任せられる人間を育てて思い切って任せてしまおうという方針です。これも経営者の立派な仕事ではないでしょうか。
──その意味で佐伯社長は、すでに優秀な経営者を育成しています。経営者育成の勘所はどこにあるのでしょうか?
佐伯 やはり、モノの見方や考え方が優れた人間をどんどん登用するということに尽きるのではないでしょうか。「地位が人を育てる」というわけです。
私自身は今後、HDの社長として事業会社それぞれが「正しい商売」を貫いているかどうかをチェックすることに専念します。そして、従業員全員が生きがいを持って働けるような会社づくりや仕組みづくりに注力していきます。
──最後に、厳しい生存競争を勝ち抜くうえで、何が最も必要なことであると考えますか?
佐伯 日本全国にSM企業はまだ何百社もあり、他業態と比べるとダントツに社数が多いです。その一方で、生産年齢人口はどんどん減り続け、消費のパイは縮まっていきます。今と同じだけの店数は必要なくなりますから、強いものだけが残り、弱いものは敗れ去ることになるでしょう。その大きな動きが今後5~10年の間に起こるものと見ています。
そうしたときに勝ち残れる強さとは何かと言えば、ヒトの力です。販売のプロである従業員の力であり、各事業会社を束ねるトップの力です。それらヒトの力を醸成し結集することで、勝ち残りを図っていきます。