兵庫県神戸市の元町駅近くに、Z世代の女性が行列を作る居酒屋『TOKI』がある。若年層のアルコール離れが叫ばれる昨今だが、同店ではFD比率(売上に占めるフードとドリンクの構成比)が58%対42%と平均*よりやや上回ってアルコールをしっかり売り、15坪・38席で月商600万円を叩き出す。看板メニューを明確にし、空間づくりや提供方法、SNSでの発信など、若きオーナーの手腕が冴える「Z世代に支持される店の作り方」を紹介する。*一般的な居酒屋はドリンク比率が40%
若年層女性が通う居酒屋を目指す
冒頭の居酒屋『TOKI』を含め神戸で3店の飲食店を運営する(合)TABEARUKI。経営するのは大手通販会社のWEB担当を経て、東京の大手飲食企業で経験を積んだ35歳の石原優樹氏だ。
石原氏は大手飲食企業で様々な業態の店舗開発やメニュー開発に携わった経験から、お客が年に一度利用するハレの日使いの高級レストランよりも低価格でリピート率・回転率が高い日常使いの居酒屋の年商の方が上回るケースが多々あることを知り、“利用頻度”の重要性を実感したという。
さらに30〜50代男性を中心に集客する居酒屋が巷に多いことから、「ならば若年層の女性はどこで飲食するのか?」と考え、若年層向けの居酒屋業態に着目。また繁盛している他店を分析する中で客単価が安くても「心地のよい上質な空間での飲食は重要」と考えた。そしてさまざまな業態のメニュー開発を行う中で「老若男女が好きな分かりやすい料理を、味や盛り付けなどでいかに特別にするかが重要」と考えるようになった。
こうした考えから、開業した居酒屋『TOKI』は、20代の女性をターゲットにオシャレで清潔感のある空間、「女性が可愛いと思う」(石原氏)民芸の器、シズル感のある盛り付けにこだわる。客単価を2800円に設定し、料理のコンセプトは“特別な普通味”で看板メニューは唐揚げ。その結果、15坪38席で月商600万円を売る大ヒット店舗となった。
ハイボールと唐揚げのセットが
ハッピーアワーでわずか“100円”
同店の人気を押し上げた秘策が、「ハッピーアワー」だ。1個75g(揚げる前の状態で)という大きな骨つき唐揚げ2個と角ハイボール1杯の「ハイカラセット」を、16時〜18時限定でなんと100円で売る。
ハイボールと唐揚げ2個分の原価を合わせると100円弱かかり、それだけでは利益が無いが、原価率6%の「お通し」(300円)と一人一皿オーダー制にすることで利益は必ず出る仕組みだ。
「セットだけで帰る人はまずいないので、いろいろ食べていただける上に早くから席が埋まり、100円というお値打ち感が利用動機に繋る。さらにワンコインのインパクトからSNSでも発信してもらえる。人に話したくなる話題性が重要です」と石原氏。原価が高いビールを低価格にしたハッピーアワーで集客するよりも利益貢献度が高いことは明白だ。
さらに100円でもキンと凍らせたジョッキでハイボールを提供する細やかなサービスも忘れない。またハッピーアワーの告知についても、黒板や立て看板などでハッピーアワーの時間帯だけでお知らせする店舗が多い。これは、振り客(通りがかりの客)を集客する目的が多いためだが、同店ではグランドメニューのメニュー表に堂々と書くことで、ハッピーアワーを逃したお客に対し「次は早い時間に予約して来よう」と思わせる。100円のお値打ち感を強調して常にPRし、来店動機となる伏線を張る。
昼だけの看板で行列店に
一方、ランチにもヒットのカラクリがある。昼は「牛のカツレツ」を看板にし、「牛のカツレツ定食 並150g 1480円」や牛のカツレツハーフサイズに夜の名物、唐揚げをセットにした「MIXフライ定食ダブル 1480円」など約7品を提供している同店。昼の看板に「牛のカツレツ」を据えた理由について石原氏はこう答える。
「SNSの検索トップは何かご存知ですか?それはネコと肉です。また神戸グルメのイメージから肉にしました。さらに、当店の唐揚げは2度揚げするためフライヤーが二つあり、そうした機器や揚げる技術を活かせる料理としました」
“神戸”をキーワードに検索すると洋食文化のイメージから、「牛カツ」「ビフカツ」がヒットする。しかし、神戸市内の洋食店をリサーチした結果、どこも割高な価格設定のため、勝機を感じたと話す。実際に神戸の老舗グリルでは「ビーフカツレツ」が単品で1700円前後、ご飯やスープ、デザート、コーヒーなどが付くと3000円前後だ。そこで『TOKI』では主役のビーフカツレツに、ご飯、味噌汁、温泉卵、小鉢、フルーツを付けて前述の価格に設定した。
「サラリーマンのランチとしては高いですが、買い物と観光に訪れる神戸・元町エリアの特性から“プチ贅沢”をテーマに若年層でも手が出る価格にしました。当店は夜の売上で利益を出しているため、原価をかけてお値打ちに提供できる」と話す。
こうして同店では昼の平均客単価1400円前後で月間1441人を集客する。
開業前からファンを作る
こうした居酒屋『TOKI』のビジネス戦略以外でも、注目したい石原氏の仕掛けがある。
コロナ禍中の2021年8月に開業した姉妹店の餃子専門店『TOKIPAO』では、前述の“特別な普通味”をコンセプトにした「餃子」をフードの看板に、そしてアルコールの看板には「ジン」を組み合わせた。これは開業前に餃子とジンの相性の良さに着目したことと、ジンの利益率が高く大手酒販メーカーが大々的にジンのキャンペーンを打ち出していたことから、今後の流行を予測したためだ。その目論見は当たり、現在ジンの認知は拡大中だ。
また開業前には、コロナ禍における学生の貧困救済を目的にした「まかない学生食堂」を実施。これはSNSで発信することを条件に神戸市の学生に『TOKIPAO』の餃子を楽しめる「餃子定食」を無料で提供する企画だ。店にとっては餃子製造の練習ができ、ターゲットの若年層女性に開業前からPRできるというものだ。
「今の学生は一人につき200人くらいのフォロワーがいるのが一般的。ならば1日30名の学生に定食を提供すれば、約2週間の実施期間中に神戸市の学生約8万人にリーチできる計算になります。さらに、当店を知ってくれた学生が、アルバイトに応募してくれました」
こうして開業前からファンを作りながら、PRも広く行い、人材確保まで行った。
興味深いのは両店共に特定の調理師を入れていないことだ。一般的には腕のいい調理師を雇い、独自性の高いメニューを開発して勝負するイメージが店づくりにはあるが、石原氏はこう話す。「今は有名シェフが、無料で素晴らしいレシピをWEB上で公開している時代。メニュー開発はこうしたレシピを研究し、エリアや客層に合わせて改良してオリジナルにしています。それよりも特定の人材がいないと回らないような店を作らないことが重要」
手作りで美味しい味を前提としながらも、こうした考えからスタッフが訓練したら作れるレシピとオペレーションを組み、プレゼンテーションやシズル感などで付加価値をつけ、魅力的な商品にしている。
「私が得意とするのは、流行の背景を分析すること。そして“何をどのように、誰に売るのか”を意識した上で、メニューに反映させ、SNSも駆使すること」と石原氏。誰もが好きなメニューに付加価値と話題性を加え、大ヒットを飛ばしている。